第168話 犯した罪への罰
当の刀夜は自分がなぜこんな無謀なことをやりだしたのか理解できないでいた。レイラの思ったとおり失敗に対する責任だと言われれば、そのような気持ちが無いわけではない。
リリアを退去させる考え方も合理的であると思っている。だが合理的だから自分の命を犠牲にするのか?
そんなハズはない。自分は死にたくはない。
それに加えてリリアとの約束を果たせていない。それは良くない。すべてから逃げて他の街で再起を図るのも決して悪くない方法だ。生き延びてこそ……なのに何故かこんな無謀なことをしている。
死ぬ。確実に死ぬ。分かっているのに体が勝手に動く。刀夜はバリスタの向きを変えて巨人に向けて発射した。
鋼鉄の矢は巨人に当たる直前で弾かれた。
ああ、そうだよ。そうなるよな……
巨人は振り向いて刀夜に狙いを定めると目があった。即座に刀夜はそこから逃げ出す。皆とは逆の方向に。
そして途中落ちていたクロスボウを走りながら拾うと離れて場所を陣取り、しゃがんで巨人に狙いを定めた。
「こ、こら。暴れるな! 早く逃げないと」
「嫌です! 一緒にって、約束したんです!!」
リリアは思いのほか力強く抵抗していた。レイラは戦場で大事な人を失う思いにかられてこうなる兵士を幾人か見たことがある。それは側から見ていて辛いものだ。気持ちが痛いほど伝わってくる。
力一杯強引に連れてゆくこともできるが、そう思うと力が入らなかった。
刀夜はクロスボウの矢を放った。だがやはり弾かれる。巨人は刀夜を射程に収めると薙ぎ払いの体制に入った。
刀夜は慌てて逃げる。
巨人の剣が薙ぎ払われると同時に刀夜は岩陰へと飛んだ。
だが巨人の剣が振り切られると刀夜の体はまったく反対の方向へと、木の葉や岩と一緒に飛ばされていた。
レイラとリリアの目に空中に飛ばされている刀夜の姿が映る。
「いやああああぁぁぁぁぁ!!」
リリアが悲痛な叫びをあげると手にしていた杖がレイラの顔に当てってしまう。
「あたッ!?」
レイラは意表を突かれて思わず手を離してしまうとリリアは一目散に飛ばされた刀夜を追う。
刀夜は直撃は避けたものの全身に凶暴な衝撃波を受けた。四肢がもがれるような痛みを感じた。気を抜けば首さえも持っていかれそうだ。
『鼓膜がやられた。何も聞こえない。ああ、視界が真っ赤だ目に血が入ったか、重力の感覚もない』
地面を、空を、森をぐるぐると視界が回る。すでに高さは2階の校舎のベランダから見た地面より高い。
このまま落ちて受け身も取れず死ぬな……そう思った。
だが彼の体が叩きつけられたのは地面ではなく大きな木であった。背中から直撃を受けるとボキボキと骨が折れる音が体に響く。
凄まじい激痛に意識が飛びそうだ。
重力につかまりって今度は下に落ちた。何度か枝に当たって地面に激突する。
『――即死したほうがマシだ……』
地獄のような痛みが走り、体の自由が効かない。
悲鳴を上げることものたうち回ることも許されないのか?
『罰……そうかこれは罰か……犯してきた数々の罪への罰か、何で今更なんだよ』
巨人の視線が再び刀夜に向けられた。薙ぎ払った姿勢からゆるりと体を起こす。
『まだ来るか、じゃぁ早く楽にさせてくれ……』
そのほうが時間稼ぎになる、刀夜はそう思った。だが突如、刀夜の前に誰かが覆いかぶさってきた。
おかげで再び激痛が走る。誰だ!?
グズグズと泣き叫ぶ声の主に刀夜は青ざめる。
『なぜだリリア? これでは君まで死んでしまう!』
刀夜は必死に声を出そうとするが声にならない。
体も動かそうとするがピクリとも動かない。
彼女はただただ泣きじゃやくる。
巨人が迫ってくる。
『だ、だめだ。このままではリリアも死んでしまう』
再び声を、手を動かそうとするが一向に動こうととはしない。リリアは巨人のことなど眼中にない。ひたすら刀夜の胸の中で泣いている。
刀夜の脳裏に共に死を選んだのかと彼女の心中を察した。
『だめだ! 罰を受けるのは俺一人でいい。彼女を巻き込まないでくれ!』
心の中で神に向かって叫んだ。
『誰でもいい、リリアを連れてってくれ! お願いだ彼女を助けてやってくれ!』
巨人は剣を上段の構えから一気に振り下ろしてきた。
『お願いだ……誰かリリアを助けて……』
刀夜の目から涙が溢れて零れた。
そのとき視界端から黄金に輝く光が割り込んでくる。
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