第165話 戦慄の巨人兵3

 巨人に当たったネットの抵抗により、ポールは遠心力を得て巨人を包みこむような動きをする。


 そして可動限界点に達するとネットとのロックが解除された。


 ネットは巨人を包み込むと不思議なことにピタリと張り付く。もう一方のネットの端も同じようにピタリと張り付き、巨人はネットに包まれる形となる。


 赤い髪の兵士は不思議そうに訪ねる。


「な、なぜだ!? なぜネットが外れない? いったいどうなっているのだ?」


 この点は議会でも自警団でも同じ指摘を受けた。直ぐに外れてしまうと意味がないと。だが実際にネットはピタリと巻き付き、巨人は引き剥がそうするがびくともしない。


 刀夜は不適な笑みを浮かべて勝利を確信した。


「あのネットにはトゲがあるのさ。加えて奴の鎧は武者鎧だ。細かいパーツを紐でくくられている。引っ掻けるところなんぞいくらでもある。加えていうとあのトゲは奴にとって猛毒のようなもの……ククク」


 刀夜は今後の展開を思い浮かべると思わず笑いが出てしまった。


 例え有利となったとしても相手は巨人兵だ。ましてやまだ戦いは終わってなどおらず、むしろこれからである。レイラはよく笑える余裕があるなと彼の精神面に不安を感じた。


 以前に龍児いっていた『めちゃめちゃにされるぞ』その言葉を再び思い出した。巨人討伐の話を聞いたときもそう思ったが、改めて彼女は思った。こんな奴を自警団に入れてはいけないと。


「伝令! 我被害多数、されど作戦に支障なし!」


「ハッ! 我被害多数、されど作戦に支障なし」


 刀夜からの伝令を復唱した兵士は急いで本部へと連絡に立った。だかこの伝令は後でミスを犯すこととなり、思わぬ事態へと発展することとなる。


「引きちぎられないのか?」


 レイラが心配する。自警団で習った話によるとロープ程度では奴は引きちぎってしまうとあった。


「見た目はロープでも中は鋼鉄のワイヤーだ。引千切るのは無理だが、『引き剥がして』もらわんと困る……」


「?」


 レイラは意味が分からないといった顔をした。そんな彼女の顔を見て刀夜は不機嫌な顔をする。


「まさか、作戦書読んでないのか?」


「い、いや、読んだ。今後の展開もちゃんと頭に入れてある。ただ色々と論理的な部分の記載がないので『なんのために』とか『どうやって』の部分がわかりにくくてだな……」


「む、それは問題だ」


「いや。貴殿の計画が悪いとかそういう意味では……」


「問題といったのは、俺の計画書のことだ。もう少し人にわかる文章にする必要がある。次からは気を付けることにするよ」


「ああ……頼むよ……」


 だがレイラは次など無いことを望んだ。


 巨人は巻き付きたネットを引き千切ろうともがいた。しかし巻き付いたネットは千切れるどころか外れもしない。


 一見縄のようなロープであるがその中心は鋼のワイヤーである。刀夜は自身で考案した機械で特注した太い針金から極細の針金を作成した。


 それを同装置にて束ねてワイヤーを作成した。さすがの巨人もこの頑丈なワイヤーを引きちぎるのは不可能である。


 そして巻き付いて剥がれないのは先ほどのワイヤーに美紀が鮫の背鰭と称したトゲが仕込まれており、これが巨人の鎧の隙間やヒモに噛みついているのだ。


 そして刀夜が毒と称したのはこのトゲは鋭いカッターとなっている。


「伝令! 我、巨人を拘束せり!」


「了! 我、巨人を拘束せり」


 再び伝令が走った。先ほど被害多数と連絡したため、後方を安心させるためにすぐに連絡をだした。


 伝令は全部で三人。本部に連絡がいく頃には次の連絡を出している。そして次の連絡が本部に届く頃、前に伝令をだした兵士が戻るようローテーションを組んでいる。


 だが刀夜は早めに次の連絡を入れたことで、後に『作戦に支障なし』を頼んだ兵士が帰ってこないことに気がつかなくなる。刀夜は巨人に夢中になってその異変に気がついていなかったのである。


 巨人が全身に力をいれるとミシミシと音を立てている。ネットの毒牙が巨人の鎧の縄を切り裂いている音だ。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 初めて巨人が吠えた。


 天空に向かって鼓膜が破れるかと思われるほどの雄叫びだ。だが勝利を確信している刀夜にとっては断末魔の雄叫びだ。


 震える空気にさらされた刀夜は全身にそれを浴びた。だが彼は不動にして勝利の笑みを浮かべている。同時にバキツっと枯れた音と共に巨人がネットを剥がした。だがそれは自身の鎧も剥がしてしまう結果となる。


 ネットには上半身下半身の鎧がぴったりとくっついたままであった。そして千切れた鎧の部品が戦場に散らばってゆく。


 巨人に残った防具は頭と足しかない。


 巨人はネットを引き剥がすために武器も手放していた。立ち尽くしている巨人は痩せ細ったミイラのような体を晒すこととなる。


 その姿に驚異を感じさせる雰囲気はもうほとんどない。


 そして刀夜は最後の切り札を切る。


「やれっ! リリア!!」


「はい!」


 リリアは右手にもっているグレイトフル・ワンドを巨人に向けて左手を杖に添える。


「喰らい尽くしなさい! マナイーター!!」


 杖の先端の宝石と術式を記憶している宝石内の幾科学模様が激しく動きだす。


 杖の先端を囲むように輪っか状の光が現れる。光の輪には術式が描かれ、術者に代わって自動詠唱が行われた。


 中央の巨大な宝石も光だすと、膨大な魔力マナが杖から放出される。


 それは魔力マナを認識できない刀夜や自警団の兵士達ですら認識できるほどの強大な魔力マナの塊だ。


 光に全身が押されているような感覚と暖かさを感じる代物である。


 光輝く魔力マナは巨人の頭上へと飛翔すると水の波紋のように広がり、巨大な魔方陣が天空一杯に形成された。


 同時に晴れ上がっていた青空がまるで光を失ったかのように暗くる。


 森全体と大気がざわめく。


 魔方陣の中心が渦を巻き、吸い引き込まれるよう穴が開いてゆく。その穴はどんどん大きくなり、まるでブラックホールに空間ごと飲まれいるような光景である。


 その穴は何かを吸い込んでいる。


 空気が引き寄せられるような感覚、風が暴れだす。それは暴風ほどではないが木々を騒がせ、落ち葉を踊らせた。大気や大地に含まれる見えないマナが動かしているのだ。当然巨人の体内の魔力も喰われてゆく。


 巨人の原動力は体内の複数の魔法石である。周りのマナを吸い込むと同時に体や武具に魔力を供給している永久機関で動いている。これを奪えば巨人はまともに動けなくなるうえに魔法武器も使えなくなる。


 よってリリアのマナイーターは確実に巨人を倒す切り札であり、罠が失敗した場合の保険も兼ねていた。たが効果時間を考えた場合できるだけ発動を遅らせたほうがよいのである。


 やがて巨人の体と鎧や武器から光の粒子が放出されて黒い穴へと吸い込まれてゆく。巨人はまるで力が抜けたかのように、全身をだらりとさせた。巨人の体を支えていた魔力が根こそぎ奪われたのだ。


 巨人が生れた頃の体格であれば、その筋力で支えれていただろう。だが骨と皮となっている今では魔力なしでは体を支える事はできない。


「いまだ!!」


 刀夜の止めの指示が飛ぶ。

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