第163話 戦慄の巨人兵1

 刀夜を初めとする討伐隊は拠点候補地点に到着していた。龍児と自警団が初めて遭遇したポイントより少し西側の森の手前だ。森の中に設営キャンプを開き、作戦指揮所とする。


 ワザワザ森の中に拠点を置いたのにはわけがある。万が一作戦が失敗した場合、巨人から逃走する必要がある。


 しかし街道で逃げた場合、団員の姿が丸見えとなり巨人を街に引き込む可能性がある。ゆえに逃げにくくとも視界の悪い森の中を選んだ。


 刀夜達実行部隊は機材を森の奥へと運ぶ。やがて木々が枯れてぽっかりと空いた空間に出た。


 地面はほんの少し斜行し、大きな窪地があって落ち葉が沢山積もっている。木は枯れて、草も少ないので非常に見通しが良い。周囲には若々しい森の木が生い茂っている。


 刀夜はこの場所を巨人討伐の決戦場にした。視界が確保できていて、太陽に照らされてしっかりと乾いた枯れ葉が多い場所を。


 刀夜の指示の元、多くの自警団団員が罠の設置に働いている。その中に龍児や由美の姿はない。彼らはまだ正規兵となっていないので後方待機である。


 その後方で龍児は歯軋りをしていた。


「なんで俺が後方待機なんだよ!!」


「あら、前線に出なくて済んで良かったじゃないの」


 由美にしてみれば龍児がなぜ怒っているのか分からない。後方なら一番安全なのに。


 だが龍児は着々と活躍している刀夜にまたしても嫉妬していた。周りに八つ当たりしないだけ成長はしたようだが、根本的なところは何も変わっていなかった。


 一人の兵士が馬に乗って駆けつけてきた。指揮所の大きなテント前で止まると急いで降りてテントに入る。


 テントの中では大きなテーブルに地図が広げられて各種ニミチュアが配置されている。そのテーブルをカリウスを初め各団長、副団長が取り囲んでいた。


「前線より報告! 準備完了とのことです!」


 カリウスは団長達の顔をみると、彼らはうなずいた。


「よし! 作戦を開始せよ!」


「作戦開始!」


 兵士は復唱すると再び馬に乗って前線へと連絡に赴いた。いよいよ巨人との戦が始まる。


◇◇◇◇◇


 森の奥から巨人を誘き寄せるドラの音が力強く鳴り響いた。そのような中、刀夜は決戦の場にて腕を組んで立ちすくんで無念に思っていた。


 とうとう火薬が間に合わなかった。


 火薬があればこんなに人員を動員する必要はなかっただろう。特に戦闘に参加する兵士は片手で足りるはずだった。


 作戦はうまくいくのか。一体どれだけの人たちを家族の元に返してやれるのか……そう思うと胃が痛くなる。


 だが遅かれ早かれ巨人とは戦う運命にはあるのだ。仮に巨人がヤンタルではなくどこかへと向かったとしても、その先で多くの人の命が奪われるのだ。


 刀夜はそう自分に言い聞かせて、心に重くのし掛かかってくるものを取り除こうとする。


「北北西! 距離1200メートル! 巨人確認!」


 この辺りで一番高い木に登って監視している兵士がメガホンで巨人の存在の確認報告が告げられた。


「伝令! 我、巨人を発見せり!」


「ハッ! 我、巨人を発見せり」


 伝令係が刀夜の報告を復唱し、カリウスの元に駆けた。


「ドラを鳴らせ!」


 刀夜はさらにドラを鳴らすように指示をだす。ゆっくりと力強く鳴らしていたドラを激しく鳴り響かせて巨人を誘導する。


「総員戦闘配置につけ!」


 刀夜もメガホンで周りで待機している団員に指示をだす。兵士達の間に一気に緊張が走った。刀夜が用意した戦場には一部の兵士と罠を除いて誰もいなくなる。


 神に祈るもの、自分は死なないと言い聞かせるもの、恋人の髪の毛が入ったペンダントを握りしめるもの、多くの思いが戦場の空気に染み渡ってゆく。


 激しいドラの音はカリウスのいる本部にまで届いた。本部にも緊張の糸が張りつめる。


「くッ! 来やがった! 本当に来やがった! 始まる!!」


 戦いが始まる。


 龍児の心に何とも言えない激しい感情が渦巻く。



「巨人向かってきます! 距離800!」


 刀夜にも緊張が走る。あの巨人に本当に通用するのかと、いまさながらに不安を募らせる。目を閉じて今一度、戦いのシュミレーションをイメージしてみる。そして大丈夫、いけるはずだと自分自身の言い聞かせた。


 そのような刀夜をみていたリリアにも不安が感染する。リリアは習得した古代魔法をまだフルパワーで使用したことがないのだ。


 テストで試し打ちしたときの持続時間から魔力がフル状態時の継続時間を逆算して継続時間を割り出している。はたして作戦の運用に耐えられるのだろうか……刀夜からは合格を頂いてはいるが、それでもぶっつけ本番は怖かった。


 グレイトフル・ワンドを再びフルチャージする時間はないのでフル状態では試せなかったのである。


「巨人なおも接近! 距離400!」


「見張りはもういい、降りてこい!」


 これ以上、彼を登らせておくのは危険だ。ドラを鳴らしている兵士以外は全員隠れている。木の裏、岩の裏、作った塹壕ざんごうの中。


 突如、多くの鳥達が四散して逃げていく。その様子に兵士達の視線を集める。


 やがて地響きがはっきりと聞こえてくる。


 ズシン……ズシン……


 一定のリズムでこちらに近寄ってくる。


 メキメキと木の枝が折れた。


 木々の間から巨人の顔が覗かせた。


 来た、奴だ!


 手にはあの魔法武器のハンマーを持っている。


「伝令! 我、開戦せり」


「了! 我開戦せり」


「ドラ変更! 6番!」


 刀夜の号令によりドラを鳴らしていた兵士が逃げだした。そのさらに南に設置しているドラを激しく鳴らして巨人を誘導する。


 巨人はいよいよ決戦場へと足を踏み入れた。


 そしてそこで足を止めた。


 辺りを見回わすと所々兵士の顔が見えるを確認した。塹壕に隠れている兵士も巨人の視界からは丸見えとなる。


 だが姿を隠すために掘ったわけではない。


 決戦場の中央には槍を構えた兵士達が立っていた。その数10名、嫌でも巨人の注目を浴びた。巨人は彼らの元へ二歩三歩と小走りすると大きくジャンプをする。


「させるか! 散弾撃てえええぇぇ!!」


 刀夜が大声を張り上げる。


 大型の強力なバネに改良したカタパルトのアンカーが外される。激しい振動と共に大小様々な岩が発射された。


 空中ににいる巨人めがけて四方八方から岩がばらまき、舞う。


 宙を飛ぶ巨人にこれを回避する術はない。


 絶対物理障壁で次々と岩が弾かれる。


 しかし、バランスを崩した巨人はハンマーを打ち下ろそうとしていた体制を崩されて、そのまま地面に落ちた。


 決戦場に掘られた塹壕に隠れている者たちの周囲に岩が落ちてくる。彼らは当たったらかなわないと慌てて奥へと隠れた。


「しゃあ!」


「ざまみろ!」


 カタパルトを操作していた兵士からしてやったりと声が上がった。


 だが、落ちた場所がいささか悪い。刀夜が仕かけた罠の手前で想定より大きく外れてしまった。


 だがそれでもまだ計画の範疇はんちゅうであり対策はある。計画外のことが起き、刀夜を激怒させたのはその後だった。

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