第162話 拓真転送

 拓真達のいる場所はビスクビエンツの港街から西側の山合にある。


 よって現場に行くにはビスクビエンツに一度でてからピエルバルグへ、そしてヤンタルから現場である。今回の作戦の現場はかつて龍児と自警団が初めて出会った場所の近くだ。馬車で移動しても8日はかかるだろう。


「アリス! 転移魔法を。それとアレを拓真に」


「オッケー。あれッスね」


 アリスがクローゼットのような扉の倉庫へと向かう。


 折り畳み式の扉を開けると、何が入っているのさっぱり分からない代物がぐちゃぐちゃに積まれていた。だがアリスは潜り混むと迷うことなく大きな細長い包みを引っ張り出す。それは長い間放置されていたため、埃だらけだった。


「うりゃあああ!」


 相当重いのかアリスは渾身の力を込めて担ぐとドスドスとガニ股で運んでくる。


「アリス姉弟子ねえさん、僕が持ちますよ」


 見かねた拓真が代わりにそれを受け取った。が――拓真からしてもそれはかなりの重量であった。気を抜けばふらついて転けそうになる。


 彼女がよくこれを持ち上げたなと拓真は感心すると同時に、アリスを怒らせるようなことはしないでおこうと思うのであった。


「師匠、これは一体?」


「説明は後でアリスに聞け。そして今は急げ!」


「は、はい」


 釈然としないものがあるが、とりあえず拓真は急ぐことにした。部屋をでてアリスがどこにいったのかと辺りをキョロキョロとする。


「拓ちゃんこっちッスよ」


 アリスは転移部屋から体半分だけだして手招きしていた。大樹の廊下を急いで抜けて部屋に入る。


 拓真がこの部屋に入るのは初めてだ。いつもアリスが買い物のために使っているのは知っている。


 部屋の中には何もなく、ただ床に微妙に紋章が異なる円径の魔方陣がいくつもある。


 その内の一つの上にアリスはたっていた。彼女はいつの間にか魔法の杖と鞄を肩からぶら下げていた。


「いいッスか拓ちゃん。この魔法陣からはちょっとでもはみ出してはダメッスよ。はみ出たら死んじゃうッスよ」


 拓真はゾッとした。魔方陣は二人入るには小さいような気がする。


「だーかーら~しっかりくっつくッスよ」


 アリスは拓真の首に左腕を絡めて強引に抱き寄せると彼の顔はアリスの豊満な胸にうずくまってしまう。


 拓真の身長は低くはないがアリスはかなりの長身である。クラスで最も長身の由美ですら彼女には敵わないと一目で分かるほどだ。


 そのため密着するとどうしても彼女に埋もれてしまう。なんという天国か、若い拓真は反応せざるを得ず、思わず腰が引けてしまう。


「ちゃんと腰に手をまわして密着するッス」


「ふぁい……」


 拓真は言われるがまま彼女腰に手を回してしっかりとしがみついた。


「う~ん、これ、これ、これがいいんッスよぉ~」


 彼女は悶えて歓喜する。そんな彼女に埋もれながら拓真は思う。


姉弟子ねえさんは…………………………変態だ……』


 アリスは杖を大きく掲げた。


「トランスファー!!」


 彼女は詠唱もなしにいきなり呪文を叫ぶ。足元の魔方陣が輝き、二人は光に包まれると残光を残してその場から消え去った。


◇◇◇◇◇


 薄暗い部屋が光輝くと拓真の見知らぬ部屋に出た。まだ光の粒子が蛍の光のように残っている。そしてそれすら消えると部屋はほぼ真っ暗だ。窓らしきところから外の光が僅かに漏れている。


「こっちッスよ。足元気を付けるッス」


 部屋らしきところを出て廊下らしき所に出るがここも暗い。さらに進んで扉を開けると、今度は眩い光が視界を奪う。


 慣れてきて外に出るとどことなく見覚えのある街の表通りに出た。数多くの店が開店しているが街の雰囲気はどことなく暗い。


 人もまばらで商店街の規模からして非常に人が少ないと言える。


「ここは?」


「ヤンタルの街ッス」


「えッ!?」


 わずか一瞬でヤンタルについてしまったことに拓真は驚いた。だが、街の様子は拓真の知っているヤンタルではない。彼が初めてこの街にきたときはもっと活気があったはずである。


 閑散としているほどではないものの人々の顔は暗く雰囲気が重かった。


「みんな巨人が来てることに不安を感じているッスよ」


 拓真はいたたまれない気持ちになる。刀夜がどんなつもりで巨人討伐を言い出したのかは知らない。だが彼のやろうとしていることはこの街の人々に希望の光をもたらすのではないかと思った。


 ならば作戦を必ず成功させる必要がある。そのためにも早くこの包みを持っていかなくてはならない。


「さ、まずは自警団に聞き込みッス」


「はい!」


 拓真は拳を握りしめて自分のやるべきことの重さを実感していた。

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