第161話 マウロウの懸念

 濃密なマナを蓄えるドーム。


 家を兼ねた大樹の中で拓真は古代文明について勉強していた。


 古い魔術師のローブを身に纏って、端から見るとやや田舎臭い貧乏魔術師といった出で立ちである。賢者マウロウの書庫から古代文明の事が書かれた書物を探していた。


 拓真はこちらの世界の文字はすでにマスターしている。喋っているのは日本語だが文字は日本語ではない。


 しかし文字は日本語の発音と類似しており、カタカナもなければ漢字もないので覚えるのは比較的簡単である。


 だが古代文字はまったく異なる言葉で、まるで初めて聞く外国の言葉を解読している感じであった。それはほぼ考古学の領域だと拓真は感じていた。それでも拓真はそれが少しずつ楽しくなってきていた。


 一冊の本を取って賢者マウロウの部屋に入ったとき、転送魔法の音がした。


「ちーッス。買い物から帰りました!」


 魔導師の帽子から横にはみ出たオレンジ色の髪、好奇心に溢れた目を輝かせている彼女はアリス・ウォート。


 両手に食材の入った袋を抱えたまま部屋に入ってくると、街で仕入れたばかりの情報を早く語りたくてウズウズしている。


「いやー、さっき街で入ったばかりの情報なんスけどね。面白いことが起こっているッスよ」


「荷物ぐらい下ろしたらどうです? アリス姉弟子ねえさん


 拓真はアリスがずぼらなことをしないよう注意した。彼女は足で戸をあけたり、開けた戸を開けっぱなしにしたり、洗濯物のシワを伸ばさず干したり、取り込んでそのままとか。とにかくズボラであった。


 最近では彼女がズボラしそうになると拓真は先手を打って注意するのだが、今はそれが裏目にでた。


「くうぅぅ~もう一回いって欲しいッス! 拓ちゃん!」


「!!」


 アリスは嬉しそうに横から拓真に抱きついた。おかけで彼女が持っていた荷物が床に散らばる。一人っ子であった彼女は弟というものに変な幻想を抱いていた。


「アリス……講義中じゃぞ」


 賢者マウロウが冷ややかな目で彼女の暴走を止める。


「了解ッス」


 彼女は直ぐに離れると敬礼をした。何のための敬礼か意味がわからない。完全に調子に乗ってノリだけでやっているのだと二人にはよく分かっていた。


 マウロウはやれやれといった感じでため息を漏らした。


「で、街でなにが起きたのじゃ?」


 彼女がこんなテンションの時は素直に話を聞いてやったほうがよい。下手に無視すると膨れてヘソを曲げて3日ほどはふて腐れてウザイことこの上ないのだ。


 マウロウが尋ねるとアリスは待っていましたとばかり目を輝かせた。


「いやー起きたというか、これから起きるんッスけどね。なんでも巨人兵を討伐するとか」


 巨人兵と聞いて拓真がピクリとする。忘れもしない。あれほど恐ろしい目にあったのだ。成す術もなく仲間を殺された。辛い記憶を呼び起こされる。


「ほーう……また無謀なことを……」


「なんでも山から降りてきて、いまは樹海にいて……ヤンタルの街の近くだとか」


「成るほど、それでは嫌でもやるしかなくなるな……自警団のお手並み拝見といくか」


「いや、それが指揮しているのは議員の息子らしいッス」


 アリスの目が座って人差し指を立てながら真剣な顔で賢者に迫った。彼女にとってはここからが面白い話なのだ。


「でもですね……この作戦はその息子が考えたんじゃないらしいんッスよ……」


 アリスはテンションが上がってきたのか、おどろおどろしい雰囲気を放ち、まるでホラー話でもするかのように賢者を見下ろした。


「そいつの後ろには本当の黒幕がいるらしいッス。なんでも悪知恵の回る異人がその議員と自警団をたぶらかして、彼等を地獄の縁から落とそうと企んでいるらしいッス」


 賢者マウロウは再び彼女に冷ややかな目を向けた。


「お前さんの話は『らしい』ばかりじゃのう……」


「アレ? 面白くなかったッスか?」


「面白くないわい。気の毒じゃ。のう拓真……」


 アリスの話を聞いた拓真は青ざめていた。


「アレ? もしかして拓ちゃんこーゆーの苦手ッスか?」


 拓真は悪寒が走り、口許に手をあてた。


「そういや、拓ちゃんも異人ッスね……はッ! 黒幕は拓ちゃんだったとか!!」


 驚きの表情からケラケラと笑ったりアリスの表情は大忙しだ。そのようなアリスに拓真はうつむいたまま答えた。


「……たぶん、その黒幕は僕の友人だと思います……」


「え?」


 アリスは討伐の話はともかく黒幕の件については冗談だと思ったいた。


「い、いやだなぁ。只の噂ッスよ。ほら尾ヒレがついただけッスよ。異人がそんな議員や自警団を動かせる訳ないッスよ」


 だが拓真は確信している。


「いや、彼ならやりかねない。どうやったか想像もつかないが彼ならきっと……」


「ま、マジ…………?」


 拓真の真剣な表情に、どうやら本気らしいとアリスは目が点になる。しかし裏でそんなことができるとしても、巨人兵を倒せるかは別問題である。


「拓真!」


「は、はい」


 拓真は突如、マウロウに真剣な顔で呼ばれた。


「その者は前線に出れば死ぬぞ。巨人兵の武具は魔法装備じゃ。特に防具は凶悪極まりない絶対物理障壁という魔法じゃ。あれがあるかぎりお主の友達は勝てんぞ!」


「そ、そんな……」


 絶対物理障壁に関しては刀夜はすでに知っている。だが拓真達はそれを知らない。


「絶対物理障壁を打ち破れるのは魔法攻撃か、魔法の武器を使うしか方法はない」


「じゃあ彼は……」


「……負けるじゃろうな」


「こうしちゃいられない。彼を止めなきゃ!」


 拓真は慌てて出かける準備を始めた。しかしここからか現場まではかなりの距離となる。

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