第159話 自警団騒然2

 自警団の会議室はただならぬ雰囲気が籠っていた。ギルド総会の重鎮達と自警団のトップ陣が睨みを利かせている。


 昨日の議会で使用した巨人兵討伐の作戦書は会議のあとに手の空いた議員により複製された。図面などは専門業者に緊急で複製をさせた。


 カリウスが再び作戦の意義と内容を自警団に説明すると、刀夜はより詳細な部分を捕捉した。だが自警団の団長はその作戦に対して渋い顔で目を細める。


 彼に代わって声を張り上げたのは団長より大柄な副団長のグレイス・バースだ。


「あなた方は何の権限で我々に干渉するつもりなのか?」


 彼は作戦の内容そのものより自警団に指揮権がないことに腹を立てた。


 ジョン・バーラット団長もそのことには同様であるが彼はこの作戦でどれだけの死傷者が出るだろうかと懸念していた。団員の命を好き勝手されるなど言語道断である。


「我々自警団はギルド総会の命令があれば討伐だろうが、遠征だろうがどこにでも行くが、作戦の立案から実施、人員の采配などは我々の管轄であることはギルド憲章により定められております。ギルド総会と言えど勝手な内部干渉されては困りますな」


 ジョンの最もな意見に議長はハンカチで汗を拭きながらも議会での決議を伝えた。


「いや、それはごもっとも。ですが今回我々がお願いしているのは自警団に討伐を命令しているのでは無く、我々が用意した討伐隊に支援として参加して欲しいのだ」


 ジョン団長は彼の言葉にやはりそうきたかと眉間にシワを寄せた。


 ギルド憲章での自警団への内部干渉禁止事項はあくまでも自警団が立案した計画に対し干渉してはならないことである。


 作戦の立案にしても議会が討伐を命令したことに対して作戦計画を立てるのは自警団である。これは戦の素人が関与して無用な犠牲を出さず、団員の命を守るためなのだ。


 自警団は議員の人気取りの道具ではないのだ。


 だがこの憲章には穴がある。『応援』や『支援』といった形で要求をだされた場合、相手側が主導権や指揮権を持つことになる。責任の所在が異なるので結局は従わされるのである。


 しかし団員の命を預かるものとして簡単に受けるわけにはいかない。そのためには最低限のことをしなくてはならない。


「実質、同じことでしょう!」


 システムの穴をよく知っているグレイスがどなる。剃った頭に血管を浮き上がらせている。


 グレイスは団長が圧し殺している感情を代弁してくれている。団長はそれを分かっている。


「支援?……とおっしゃったか?」


「いかにも、今回の討伐の『指揮』はこの私、カリウスが行う。そして現場の『実行』は彼が行う。自警団はその支援を行って欲しいのだ」


「我々の命を誰ともわからないこのような者に預けろと?」


「そうだ。不服なのは分かっている。だが従えぬというなら自警団はいつになったら巨人兵を倒してくれるのか教え願いたい。無論このプラン以外でだ!」


 カリウスは内心勝ち誇っている。彼等にそんなプランは無いことを知っているからだ。


 だが自警団もなにも遊んでいたわけではない。刀夜が立てた計画と似たようなものを彼らは計画したことがある。


 しかし彼らの立てた計画で使用する罠は含有のもので構成されているため、結局のところ巨人兵の足止めにしかならないと結論して破棄された。もし実行すればプラプティの二の舞になっていただろう。


 だが刀夜の計画はその罠一つ一つに手が加えられて対巨人用として合理的かつ有効なものに改良されている。加えて巨人に止めをさす為の新兵器の数々。


 これを越える作戦を彼らは出せなかった。口のうるさいグレイスもだまり、再び刀夜の計画書に目をやった。


◇◇◇◇◇


「た、大変だ! あの巨人兵を討伐するって! 決定だって!!」


 慌てて事務所に駆け込んだ団員が叫んだ。会議の行く末が気になった団員達が会議室の前で聞き耳を立てていた。


 本来ならそんな連中を止める立場にある入口の警備員も一緒になって聞き入ってしまっていた。その一人が団長の了承の言葉を聞いてしまった。


 青ざめる1警と2警の面々、そして3警4警で良かったと胸を撫で下ろす面々、事務所は騒然とした。


「そんな無茶な!!」


「できるはずない!!」


「まだ死にたくないーッ」


 誰もが恐怖に打ち震える。当然だ命をかけてでもなどと思える人など極僅かだ。みんな家族も恋人も友人もいるのだ。彼らの人生はまだまだ先がある。


 そんな彼らに同情した龍児は怒りに震えた。怯える彼等を死地に送ろうとしているヤツがいる。


「あの糞がッ!」


 龍児は歯軋りをして眉間にシワを寄せている睨んでいる先は会議室だ。


「ちょっと、早まらないでよ」


 今にも会議室に乗り込みかねない龍児を由美が釘をさす。彼女は龍児の腕の鎧を掴んで離そうとしない。そんな彼女に龍児は振り返った。


「あいつが何かやらかしたに決まっているだろう」


「そうだと思うけど、まだ詳しい内容は聞いてないわ」


 机の角に腰を落としてふてぶてしく書棚に肘をついていた颯太も龍児と同意見である。


「討伐するのは決定なんだろ? 死ぬぜぇ、大勢ヨォ」


 颯太も怖いことをいう。


「あれの恐ろしさは遭遇したあたし達が一番よく知ってるはずなのに、何考えてるのよぉ!」


 さすがに葵もこれにはカンカンであった。


「まともにやりあって勝てるような相手じゃねえぜ」


「そうだけど何か策があるんじゃない? 彼は単に無謀なことで自分の命を粗末にするタイプじゃ無いと思うけど……」


「そうだとしてもリスク大きすぎるわよぉ」


 由美はまだ刀夜の危うさを理解していない。刀夜は一見緻密に論理的に行動してはいるが、彼は時折博打に打ってでることがある。


 龍児は論理的にそれを説明はできないが直感でそれを察している。


 こちらの世界にきてから狂いっぱなしだった彼の直感は徐々にその感覚を取り戻し始めていた。この世界に順応し始めたといってもよい。


 颯太のいったとおり大勢が死ぬかは分からない。恐らく刀夜の考えたとおりに事が進めば被害は最小限で済むような内容になっているのだろう。でなければ議会や団長が納得しないはずであると龍児は思った。


 だが刀夜は水沢有咲の死を防げなかった。あれはヤツの完全なミスだ。注意を喚起していたがあんな暗闇で注意などできるわけがない。


 完璧ではない必ずどこかに見落としがある。龍児はそう確信し、この作戦に対して強い懸念を抱いた。

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