第155話 デュカルド・オルマー

 巨人兵討伐――カリウスとの計画が始まってそろそろ30日がたつ。刀夜はリビングの前で腕を組んで立ち呆けていた。見つめる視線はリビングにある黒板の日数カウンターだ。


『そろそろ、痺れを切らせてくるころか……』


 巨人がいつまでも山にいると限らないので計画を実行するのは早いほうが良い。しかし相手が相手なので綿密な作戦が必要なのは仕方がない。


 今回は新兵器も必要であり実証にも時間がかかっていた。とは言え巨人がいなくなったら元も子もないわけで。


 などと刀夜が考えていると家の扉をノックされた。


「はーい」


 リリアが元気な返事を返して扉を開けると、そこには大きな男が立っている。


「刀夜様、ハンス様がいらっしゃいました」


 なんというタイミングかと刀夜は視線をハンスに向ける。そろそろオルマー家に進捗の報告に赴かなければならないと考えていたところだ。ハンスがきたということは向こうも痺れを切らしている頃なのだろう。


 ハンスは刀夜を見つけるとズカズカと家に入ってくる。


 突然のハンスの訪問に嫌な予感がした舞衣や梨沙達が集まってきた。無論どのような話が飛び出すのか聞きたいためだ。それに彼女たちにしてみればハンスは刀夜を殺そうとした相手でもあるため警戒した。


「おい! そろそろ巨人兵討伐プランの準備はできたんだろうな!」


 ハンスは大声で他のメンバーに計画をばらしてしまった。


 巨人兵討伐――そのとんでもない単語に皆は声を揃えて驚く。


「と、刀夜君! 巨大兵討伐ってどういうこと!?」


 舞衣が血相を変えた。刀夜から危険な作戦があるとは聞いていはいたが、まさかあの巨人兵を倒そうというのだ。


 巨人兵を目の当たりにした舞衣からすれば到底倒せるとは思えない相手だ。むざむざ死にいくようなものある。そしてそれは他のメンバーも同じ気持ちである。


「ああん?」


 ハンスはそんな周りの反応を見て「まだ話していなかったのか」と思うが悪びれることはなかった。


 刀夜はみんなの青ざめた顔を見回す。いずれは話さなくてならなかった。


「一戸舜、沢村和一、江島仁志、玉城結花、中溝俊佑、坪内七菜……」


 刀夜は突然クラスメイトの名を読み上げる……皆は一瞬なんのことかと思ったが中溝俊佑、坪内七菜の名を聞いてなんなく理解する。


 一戸舜は巨人に初遭遇のときに握りつぶされた男子だ。沢村和一は巨人のハンマー攻撃の直撃を受けている。江島仁志と玉城結花はそのときの衝撃波で空高く吹き飛ばされて亡くなっている。


 中溝俊佑は龍児達を逃がすのに囮となった。坪内七菜はハンマー攻撃の餌食になった。


 みんな巨人に殺されたメンバーであった。刀夜は以前にアーグに殺されたクラスメイトの敵を取るためアーグを皆殺しにしたことがある。


 無論プルシ村を救う名目もあったが、彼の原動力は復讐にあった。そして今回、刀夜が彼らの名前を上げたからには刀夜は復讐にでたのだと皆は思った。


 だがあまりにも相手が悪い。仮にも一国を滅ぼすほどの相手だ。


「皆、すまない。そういうことになっている。詳細は帰ったら話すよ。でもまだ誰にも言わないでくれ」


 刀夜は皆に頼むと一度工房へと入っていった。舞衣は頼まれても困惑せざるを得ない。彼はいつも自分一人で事を決めてしまう。


 こちらから手を差し伸べても、どこか一つになりきれない印象が拭えず。結局はこうなるのだ。


 工房から出てきた刀夜は書類の入った鞄をもっていた。この日の為に夜な夜な苦労して作製した計画書が入っている。そして不安な顔をしている皆に「いってくる」とだけ声をかけた。


 刀夜とリリアはハンスに連れられてカリウスの屋敷へと向かう。馬車は刀を納品したときと同じものであり、御者も前回と同じエドが勤めていた。


 刀夜は嫌でも当時のことを思いだす。違いと言えばあの時は勝利を確信していたが今回は不安要素を多く抱えた状態だ。


 特に硫黄が手に入らなかったのが最大の理由だ。リリアの魔法と火薬があれば勝利は確信できていただろう。刀夜の計画では巨人との戦闘は刀夜とリリアだけで事足りるはずだった。


 ハンスは以前のようにヅケヅケと聞いてこない刀夜に今回の作戦に一抹の不安を感じる。重い沈黙の中、互いに思案しているうちに馬車は屋敷へと到着した。


 以前に屋敷内は奴隷禁止と言われたが今回は作戦の要ということで特別にリリアの入室の許可がおりる。彼女が魔術ギルドの会員になったことも大きい。


 名目上、賢者に次ぐ地位なのだ。議員は最高権者と言われるがあくまでもギルドの構成上という位置付けである。


 刀夜達はカリウスの部屋とは別の部屋へと案内される。部屋の中央に十数人は席に着けるような大きなテーブルが存在感を主張していた。


 年代を重ねたと思われる色合いと分厚い天板に太い足。椅子も年代を感じるものだが、赤い模様の入った布は張り替えたのかかなり綺麗である。壁回りには棚があり、ここでも装飾された剣が飾られていた。


 テーブルの奥の上座には見覚えのない男が立っている。ゴツイ体格で背筋をしっかり伸ばし、胸を張って堂々としている様は威厳たっぷりだ。


 赤黒い髪が逆立って顔の回りをライオンのように覆っている。その四角い顔に配置された眉、目、鼻、口はどれも濃い個性を主張しており、堀の深いシワも相まって迫力がある。


 こよのうな顔に睨まれもすれば蛇に睨まれたカエルのごとく縮こまって固まるしかなくなるだろう。


 その横にカリウスが立っている。二人を対比すると彼はよりヒョロく見えてしまう。


「貴様が刀夜か、息子が世話になったようだな」


 その体格と恐らく彼の性格を現すような迫力のある声が部屋に響く。


 やはり父親かと、刀夜は予想どおりといった感じで表情を変えなかった。


 だがそれにしてもこの父親からどうすれば、こんなヒョロい息子が生まれるのかと突っ込みを入れたい所だが単に母親似なのかもしれない。


「初めましてデュカルド・オルマー様。刀夜と申します。魔術ギルドの件では骨を折って頂き、ありがとうございました」


 刀夜は深々とお辞儀をした。合わせてリリアも頭を下げる。


「よい! そっちが問題の奴隷か」


 リリアはデュカルドから鋭い眼差しを受けた。だがリリアは萎縮いしゅくせず毅然きぜんとする。今の彼女は魔術ギルドの魔術師なのだ。ギルドの威光を傷つけるような態度は取れない。


「まさか魔術師だったとはな。どうだ、古代金貨を支払っただけの価値はあったか?」


 嫌な言い方だ。リリアを侮辱された感があるがここで怒っては元も子もない。


「彼女はそれ以上の価値があります」


 キッパリと言い張る刀夜にリリアは嬉しくもあり、照れを感じた。彼に信頼されているのだと思いたい。たがそれは思い込みかも知れない。期待に答えなくてはと手にしているグレイトフル・ワンドを強く握りしめた。


 刀夜は女将から購入した魔法の杖を『グレイトフル・ワンド』と命名した。杖の性能がグレイトであると同時にお値段もグレイトと皮肉を込めて。


 この杖は普段は持ち歩かないようにしている。持ち出すときは舞衣が作ってくれた専用に袋に入れるようにして人目につかないようにしている。


「ふむ。プラプティ出身だそうだな、それほどか……良い買い物であったな」


 どうやらこの男もリリアを道具程度にしか見れないのかと思うと刀夜は残念に思う。


「ええ、彼女は魔法の天才です」


 刀夜はリリアを褒め称えることで遠巻きにカリウスをバカにしてやった。だが当の本人は気づきもしない。


 気づかれても困るが。

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