第152話 法外な値段

「と、刀夜様……」


「それで応じる」


 女将は側にいた店員に手で合図すると、彼はお辞儀して部屋から出ていく。彼はよく女将おかみの側で見かける店員である。


 いつも能面のように眉ひとつ、もしかしたら瞬きすらしていないのではないかと思えるほど表情がない。無駄口どころか彼が喋っているところを刀夜は見たことがない。


 恐らく優秀なのだろう。言葉にせずとも大体の意志疎通ができるようである。そんな店員のようすを刀夜は目で追っていると、不意に女将おかみから問われる。


「で、どんなものがいるのかしら?」


 リリアは悩みながらも想定される事態から必要になりそうなものを考える。


 魔法アイテムにはいくつか種類がある。


 貯蔵系……通称タンク。その名のごとくマナを溜め込むことができる。


 増幅系……周囲のマナをかき集めることで魔法の効果を高めることができる。


 機械術式系……呪文の詠唱が組み込まれており、マナを流し込むだけで詠唱なしで発動させることができる。基本固定だが中には書き換え可能なものある。


 使い捨て系……機械術式と貯蔵系を組み合わせて一回こっきりの使い捨て。魔法使いでなくとも使えるのが特徴である。


「一番必要なのは貯蔵系のマナを溜め込むタイプ……それもできるだけ容量の大きいもの。あったほうが良いのはマナの増幅系です」


 リリアの話を聞いて刀夜はふと気になったことを訪ねる。


「それらの魔法アイテムは体に影響はないのか?」


 刀夜はリリアの体が心配になった。増幅系など名前からして体に負担が大きそうだ。


「増幅系は無理やり大量のマナを体内に通すので負担はあります。ですが貯蔵系はものによっては負担はありません」


「できるだけ体に負担のないものを選ぶんだぞ」


「……はい」


 刀夜はリリアの体を心配した。だがリリアはそううまくいくだろうかと不安であった。


 なにしろ貯蔵系の魔法アイテムは魔術師にとって喉から手が出るほどの代物なのである。汎用性が高く体の負担が少ないのが最大の理由である。とても売れ残りにあるとは思えなかった。


 リリアは最悪、多少負担のあるタイプの貯蔵系でも選ぶ覚悟である。負担のある貯蔵系とは魔法を発動する際にアイテムの位置から手の先までマナが流れるタイプだ。手の先から距離が遠いほど負担がかかるのである。


 一番最悪なのが貯蔵系がない場合である。増幅系は無理やりマナを集めるので全身に負担がかかり、経絡けいらくへの負担ダメージが半端ない。


 しかも無理した割には効果が薄いので、普通はちょっと足りないなど効果を少し上げたいときに使う。


 部屋の扉が叩かれ、女将おかみが返事をすると先ほどの男と店員が三人入ってきた。その手にはアイテムを載せたワゴンを押している。


 彼らはワゴンからアイテムを取り上げるとテーブルの上に機能種別ごとにアイテムを置いていった。


 指輪、ペンダント、イヤリング、ダガー、アンクル、スクロール、多種多様なアイテムたち……そして最後に細長い包みが三本。


 用意された魔法アイテムは全部で48点だ。


「思っていたより多いな……」


 刀夜は予想していたより多い品数に期待を寄せた。リリアは真剣な目つきで性能を見計らおうとするが、一見で見抜けるほどの知識はなかった。


 女将おかみの指示で無口な店員の男が仕分けをしてくれた。


「こっちが貯蔵系、こっちが増幅系だ」


 男は初めて口を開いた。割りと渋い声をしている。貯蔵系と呼ばれる魔法アイテムは4つしかなかった。


 大きな緑の宝石が入った指輪はいかにもと言った感じだ。グリフォンのような銀の装飾が施されている。


 さらに大きい緑の宝石と小さい緑の宝石が5つ埋め込まれた白い手袋。指が飛び出すドライバーグローブタイプだ。


 魔力を溜め込むのは緑の宝石が定番なのか、もう1つはネックレスタイプだが宝石は小さい。


 そして棒のような包み。


「あのー、これは空けてもよろしいですか?」


 リリアが訪ねると店員の男は無言で包みを開けてくれた。すでに包みが古くなっているのかベリベリと紙がくっついたものを剥がすような音を立てる。


 そして包みから現れたのは魔法の杖だ。


 2つのツルが絡まったような枝は意外にも真っ直ぐで先端ほど細くなっている。反対に上部は太くなっており、白い金属で加工が施されて天使の翼がねじれるような装飾となっている。


 その中央からツルが新芽のように大きく膨らんでいる。その中に一際大きく、他の宝石とは比べものにならない巨大な緑の宝石が入っている。さらに先端にも小さな宝石が散りばめられている。


 魔法に疎い刀夜でもすぐにわかった。探していた魔法アイテムだと。


 リリアは真剣な表情で一番大きな宝石を覗きこんだ。宝石の中には複雑な幾何学模様が立体的に絡んでいる。小さな宝石も同様であった。


「どうだリリア?」


 刀夜は確信めいてリリアに尋ねた。


「……これは私たちが探していたものと違います……」


「な!?」


 刀夜は驚く。確信していただけにその衝撃は大きかった。店の男はこの商品を貯蔵系として分類したのだ。


 男が間違っていたというのだろうか、だが刀夜としては疑いたくはなかったがリリアの見立てが間違っていてくれと願う。


「この、魔法の杖は私たちが探していたもの以上です。複雑な機能が折り合って……貯蔵系としても凄まじいキャパシティです」


 リリアの言葉に刀夜は危うく『えっ?』と間抜けな声をあげそうになった。


 もしかしてリリアにからかわれた? だとしたらこれは悪質であり、あとで折檻ものだと刀夜はまたメイドの刑にでも処そうかと思案した。


 だがリリアの表情は険しい。予想以上のものが手にはいるのに彼女は喜んでいない。


 リリアは震える手で魔法の杖を置いた。そして女将おかみに悲し気な表情で恐る恐る問う。


「これ、いくらですか……」


 女将は直ぐに答えずにリリアと刀夜の表情を見回した。そして肘を付いてゆっくりと答える。


「41600よ」


「はあああああーッ!?」


 女将おかみの提示した金額に刀夜は耳を疑った。高いとは聞いていたが桁外れである。法外である。


 試しにいつくかの値段を聞けば大体、金貨50枚から高いものでも500は行かなかった。この商品だけが法外なのである。

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