第149話 大食らい魔法の高い壁

 晴樹は刀夜の前に椅子を置いて座った。そしてさっきとは打って変わって真剣な眼差しを刀夜に向けてくる。


 この表情のときは晴樹はかなり怒っているときだ。刀夜は何を言われるかと緊張感に包まれた。


「梨沙の言っていること間違ってないよね」


「うッ」


「刀夜はただ強く言われたから反発してるだけだよね」


「ううッ」


 刀夜は顔を背けた。自分に非があるとわかっている証拠である。


「皆ね、刀夜に感謝してるんだよ」


「!?」


「下山で助けられたことも、街で生きていくことも。そして元の世界に帰ることに絶望しないのも。刀夜ががんばってくれてるからだって」


「…………」


「だから刀夜の事が心配なんだよ。あの梨沙だってそう思っている」


 梨沙が心配してくれているのは刀夜にも分かっていた。


「刀夜には幸せになって欲しいからリリアちゃんの肩を持ったんだよ。二人の仲が悪くならないようにって……」


 ハルの言っていることはすべて正しい。間違っていたのは自分だと刀夜は理解した。リリアに、梨沙に、皆に悪いことをしたと刀夜は落ち込んだ。


「一言あればみんな許してくれるよ。ご飯できているから早めにね」


 そういって晴樹は部屋を出ていった。刀夜が間違ったときハルはいつも正してくれる。かけがえのない大事な親友だ。


 刀夜は泣きたくなる気持ちを頬を叩いて気合いを入れた。そしてリビングへと向かう。


 リビングでは皆がすでにテーブルに着いており、テーブルの上にはでき立ての食事が用意されていた。


 刀夜が現れると皆から注目を浴びる。注目を浴びる中で謝るのはとても恥ずかしい。


「皆、酷い態度をとって済まなかった」


 刀夜は深く頭を下げた。


 あの刀夜が頭を下げた……恐るべし晴樹効果。女性陣は晴樹の顔を一斉に見ると晴樹は顔の前で手を振った。


「梨沙、さっきは怒鳴って済まなかった……」


「えぇー……いや、べ、別にもういいよ……」


 こうも素直に謝られると梨沙も恥ずかしくなる。


「リリアも済まなかった。ちゃんと話を聞くべきだった。許してくれ」


「い、いえ。あたしのほうこそお邪魔をしてしまいました」


 刀夜の態度の急変に晴樹との二人の関係はこれほどにも大きいのだと思うと、少しうらやましいと思うのであった。


「刀夜くん、もういいからご飯にしましょ。お腹空いたでしょ」


 舞衣が優しい言葉をかけてくれる。刀夜は彼女達の言葉に甘えて自分の席に座る。手を合わせて食事が始まる。


 リリアが刀夜のカップにお茶を入れてくれた。


「ありがとうリリア」


「いえ……」


 リリアは元気なさげに気の抜けた返事をした。魔法の習得は時間がかかると思っているのでその事で怒ることはないと言ったはずなのに。


『ちゃんと顔を見ろ』


 刀夜の心に梨沙の言葉が突き刺さる。


「何かあったのか?」


「…………」


「さっきのことは謝る。何も怒らないから教えてくれ」


「実は問題が2つ生じまして……」


「どんな問題だ?」


「取得した魔法が広域魔法なので魔術を使うと街中に影響が出ました。その事で館長から街中で使うなと言われました」


「なるほど、あの魔法は広域魔法だったのか……それは問題だな……」


 刀夜はおかずを箸でつかんでふと違和感に気がついた。


 魔法を使った!?


「えと……リリア」


「はい」


「魔法ってのは1日で覚えれるものなのか?」


「簡単なものなら1時間……難しいものは1ヶ月以上が普通のようです」


『天才かッ!』刀夜は驚いて掴んでいたオカズを落とした。


「さすがに古代魔法はかなり難しかったです」


『超天才かッ!!』


「そ、そうか凄いな……」


「いえ、まだまだ全然なのです習得したなどとおこがましいレベルなんです」


 この時、リリアは謙遜けんそんしているのかと刀夜は思った。だが彼女が習得できていないと言い張るのには次の問題があった。


「それで、もう1つの問題ってのは?」


「はい、経絡けいらくのキャパ不足とマナの集客力不足です」


 耳を疑いたくなるような言葉が彼女から発せられた。


「確か試験の時にリリアのキャパシティは賢者並みと言われていたと思うが……」


 それでも足らないというのかと刀夜はこの魔法恐ろしさを感じ始めた。


「はい。この魔法はとてつもなく大食らいです」


「ど、どういうことなの?」


 舞衣が分からないといった感じで訪ねる。彼女たちは魔法についてはうとい。リリアから魔法のことを教えてもらっている刀夜でさえ、どことなく分かりそうといったレベルである。


「魔法を発動するには大気や大地にあるマナを私が吸い上げて集約して力の形にします。その時にマナが流れる道が経絡けいらくです。そして持続魔法系は常にマナを供給し続ける必要があります」


「へぇ~」


 分かっているのかどうか怪しい声を美紀がらす。


「しかし、今回の魔法はその特殊性により持続系にも関わらず発動前に必要なマナを集める必要があります。発動したら最後わたしはその影響により魔法が使えなくなりますので」


「どのくらい持続できたんだ?」


 刀夜は一番大事な所を聞いた。この作戦を成功させるためにはできるだけ長時間持続させる必要がある。


「3秒です」


 刀夜は激しい脱力感に襲われた。まったくもって話にならない。少なくとも1分ぐらいは欲しい所だった。


「しかも連続で使うのは無理です。経絡けいらくがキズだらけになるので」


「な、なに!?」


 刀夜は焦る。経絡けいらくがキズだらけとはどんな状態なのか分からないが重大なケガではないのかと怖くなった。


「リリア、体は大丈夫なのか?」


「ええ、大丈夫です筋肉痛みたいなものですから……直ぐに治ります」


 そう聞いて刀夜は安心する。


「行く前にも言ったが無理はしないでくれよ」


「大丈夫です」


 リリアは心配してくれたことが嬉しくなった。


「しかし3秒しか持たないのは何とかしないとな……」


「……すみません」


 落ち込むリリアに刀夜は頭を撫でた。


「これはリリアのせいじゃない。俺の作戦がダメなんだ」


 刀夜はかかる問題の多さに、大きく呼吸を吐き出して心を落ち着かせる。


「1つ1つ解決していくしかない……」


 巨人兵討伐を掲げたが問題は大きく多難であった。

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