第148話 ちゃんと顔を見ろ

 ボナミザ商会を後にした刀夜は再び街で硫黄を探すが情報すら得られず家に帰ることとなる。手に入らないとなると余計に欲しくなるのが人情であるが刀夜もそのことわりから抜けれなかった。


 彼の中でイライラが募る。さらに輪をかけて彼は追い込まれていた。自分の中に確実に勝てるという確証が湧かないことである。


 だが今更それを口にすることはおろか表情に出すことさえ許されない。必死に頭の中で巨人戦が繰り返され、負けるたびに対策を講じるが未だ確実に勝てる未来ビジョンが見えてこなかった。


 家に帰ると荷物が届いており、木箱を開けると多くの実験器具が出てくる。それは刀夜が火薬作り用に事前に発注したものだ。だが火薬を作れなくなってしまった今となっては自業自得とは言え、嫌みのように感じる。


 刀夜に積もった苛立ちが爆発して荒れた。まだ壊していなかったたたら製鉄の炉を蹴り潰した。


 ひどい音に驚いた晴樹達が工房から倉庫にやってくる。


「ど、どうしたの刀夜!」


「どうしたもない。壊す予定だったものを今ぶっ壊しているだけだ!」


 どうみても子供が八つ当たりしてるようにしか見えない。壊す予定だったものに当たり散らしているあたり刀夜らしいと晴樹は思った。


「なにがあったのか言ってくれよ……」


「そ、そうよ話したら気が楽になるってこともあるわ」


 晴樹も舞衣も気を使って刀夜をなだめようとする。しかし、その内容を喋るわけにはいかない。心に溜まった鬱憤うっぷんが爆発する。


 やがて暴れ疲れて刀夜はしゃがみこむと息を切らせながら謝罪した。


「すまん。うまくいかずにイラついてしまった。しばらく……一人にさせてくれ……」


 刀夜は壊れた炉の前で腕を組んで悩み続けた。晴樹たちは刀夜が何を悩み苦しんでいるのかわからない。もどかしさを感じながらも倉庫を後にする。


 悪いことは立て続けに起こる。リリアが帰ってきたのは夕飯前だった。


「あ、リリアちゃんお帰り」


「はい、ただいま」


 元気に声を出してはいるが、その表情は見るからに疲労困憊こんぱいの様子だ。


「ご苦労様。魔法はどうだったの?」


 梨沙が訪ねるとリリアは申し訳無さそうにした。


「……ちょっと問題がありまして、このままだと難しいかも知れません」


「ええ、そうなの?」


 皆は不安に駆られた。刀夜の話ではリリアの魔法は絶対不可欠だと言っていた。刀夜のやろうとしていることは危険だとも聞いている。このままではまずいことになりそうだと感じた。


 リリアは中を見回して刀夜がいないことに気がつく。


「あの、刀夜様は?」


「刀夜は……倉庫だけど……」


 晴樹が答える。リリアはお礼を言うと工房へと向かおうする。晴樹はそんなリリアを止めた。


「リリアちゃん。今、刀夜はかなりイラついているから注意してね」


「え? は、はい……」


 リリアは魔法の習得がうまくいっていないことに怒られるだろかと不安になった。恐る恐る倉庫に入る。


 刀夜はノートを広げて今後の作戦を練っていた。


「刀夜様、ただいま戻りました」


「ああ、どうだった?」


 刀夜は振り向きもせず返事をした。扉の隙間から心配している皆が顔を覗かせて二人の様子を伺う。


「あ、あの……申し訳ありません!」


 リリアは申し訳なさそうに頭を下げた。だが刀夜は振り向きもせず、ノートになにやらカリカリと書きながらリリアに尋ねた。


「どうかしたのか?」


「そ、その……まだ魔法を習得できておりません……」


 刀夜はそんなことどうでも良いような気の抜けた態度で彼女に再び尋ねた。


「魔法ってのはそんなに早く習得できるものなのか?」


「い、いえ……それは……」


 その態度がリリアにはひどく怒っているように感じた。彼の期待を裏切ってしまったのではないのかと堪らなく不安になった。


「じゃあ、謝る必要はない。俺も直ぐに習得できるとは思っていない」


「あ、あの……ですが……」


「俺はいま忙しいんだ……明日がんばってくれ」


「…………はい」


 リリアは抱え込んだ問題が大きすぎて刀夜に相談をしたかったのだが、忙しくしている主人の邪魔をするわけにはいかなかった。


 そもそも魔法がうまくいっていないのは自分のせいなのだから自分でなんとかするしかない。リリアは落ち込んで倉庫から出ていこうとした。


 そのとき、倉庫の扉を大きな音を立てて勢いよく開いた。


「刀夜! あんたねぇ、リリアちゃんの話をちゃんと聞いてあげたらどうなの!」


 怒って部屋にズカズカと入ってきたのは梨沙だ。刀夜は何事かと驚いた表情で彼女をみる。


 梨沙はリリアの背後から両肩に手を添えて刀夜によく見えるようにする。だがリリアは刀夜に申し訳なくて顔を反らした。その表情は相当落ち込んでいるのかひどく陰りがある。


「リリアちゃんはあんたやあたし達のためにがんばってくれているんだよ。ちゃんと顔みて話しを聞いてあげるのが筋じゃないの?」


 正論だ言い返せない。だが正論がゆえに刀夜は余計に腹を立てる。


「皆に作業割り振ればそれで終わりなの? あとはその人の責任なのかよ!」


 梨沙の言いように刀夜は憤怒ふんどして激しく机を叩きつけた。その音にリリアと梨沙は体をビクリとさせる。


「俺がいつないがしろにした!!」


 刀夜は梨沙を睨んで怒鳴った。梨沙はこちらに来てだいぶ丸くなったとは言え、人の性格はそう大きくは変わらない。刀夜の態度に腹を立てた梨沙は言い返そうとする。だがそこを晴樹が止めた。


「はい、そこまで。そこまでだよ」


 晴樹は刀夜と梨沙の間に入った。


「皆、悪いけど刀夜と二人で話させてくれるかい?」


「で、でも!」


 梨沙は晴樹にも訴えかけようとするが晴樹は彼女の肩に手をやってにこやかになだめる。


「分かってる。刀夜もね本当はわかっているんだよ。ただ意地になってるだけなんだよ」


「は、ハル!?」


 さすが親友である。刀夜の心情をずばり見透かされていた。


「だからここは僕に任せて」


 そうまで言われれば梨沙も引き下がるしかなかった。リリアを引き連れて女性陣はリビングへと戻った。

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