第146話 もう1つの切り札

 すでに夜は更け初めているが、刀夜は工房に入った。作業台に向かって座り、ランタンを机の回りにいくつも置いた。


 だが正直なところそれでも暗い。これから作戦の設計書を書かなくてはならないのだがランタンの淡い光では目を悪くしそうだ。蛍光灯の灯りが恋しいと思いつつ、蛍光灯を作った奴は偉大だと刀夜は思った。


 いっそのこと電気も作ってやろうかと思ったが、よくよく考えれば蛍光灯の作り方は知らない。材料さえなんとかなるなら電池くらいは作れそうだが発電機は少々面倒だ。


 刀夜の思考が脱線しているとリリアが蜂蜜レモンを入れたカップを刀夜の机に置いた。


「よかったですね。みんな手伝ってくれて」


 刀夜は筆をおいてリリアが入れてくれた蜂蜜レモンに手を伸ばす。


「そうだな……」


 刀夜は一口飲んでリリアの顔をじっと見た。この娘はいつも真っ直ぐ相手をみて話をする。そんなリリアが演技をしている訳がない。いまの姿こそ本当のリリアなのだと刀夜は再び自分に言い聞かせた。


 だがリリアは急に目を反らした。刀夜は『えっ?』と驚き焦った。


「きょ、きょうの刀夜様は少し変でした。赤くなったりソワソワしたり……どうかしたのですか?」


 今日だけではない、あの夜から時折平常心でいられないときがある。無性に彼女に対して色々な欲望が沸き立つときがある。押さえようとすると余計に……


 リリアが心配して、中腰ぎみに上目遣いに覗きこんでくる。


『そ、そのポーズはまずいだろう。む、胸が……』


 リリアが着ている上着の胸の隙間から彼女の谷間が見えた。刀夜は慌てて視線を反らしたが、すでに心拍数があがってまた顔が赤くなる。


「リ、リリア。すまないが今は一人にさせてくれないか……」


 刀夜の言葉にリリアは少し寂しそうな顔をした。刀夜は彼女を悲しませるつもりなどなかったのだが、結果的にそうなってしまった。


「では、お先に失礼します」


 リリアが工房から出ていこうとした。このまま彼女を追い出すような形となったままでよいのか? 刀夜は彼女の陰りに焦りを感じると思わず呼び止めてしまう。


「リリア!」


 彼女は何事かと振り向く。だが刀夜は呼び止めたもののかける言葉が思いつかない。


「あ……蜂蜜レモンありがとう……」


「はい。刀夜様も無理しないで下さいね」


 彼女は笑顔を送って工房を後にした。刀夜は『何をやっているのか』と自分のバカさ加減に呆れて机に頭を叩きつけた。


◇◇◇◇◇


 次の日、朝食を済ませてリリアは図書館へと向かう。


「では行ってまいります」


「頑張ってな」


 刀夜は平常心を取り戻していた。他のメンバーは刀夜の依頼をこなすために工房へと入った。


 刀夜は暫くぼーっとする。一時間ほどたってようやく腰を上げると荷物をもって工房に入る。


「じゃあ、俺もそろそろ行ってくる」


 工房で働いている皆に声をかけた。


「はい、行ってらっしゃい」


「頑張ってねー」


 今日の刀夜の予定はあるものを探しに店回りだ。彼は最初に行きつけの店にゆく。


 ――カブナル鉄鋼商会。


 ここは玉鋼を作る際に原材料となる砂鉄を購入した店だ。店は大きく多くの種類の鉱物を扱う。加えて在庫が足りない場合でも、即座にかき集める能力も高い。刀夜のお気に入りだ。


 しかも炭などの炭素系素材を扱う店がすぐ近くにあるのもポイントが高い。


 鉄鋼商会の店は大きな倉庫でありその中に事務所がある。プレハブのような小屋の扉を刀夜は開けた。


「ごめん。主人はいるか?」


「おういるぜ」


 角刈り頭にねじり鉢巻、前掛けをしているその姿は魚を手に持っていれば恐ろしく魚屋がお似合いの男だ。


「また砂鉄かい?」


 何度も大量に砂鉄を買ったのですっかり顔を覚えられてしまっていた。


「いや、以前に頼んでいたものはどうなったのか聞きにきた」


「あーあれねー。一応知り合いに聞きまわったんだが出回ってなかったよ」


 刀夜はある物質を探していた。しかし、入手はおろか情報すら入らなかった。刀夜はガッカリすると店を出ようとしたとき再び声をかけられた。


「なぁ、石材屋とかは行ったのかい?」


「ああ、最初に行ったよ。結果は同じだったけど」


「そうかー、あんちゃんが言っていた火山や温泉なんてこっちの大陸にはないからな~」


「やはり隣の大陸か……」


「そうだな交易のあるビスクビエンツの街ならあるかもな」


「馬車で片道2日なんだろ、時間がなぁ……」


「あんちゃんが行けねえなら商人に頼んでみたらどうだい」


「そうするしかないか。ありがとう」


「まいどおおきにー」


 刀夜は店を後にした。刀夜が探しているものそれは『硫黄』である。それは火薬の材料には欠かせないものだ。刀夜は巨人との決戦兵器として火薬を作るつもりだった。


 ――黒色火薬。


 それを思い立ったのは偶然だった。砂鉄を探して刀夜は石材屋を回っていた。砂鉄は鉄鋼商会が扱ってくれるいるがこの頃、刀夜はまだ知らなかった。


 石材屋で扱っているのは彫刻や建物で使う高級石から家の垣根、道に敷く砂利、砂を扱う。だがそれら以外にも少量だが宝石の原石や鉄鉱石も扱っている。


 そのため砂鉄は石材屋だと勘違いした。その誤解は直ぐに正されたが色々な商品に目を奪われて後学と称してみて回る。


 店のカウンター前に並ぶ宝石の原石を手にしてじっくり見る。大きな石は外だが店内には珍しい鉱石や高級な宝石の原石が並んでいた。


「お客さん、そろそろ何か買ってくれんのかね?」


 頭にバンダナを巻いた筋肉ムキムキのおばさんが呆れて声をかけた。刀夜はもう一時間も商品を見ており、一向に買おうとしなかった。


 なまじ高級品をおいてあるので店のものはその男から目が離せないでいる。


「すまなかった。色々あるので目移りしてしまったよ」


 刀夜は悪びれることもなく商品を元に戻した。店主は結局買わないのかとため息を漏らした。刀夜は床に置いてあった鉄鉱石にも目がいった。


「こっちはなんの鉱石だ?」


「そりゃ只の鉄鉱石だよ」


 刀夜は『ふーん』と相づちをうつ。だがこの鉄鉱石には色々と不純物が混じっており、純粋に鉄鉱を選出すのは手間だなとブツブツと呟いた。


 店主は再びため息をつく。実に迷惑な客だと。そんなときだ店主の足元に値札のついていない白い結晶に目がいった。


「店主、その結晶はなんですか?」


「あぁん。これは小便石だね」


「しょ……」


 すでにおばさんとはいえ女性が堂々とそんな言葉をいうのはどうかと、刀夜は思うと冷ややかな目を送った。


「値札がついていないようだが……」


「そりゃー売りもんじゃないからね。只の廃棄品さ」


「廃棄品? なんで小便石っていうのですか? ずいぶん変わった名前のようだが」


 店主はつまらないことを聞く奴だと鼻息を大きく吐き出す。


「そりゃー肥溜めとか下水口なんかにできる結晶と同じだからだよ。要らないのに他の鉱石と混じって納品されるから分類して後で捨てるんだよ」


 刀夜は空いた口が締まらなかった。なぜならその結晶は『硝石』ではないかと思ったからだ。


 木炭、硝石(硝酸カリウム)、硫黄(硫酸)この3つがあれば火薬が作れるというのにゴミだと言い張る。この世界には火薬がないのかと、実にもったいないと思った。


 刀夜は喜び、その硝石をタダでもらい受けた。そして他の店からもタダでもらい、とにかく集めまくった。木炭は炭など扱っている炭屋で売っている。


 後は『硫黄』だけだと喜んだ。だがその硫黄が手に入らないと分かったとき、刀夜は理解した。この世界には火薬がないのではなく、材料がないから作れなかったのだと。


 刀夜は落ち込む。バカだったと。しかし諦めきれずにこうして硫黄を探し回っている。


 何しろ巨人兵討伐に火薬があるかないかでは戦いかたが大きく異なる。楽に倒せるからだ。

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