第143話 魔術図書館の簡単整理術

 ――次の日。


 刀夜は図書館にくると早速ナタリーを捕まえる。目的の魔法に関して探させるためだ。


「ちょっとぉーまた私ですか!」


「ああ、ここの図書館を熟知している君の力が必要だ」


「そんなうまいこと言ったって、危険なことに巻き込まれるのは御免ですよ」


 昨日の脅しのせいですっかり警戒されてしまったようだ。リリアに魔術師としての権力を行使しても構わないのだが、彼女はそのようなことは得意ではない。


 無論刀夜もリリアにそんなことをやらせたくない。となれば方法は一つ。


「手伝ってくれたら報酬を渡そう」


 刀夜はポケットから取り出した金貨を器用に机の上で回してみせた。くるくると輝く金色のソレにナタリーは目を奪われる。頭の中で何か月分の給料だとか、何を買えるかだとか色々と巡らせる。


「つ、つ、つ、釣られないんだからね……」


 わかりやすいと刀夜は心の中で笑う。彼女の抵抗の元である懸念事項は『怖いお兄さん』である。ならば後はそれを取り除けば落ちるだろう。


「ここで何を調べていたか喋らなければ何も起こらないんだ。しかもそれとて時間制限つきだ。計画が公開されれば別に喋っても何の問題はない。実に安い仕事だろ?」


 あとは彼女がこの金貨を手にすれば今後は嫌でも協力せざるを得なくなる。


 ナタリーは机の上の金貨に息を飲む。確かに喋らなければいいだけの話だ。最もお喋り大好きな自分がそれを守れるかが問題なのだが。とはいえ金貨は欲しい。


 刀夜は机の金貨を拾うと人差し指、中指、薬指そして親指で掴みナタリーに見せる。ここで一気に畳みかけて彼女を落としにかかる。


「もし早くその魔術書を手に入ることに成功すれば特別報酬をあげよう」


 刀夜の中指が開くともう一枚金貨が覗かせた。ナタリーの喉がゴクリと鳴る。


「リリアの魔術習得に協力してくれればさらに特別報酬だ」


 刀夜の薬指が開くと更にもう一枚金貨が覗かせる。


 ナタリーの両手が刀夜の手を掴んだ。


「やる。やります。やらせて下さい!」


 完全に彼女は目の色を変えている。刀夜は落ちたとほくそ笑んだ。


「よし、契約成立だ。どうやって捜すのが手っ取り早い?」


「えへへ。手伝ってもらえればいいんですよぉ。ここの住人に」


 ナタリーの案に刀夜は成るほどと頷いた。確かにここの住人達は魔術書ばかり読んでいる。どこにどの本があるか一番よく知っているだろう。


 それに加えてもしかしたら彼らの誰かがその本をキープしているかも知れない。


「ただぁ……」


「ん?」


 ナタリーは残念そうな顔をする。


「彼らが簡単に協力してくれるか……」


「人の本より自分の研究モドキというわけか」


「……はい」


 刀夜はあごに手を当てて何とか協力してもらえないか方法を思案する。地位や名誉も権力もある彼らは賄賂わいろで動く可能性は低い。ナタリーのように簡単にはいかないだろう。


 彼らが興味を持つもの……


「ナタリー」


「はい」


「まだ表に出していない新刊はあるか?」


「は、はい。ありますが…………」


 ナタリーはハッとした顔で焦った。


「ま、まさか新書を餌にする気ですかッ?」


「簡単に言うとそうだ」


「そ、それはマズイですよ。新刊は10日おきに出されますが皆、順番待ちするほどですよ。そんな勝手なことしたら暴動が起こりますよ!」


 刀夜はニタリ顔でナタリーに顔を寄せた。ナタリーは嫌な予感がする。


「公平ならいいんだろう?」


「そ、そうですけど……」


「御布令をだせ」


「御布令? 何を書くのですか?」


「図書館の本の整理を手伝った者の順にその量に応じて前倒しで新書を借りれることにするのだ」


「あッ……」


 ナタリーは目から鱗が落ちる思いであった。新刊はぐうたらな彼らでも喉から手が出るほど欲しがる代物だ。手伝って貰える可能性はある。


 しかも魔術書を読むのは早いから、本の種類を見極めるのが早い。どこにある本かも熟知している。


「そしてその新書の魔術書の全部をリリアが借りる。それを餌に彼らに捜すのを手伝ってもらう」


「え?」


 ナタリーはそれは不可能ではと思った。


「いや、でも御布令を出したらみんなやりだすからリリアさんが全部借りるのは無理なのでは……」


 ナタリーの危惧は当然であるがしかし……


「御布令を読むと思うか? 本に夢中で引きこもりな彼らが……」


「ああッ!」


「仮に読まれても精々数名だ。発行と同時に動く我々に敵うはずないだろう?」


「ひどッ!! それのどこが公平なんですか!?」


「文句を言われたら図書館を便利に使うアイデアをだした特権だとでも言ってやれ」


 刀夜は悪魔のような面でナタリーを見下ろした。ごり押しできるかかなりギリギリなラインだ。


「しかし、新たなルールは私の一存では……」


 ナタリーの主張は当然である。それは一介の職員程度が決めて良いものではない。そんな時、刀夜の背後で話を聞いていた人物が動いた。


「その話、許可します」


「か、館長!」


 その人物は刀夜が魔術ギルドに来たときに出会った年配の女性であった。あのときと同じ衣服で相変わらずティアラやイヤリングをしている。年相応にシワに落ち着いた優しそうな目をしている。


「図書館の書物についての権利は私に一任されていますからね。それに万年問題だった一つが解決できるかも知れないのです。試さない手はないでしょう」


「は、はい。館長の許可があれば。早速準備に入ります」


「そうして頂戴」


 ナタリーは喜び勇んで奥の部屋へと消えてゆく。これがうまくいけば彼女の仕事も楽になるのだ。


「まさかここの館長だったとは……」


「うふふ、テスト合格おめでとうリリアさん」


「あ、ありがとうございます」


 リリアは深々と頭を下げた。

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