第142話 巨人兵への突破口

 刀夜は更に当時の戦法を調べた。帝国時代の文献は少なく、その後の街での戦記録が大半となっている。


 帝国時代は魔法文明の絶頂期なので主力は魔法のようだ。しかし機敏な巨人兵と群がるモンスターの大群に期待ほどの戦果は出せていない。戦力規模も崩壊後の戦いの比ではなくもはや国家間の戦争レベルである。


 街での戦いにおいて注目すべきはトラップの存在である。


 落とし穴と穴に仕かけた串刺し罠では、穴にはまりはするものの底に仕かけた槍は尽く絶対物理障壁の前に潰されている。しかし落とし穴にははまっている。


 ロープで縛り上げて動きを封じる戦法も載っていた。だがこれも巨人の怪力の前に引きちぎられたとある。


「どいうことだ? 絶対物理障壁があるのにロープは絡めることはできる……?」


 刀夜は思い出す。巨人と出くわしたとき、巨人は木の枝を手で押し退けていた……


「絶対物理障壁には発動条件がある?」


 刀夜はそれについて調べてみるが特に記載はなかった。だがこれは大きなヒントになると刀夜の思考回路がフル回転を始めた。


「リリア」


「はい」


「魔法の武具を無力化できるか?」


 リリアは考え込む。過去に聖堂院で習ったことを思い出す。


「原理的には魔法の武具もマナを利用して魔法を発動しているはずです。ですから元を絶てば……おそらく」


「絶つことは可能か?」


 リリアは不安そうに刀夜を見た。刀夜は真剣な眼差しでリリアを見ている。自分に期待を寄せているのだ。奴隷として主の期待に答えなければならない。


 絶つ可能性はある。その魔法は存在する。だがリリアとして自分の気持ちとして刀夜に危険なことをしてほしくない。生きて私の側にいて欲しい、そんな感情が沸いていた。


 しかしそれは刀夜の期待を裏切ることになる。


『私はなんのためにここにいるの?』


 主人の期待に答えずにこのかたの側にいるなどと虫が良すぎる。でも、やはり死んで欲しくない。仮に魔法を封じても巨人兵の力は他のモンスターとはわけが違う。


 リリアの中で激しい葛藤かっとうが生まれた。心の鎖が揺れ動く。


 わたしは……わたしは……わたしは……


「……可能性は……あります」


 リリアは彼の役に立つことで側にいることを選択した。彼女の心の鎖はいまだ外れない。


 リリアの返事に刀夜は頷いた。


「ただし刀夜様、その魔法は私は習得していません。その魔法は古代魔法なのです」


 リリアのつけ加えの説明に刀夜は悩む。無効化できるかできないかで成功率が大きく変わってくる。


「その魔法は習得可能なのか?」


「分かりません。そもそもここにその魔術書があるかも分かりません」


「確かにそうだな。まずはそこから始めるか」


 刀夜達は手分けして再び書棚の奥へと消えていった。だが魔術大図書館の名のごとく魔法に関する書物は膨大だ。


 そしてナタリーが嘆いていたように書籍は分類などされておらず、探すには片っ端から見てゆくしかない。


「刀夜様もう日が暮れそうです」


「なに!? もうそんな時間か。時忘れの部屋とはよく言ったものだ……」


「どうされますか?」


「今日のところは引き上げるとしよう、捜す方法から考えなければ時間がいくらあっても足りない」


 二人は図書館を後にして家に戻った。既に梨沙たちが夕飯の用意をしてくれている。だが刀夜はノートに色々と考えをまとめながら食事をしだした。


「ちょっと、刀夜くん行儀が悪いですわ」


「ん? す、すまん」


 舞衣から注意を受けると刀夜はノートを閉じて急いで食べ物を掻き込む。


「な、なんなの?」


 刀夜の行動をずっと目で追っていた舞衣が呆れる。刀夜は皆にまだ巨人討伐のことを話してはいない。舞衣は刀夜の慌ただしい様子にカリウスとの事件をどうしても重ねてしまう。


「もしかして何か事件なの?」


 不安を抱いた舞衣が問う。刀夜は何をいっているのかと思ったが、彼らはカリウスとの一件が終わったと思っているのだと気がついた。


 しかし身内とは言え、現時点ですべてを語るわけにはいかない。うつむいて箸を置く。


「カリウスの続き……のようなものだ」


「ええ! 終わったのじゃなかったの?」


 梨沙が驚いて声を張り上げた。


「あれだけ苦労して詫びの品を作ったのに、まだイチャモンつける気なの!?」


 梨沙は怒り、はらわたが煮えくり返る思いにかられた。テーブルを激しく叩きつけると、テーブル上の料理が踊る。


「とことん、いたぶるつもりなんじゃないの……」


 美紀もさすがに腹が立って不機嫌となった。しかし彼女達がそう思うのは仕方のないことである。刀夜も正直なところ面倒で危険なことには首を突っ込みたくはない。だが今回の件を言い出したのは刀夜のほうである。


 例え、カリウスから難癖なんくせをつけられたとしても権力者とのコネクションを築きたいのだ。それもこの街の最高権力者の息子、しかもぎょしやすそうな性格をしている。こんな最良の素材を逃したくはないのだ。


「まだ詳細は言えないが、あの一件とは訳が違う。今回は互いの利害のためだ」


 そのように言われれば一概いちがいにカリウスを責めることができなくなる。しかし舞衣には心配が先立つ。


「今やっていることに危険はないの?」


 無論危険極まりない。今までで一番危険なことをしようとしている。


「かなり危険だ」


「ち、ちょっと。あのときより危険なことをしようとしているの?」


「そうだ。だから綿密な作戦を立てなければならない。そのためにオルマー家から前払いで図書館の利用とリリアのギルド入りを推薦してもらったんだ」


 刀夜は皆に説明できるギリギリの範囲まで話した。だがそれは皆をさらに不安にさせる結果となる。しかし刀夜にはこの方法が元の世界へと帰るための近道だと考えていた。

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