第134話 プラプティ炎上4

 リリア達を乗せた馬車は聖堂院を後にして北門を目指す。ほんの僅かな差で彼女達はモンスターの襲撃を間逃れた。だがまだ予断を許さない状況にある。


 最後部の馬車に乗っている聖堂院生の先輩達がしきりなしに何かの魔法を発動させていた。


 それはリリア達の馬車からはわからなかったが追ってきたモンスターをプロテクションウオールの魔法で妨害していたのだ。


 だがそれでもモンスターは執拗しつように追いかける。追い付くのが先か、生徒が粘り勝つか、そんな攻防が繰り返されて勝利をつかんだのは生徒達であった。


 疾走する馬車はやがて街の中央通りにさしかかる。リリアの姉、クラリスの家が見えたときリリアは血の気を失った。姉の家は巨人が飛ばした大岩で押し潰されており、大きな炎で燃えさかっていた。


「お母様! クラリス姉様!!」


「ダメぇ! リリアちゃん!」


 血相を変えて馬車から乗り出そうとするリリアをアンリとティレスが止めた。燃え盛る姉の家が遠ざかってゆく。だがその炎はいつまでもリリアの心を焦がす。


 あの時、姉の家に行くように言わなければ、こんなことにはならなかったのにと後悔の念が募った。


「ごめんなさい、お母様……ああぁぁ…………」


 泣き崩れるリリアにアンリとティレスも身を寄せあって一緒に泣いてくれた。彼女達の家や家族もどうなっているか不安であったろうに。リリアの為に泣いてくれたのだ。


 大きな幹を有するエルダの樹を通りすぎるとリリアの家が見えた。家は無事で明かりは消えている。しかし、もうあの家には戻れないのだと思うと悲しくてたまらなくなる。


 家はどんどん離れてゆく。ここにいる者は皆同じ思いなのだと思うと自分だけいつまでも泣くわけにはいかなかった。


 北への門に向けてさらに馬車は突き進む。


 誰もが早くと願っているとき突如それは起こる。


 馬車はDWウルフの集団に襲われた。


 それは一瞬の出来事で護衛も反応できなかった。家と家と隙間からDWウルフが突然複数現れて、馬車の隊列の横から突き刺さるように突撃してくると、複数の馬車をね飛ばして横転させた。


 襲撃を免れた人々は誰もが反応できず呆然とその成り行きを見守りながら過ぎ去ってゆくことしかできない


 転倒した馬車から逃げまとう人々が次々とモンスターの餌食となってゆく。その無惨な光景は凝視ぎょうしし続けるには辛すぎた。


 目を背けて、悲痛な助けを求める声に耳を塞いだ。立ち止まれば自分達も殺られる。


 十数台もあった馬車はもはやたった4台となってしまった。そんな彼らにさらに追い討ちがかかる。


「待ち伏せだ!!」


 それはもはや驚きというより怒りの声であった。


くさび陣形ヨーイ!」


 先頭で馬に乗った自警団団員の号令が発せられると共に復唱が飛び交う。周囲を固めていた兵士は馬のスピードを上げて先頭で固まってくさび状に陣形を取る。


 命懸けの中央突破をこころみるつもりだ。彼らの顔つきに緊張と覚悟がみなぎる。


 前方をふさいでいるのは二足歩行で全身白い岩のような皮膚をもつモンスターだ。見た目どおり体は硬いうえに足腰もそこそこ強い。


「ええい、ゴルゾンか! このまま槍で突っ込むぞ!!」


 馬の勢いを殺されたら一貫の終わりである。後続の馬車もトップスピードで走っている。


「むおおおおおおおおあおおおッ!!」


 気合いを入れて激しく激突する。モンスターに槍を突き立てた。槍を逃れたモンスターにシールドを叩きつける。


 しかしモンスターに捕まったもの、馬の足を取られたもの七人の兵士達はその両翼を奪われ四人が脱落した。


 先頭の三人が抜けてゆくと、後続の馬車が続く。何かを踏んだ馬車は大きく暴れる。リリア達は投げ出されないようにするので精一杯だ。


 一台抜け、二台抜け、三台目は馬が足を取られ、四台目を巻き込んで横転した。最後尾となってしまったリリア達の馬車はスピードを落とさず突き進んでゆく……


◇◇◇◇◇


 リリア達が北門に到着したとき、そこはすでに戦場と化していた。北門は開けている最中でまだ開ききっておらず、多くの馬車は足止めを食らっている。自警団の兵士は馬車を守ろうと戦っているが戦況はかんばしくない。


 特にDWウルフの戦闘力は驚異であった。剛毛には並の剣では刃が通らず巨体を生かした突撃攻撃は強力であり、なにより恐ろしくタフである。自警団の槍を五本も受けてもその体力は衰えを見せなかった。


 聖堂院の生徒達は少しでも支援すべく傷ついた兵士達に回復魔法を放つ。それはリリアも例外ではなく馬車から身を乗り出して魔法をかけていた。


 ようやく北門が開き、一斉に馬車が動きだしたときである。リリアの乗っていた馬車も突如動きだすと、呪文の詠唱に集中していた彼女は馬車から投げ出されてしまった。


「あッ……」


 リリアがそれに気がついたときには遅かった。


「リリア!」


 悲鳴のような声をあげてアンリとティレスが手を伸ばすが間に合わない。リリアは地面に頭をひどく打ち付ける。ぼやける意識の狭間で二人が過ぎ去ってゆくが見えた。


 彼女の意識がはっきりと戻ったときは馬車の一団はすでに出払った後だった。僅か一瞬の出来事だが、いまさらどうにもなりはしない。


 自分もここの兵士達と運命を共にするのだと覚悟するしかなかった。


 リリアは震える手でモンスターと戦っている兵士に回復魔法をかける。色々な想いがこみ上げ、涙を流しつつ何も考えまいと必死に震える口で呪文を唱えた。そんな彼女を兵士達が哀れむ。


「野郎どもぉーッ! 女神様を守るぞ!!」


「うおおおおお!」


「み、みなさん…………」


 リリアにとって彼らの思いだけが唯一の救いとなった。涙を拭って再び魔法を唱える。


 だがそれで状況が変わるほど現実は甘くはない。回復魔法程度ではどうにもならない致命傷を追うものが増える。回復魔法が間に合わない。


 辛い現実が彼女に突き刺さってゆく。


 そのとき、馬に乗って駆けつけた兵士がリリアを背後から抱き上げた。リリアを自分の前に乗せて北門けら脱出してゆく。


 残った兵士が彼と彼女にエールを送った。


「さあああッ! ここからは一匹も通さねえぜ!!」


 背が低いドワーフのように頑丈そうな男は両手にトマホークを構え、通さないとばかりにモンスターを威嚇した。

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