第133話 プラプティ炎上3

 賢者がエステルに資料をたくしていたとき、防壁から大きな音がした。巨人が防壁を打ち破ったのだ。二人は慌てて家から外に飛び出る。


 そこに馬に乗ったヨムルドがやってくる。彼は馬を降りて音のしたほうを振り向くと大小さまざまな岩が降り注いできた。


「エステル! 危ない!」


 父ヨムルドは娘エステルを降り注ぐ岩からかばった。


 大きな岩が賢者の宿を押し潰す。幸いにも外に出ていた賢者にもヨムルド親子にも岩は落ちてこなかった。


 ヨムルドは娘が無事なのを確認すると賢者に懇願こんがんする。


「賢者様、お願いです。巨人兵に対抗できるのは貴方だけなのです。どうか――」


 賢者は空を見上げたままヨムルドに手を向けて彼を黙らせた。


「もう遅い!」


 賢者からただならぬ緊張が走っていた。ヨムルドとエステルは彼が見ている同じ空を見上げる。


 大きな月を背景に魔法使いと思わしき人物が宙に浮んでいた。とんがり帽子に魔法のローブとマント、手には魔法の杖と、いかにもなで立ち。


 しかし月明かりが逆光となってはっきりとは見えない。ただ分かるのはその魔法使いの目は月と同じ光を放ている。


 そして無表情……まるでありでも見ているかのような目つき。


 初めて出会う人物なのにヨムルドには明らかに敵だとしか認識できなかった。この魔法使いからはそんな雰囲気を放っていた。


 異様……まさしく異様な気配。


「こ、ここまでするか……たかがワシ一人を殺す為に街一つ滅ぼすか!!」


 賢者の手は恐怖で震えている。彼はもう逃げられないことを悟っていた。


 そしてヨムルドはこの惨劇さんげきがこの二人によって引き起こされたのだと知る。


 だがそれにしても驚異なのは空を飛んでいる魔法使いがこのモンスター達をけしかけたことである。そのようなことが可能なのかと疑問に思うと同時にただならぬ恐怖を感じた。


「よ、よくも人類をたばかってくれたな! この悪魔め!!」


 賢者にできること、それはこの事件の主犯に罵倒ばとうを浴びせ呪うことしかできなかった。虚しいときが過ぎる。


「い、いつまでも騙し仰せると思うなよ……貴様の正体は!」


 賢者が核心をつこうとした瞬間、魔法使いの手が払い除けられた。巨人によって飛ばされて宙に浮いたまま停止していた大岩が賢者めがけて落ちてくる。


「ぬおおおおおおお!」


「エステル!」


 ヨムルドは再び娘をかばう。


 大地を揺るがすような振動と風圧が背後から襲った。ヨムルドは恐る恐る振り向くと賢者のいた所には大岩しかなかった。岩の下から血が流れてゆく。


 エステルは父親の肩越しからその光景を見てしまった。ヨムルド親子はその光景にゾッとする。吹き出した冷や汗と悪寒おかんで震えが止まらない。


 そんな親子を前に魔法使いはその岩の上にそっと音もなく降り立つ。そして二人に哀れみの視線を向けた。


「ま、まってくれ。娘だけは娘だけは許してやってくれ」


「お、お父様……」


 ヨムルドは父親らしく娘の命を取らないでくれと切願せつがんする。だが魔法使いは無情にも杖を彼らに向けた。


「エステル!」


「お父様!」


 二人が死を覚悟して抱き合うと同時に火柱が天高く上がった。一万度を越える瞬間的超高温により二人を跡形もなく消し去る。


 託された賢者の荷物もろとも……


 そして炎が消えた後には地面に黒ずんだ二人の人影だけが残った。


 魔法使いは再び空へと舞い上がり、両手を大きく広げて月を背景に踊りだす。モンスター達は一斉に覚醒したかのように怒涛の進撃を開始した。


 巨人兵も破壊した防壁をさらに広げて街へと進行する。ブレスを吐くモンスターが家に火をつけて回った。


◇◇◇◇◇


 プラプティ大聖堂の大きな扉を兵士が力を込めて開けた。その兵士は肩を負傷してはいたが治療を必要とするほどの傷ではない。


 彼は上司からの命令を伝えにやってきたのだ。


「脱出だ! 街を放棄ほうきする!!」


 傷の具合とは裏腹に顔面蒼白でそこにいるもの達へ命令を伝えた。


「脱出!?」


「街を捨てる!?」


 聖堂院にいたもの達は状況が飲み込めずにいる。慣れしたんだこの街を捨てるなどいう選択肢などあるのかと。信じがたい言葉にただ呆然と兵士の顔を見ていた。


 だがそんな動こうとしない連中に業を煮やした兵士はさらに指示を出した。


「急げ! すでに馬車を用意している」


 彼らの返答なぞ待っていられない状況だ。強引に彼らを追い出しにやる。さらに数人の兵士が聖堂院へとやってきて怪我人達を次々と運び出しにかかった。そして外に停泊している馬車へと彼らを乗せる。


 そんな様子をみていたリリアも荷物をまとめて外へと移動した。扉を抜けて初めて外のようすを垣間見たリリアはその状況に目を疑って立ち尽くす。見慣れた景色とはあまりにも異なるその様子に『街を捨てる』の言葉の意味をようやく理解した。


 街の南側が炎に包まれて空を赤く染め上げいた。地上では巨大な巨人兵が役目を終えたかのように炎と黒煙の中でたたずんでいる。


 茜色の鎧。角の折れた兜、巨大な片刃の黒い剣、自分達の街を奪った奴のその姿をリリアは脳裏に焼き付けた。


 聖堂院前はまるで街中の馬車をかき集めたかのように多くの馬車が集まっていた。


「リリアちゃんこっち!」


 リリアの耳に聞きなれた声が入ってきた。声がした幌馬車のほうへ顔を向けると親友のアンリとティレスが手を振っている。


 リリアがその馬車に駆け寄ると二人はリリアに手を差しのべる。彼女達に手を引っ張ってもらうとリリアは馬車へと潜りこむことができた。


 このような状況ではあるが三人は出会えた事が嬉しくてたまらない。聖堂院内ではドタバタしていて声すらかける暇がなかった。


 やがて満員になった馬車から出発する。十数台が列をなして街の北へと進んでゆく。両脇を自警団の兵士達が護衛をして並走してくれた。


 それは馬車に乗っているもの達にとって、とても心強いものである。


 リリアは馬車の後部から顔を出して街を見ていた。慣れ親しんだ聖堂院が小さくなってゆく。まだ馬車が数台残っており、最後まで人々を脱出させようとしていた。


「ああっ!?」


 そんな彼らがモンスターに襲われそうになった所で建物の影となり見えなくなってしまった。リリアはボロリと涙を流し、彼らが無事でいることをベェスタの神に祈りを捧げるのだった。

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