第129話 郷愁のプラプティ2

 大聖堂の役割は神のまつわる儀式などの執り行いと、駆け出しの魔術師に教育をおこなう。


 建物は教会のような形をしており、表から入ればまさしく教会そのものである。一番奥に神の銅像が祭られ、教壇と信者達の座る長椅子が並べられている。


 ただしステンドグラスやパイプオルガンのようなものはない。


 ここでは祈り以外にも亡くなった人の安置所、葬儀、墓地が管理されている。結婚式もここで行われる。リリアの姉のクラリスもここで挙式を挙げた。


 リリアの通う学習塾は聖堂院本館の離れにあり、これらはどこでもだいたい同じ作りだ。2階建ての木造建築であるが作りはしっかりしている。


 リリアは講堂に入ると友達の二人の姿を探した。教壇の前の長机に二人ならんで座っているのを見つけると声をかける。


「アンリちゃん、ティレスちゃん。おはよう!」


 彼女達はリリアが院に通い初めてできた友達で約三年間ずっと仲良くしている。みんな性格が異なるがパズルのピースが噛み合うように馬があった。


「リリアちゃんおはよう」


 藍色の長い髪を頭の後ろでリボンでくくっているアンリがリリアに挨拶を返す。いつも落ち着いた物腰をしており、優しそうな瞳でリリアを見つめる。


「ねぇねぇリリアちゃん知ってる? この街に賢者様が住み込みに来てるんだって」


 挨拶より話のネタをふってきたのがティレス。アンリと異なっていつも元気一杯でよく動く。


 天然パーマの入った癖のある短い髪の毛が特徴だ。髪を洗った後、乾かすのが楽だといつも口にする。彼女は体もよく動くが口もよく動く。


「へぇ~」


 賢者がくるなど数少ないマナスポットがあるこの街では特別珍しいことではない。賢者は主に自身の魔法のキャパシティを上げるためにやってくる。そのため滞在期間は長いことが多い。


 他の街では住み込みで賢者がやって来るなどほぼゼロだ。大半は通りすがりか買い物で見かける程度である。賢者が住み込むなど仕事を依頼された場合ぐらいしかなく、それでも精々数日のことだ。


 彼らは危険な魔法を扱うので街に住めないのだ。マウロウのように獣に襲われない安全地帯に住んで研究しているか、放浪しているかのどちらからしい。


 そんな賢者が街にやってきた。目的がキャパシティの強化であれば数年は滞在することになる。魔法使が多いこの街では彼から学びたいと思うものは多いのだ。


 そしてそれは生徒だけとは限らない。無論リリアにとっても。


 彼女達にしてみれば賢者がきたのは初めてのことであり、ティレスが興奮するのも無理ない。


「お母さんいってたけど前にも賢者様来てたことあったって」


「それはいつ頃のことなの?」


「10年前だって」


「3歳じゃ分からないよね。でもどこの賢者様がきたのかな?」


「神壁の賢者だって」


「神壁? 聞いたことないなぁ」


 リリアは二人の会話を聞きながらどんな賢者なのかと想像する。だだその賢者の得意分野はどことなくわかりそうだ。


 賢者は得意な研究分野にて成果が認められると2つ名を付けられることがある。誰がつけたのかは誰も知らない。


 賢者達は自分たちでつけることはない。認定するような機関もない。だが貴重な賢者の数は少ないので皆は親愛を込めてつける。ひどいときには街ごとに異なる為に話が通じないことも起こる。


 賢者の話題が尽きない中、授業が始まるといつもどおりに講義が始まる。ここ聖堂院では魔法の以外にも一般教養を学ぶ。


 それだけでなく料理、裁縫、医療も男女問わず教育される。それも朝から夕方までみっちりとである。


 したがって院が終わる頃には疲れてへとへとだ。日本の学校のように遊ぶ暇などない。疲れた頭を癒すように甘いものを口にしながら帰るのが日課となってしまった。


 それでもリリアは家に帰ると元気よく声をだす。


「ただいまーお母様」


「お帰り、着替えたらご飯よ」


「え? じゃあお父様は今日も遅いの?」


「そうよ、まだ当面忙しいって」


「大変だね。お父様」


 リリアは父の体調が心配になってきた。議員の父と自警団の義理兄が揃って忙しそうにしていることに彼女は不安を感じた。


「あーただいま」


 そこに帰ってきたのは次女のエステルだ。随分とホコリまみれのボロボロになっている。


「エステル姉様、どうしたの? ドゥニーさんとはどうだったのですか?」


「どうもこうもないわよ~大事な話があるからって言うから期待したのにぃ~」


 食堂の入り口でエステルは半泣き状態だ。また何か変に誤解して勝手に期待して玉砕したのだとリリア思った。


 だがそれにしては姉の服はホコリっぽくなって随分と汚れている。せっかくの大事な勝負服が台無しである。


 エステルはそのまま怒って自分達の部屋のある二階へと上がってゆく。


「姉様、もうすぐご飯だそうですよ」


 リリアはそう言いながら、自分も着替えに姉の後を追いかけた。エステルがなぜ怒っているのか、それが語られたのは夕飯時だった。母親から問い詰められてようやく喋った。


「ドゥニーのヤツ。大事な話があるっていうから、あたしはてっきり……」


 エステルは16歳、ドゥニーは20歳、どちらも結婚適齢期に入ったばかりだ。


 ドゥニーは20歳という若さでギルド総会の職員に入れた。将来は議員にのしあがることを夢見ている。父親も議員なので後押しはあったかも知れない。


 だがそれでも20歳そこそこで職員になれるものではない。だが彼はやってのけたのである。


 当然注目を浴びた。特に女子からは熱狂的に。だがそんな彼の心を射止めたはエステルだ。


 エステルの父親、つまりリリアの父親も同じ議員ではあるがドゥニーの父親より位は高くほぼ上議員に近い。


 上議員の席が空けば真っ先に座るのはリリアの父親と言われている。それもライバルの他の議員を大きく引き離してのことだ。


 そんな人の娘さんだからだと揶揄やゆもされた。だがドゥニーはまだ若く、そこまで陰湿な性格ではない。彼は本当にエステルを気に入ったのだ。


 互いに呼び捨てにするぐらいの仲なのだから、かなり進展していると周りからは誤解されているが、エステルはまだ彼とキスすらしていない。


 恋人になってもう半年もたつのに……


 エステルにしてみればそれがもどかしかった。


◇◇◇◇◇


 待ち合わせのオープンテラスの一角でエステルは彼がくるのをまっていた。


「エステル!」


「ドゥニー」


 愛しの彼の声に思わず喜んで名を呼んでしまう。


「こんなに早く来てくれるなんて感激だよ」


「う、うん」


 ドゥニーが座るよう促したので二人とも椅子にすわる。ウェイターがきたのでお茶を2つ頼んだ。


「そ、それで大事な話って何?」


 ムードもへったくれもないがエステルは期待して直球で聞いた。


「ああ、実は魔法図書館の職員の君に仕事を頼みたいんだ」


「え?」


 エステルはドゥニーの言葉に耳を疑い、眉をひそめた。『魔法図書館の職員の君』である、つまり私個人ではなく図書館の職員に用があったのだと。


 誰でも良かったのかと……

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