第128話 郷愁のプラプティ1
プラプティ……
それはピエスバルグ帝国首都より遠く離れ、ヤンタルの街の近くにある。しかし近くといっても沼を有する森や丘に
森に囲まれてマナの影響により緑豊かなこの土地にて数十万の人々が住んでいた。
「それじゃあ、いってきます。お母様」
ピンク髪の少女が玄関を扉を開けて、元気一杯の笑顔を家の奥に向けた。白いプラプティ聖堂院の見習い制服は朝日を浴びてより清楚感を放っている。
『はい。行ってらっしゃいリリア』
家の奥から手の離せない母親の声がする。
いつも変わらぬ光景。
毎日が同じ。いやホンの
玄関の外は広い庭になっており、母親の趣味で多くの種類の野菜が植えられていた。左側には赤、緑、黄色の色とりどりの野菜ができていて今朝の朝食にも使ったばかりだ。
右側にはまだ芽がでたばかりの野菜とハーブ、そして花が植えられている。まだまだこれからだ。どんな料理に使おうかと彼女は楽しみにしている。
「あら、リリア。いまから院なの?」
門をかねている花のアーチから聞き覚えのある声が聞こえた。腰まで伸びた長い金髪を朝日に輝かせて、アーチをくぐったのは近所に住んでいる長女のクラリスである。
いつもにこやかな少し垂れている目からは優しさを感じさせる。姉のその表情はどこかほっこりとした気持ちにさせてくれるので好きだ。
すでに結婚しており、自警団の班長を勤めてる義兄と暮らしており毎日が幸せ一杯である。そのせいか家にいた頃に比べて少しふくよかになったような気がする。
これはいわゆる幸せ太りというヤツではないかとリリアは思った。
クラリスは普段着の上に手ぶらでやってきている。どこに出かける様子もないことから、ふらりと来てまた自分の家に戻るつもりなのだろう。
「クラリス姉様、どうしたんですかこんなに朝早く? 義兄様は?」
姉は主婦なのだから主人である義兄の朝食準備をしている時間帯のはずである。
「あの人は朝早くから自警団にいったわ……一緒に早起きさせられるこっちの身にもなって欲しいわ」
「……ここ数日忙しいのですね」
リリアも最近は父が早い関係で早起きして院に通っているが、義理兄も姉の家の前を過ぎる頃にはすでに出勤しているようであった。
窓から姉が朝食の後片付けをしている姿がちょくちょく見られる。その姉がいまここにいるということは義兄はさらに早く出勤したのだ。
クラリスは庭の奥に置いてあるはずの馬車がないことを確認した。
「ところで馬車がないってことはお父様はもうギルドに出勤?」
「ええ、お父様も最近朝早いの。お母様はいつもどおりに起きるから、朝御飯も作ってくれないってボヤいてたわ。だから最近はわたしが早起きして作ってあげてるの」
「そ、そう……エステルはどうしているのかしら?」
次女のエステルは魔術図書館の職員である。職員の勤務体制はかなりずさんらしく、遅く出勤したり、早く退社したりなどかなり酷い。
最初の頃はちゃんと真面目にやっていたエステルも今ではすっかりこの
「エステル姉様はドゥニーさんが頼みたいことがあるらしくて、勝負服で朝早くからでかけられました」
「あはは……また早合点していなければいいのだけど……」
ドゥニーはエステルが狙っている男性だ。彼はギルド総会の職員で総務に勤務している。何でも屋みたいなことをしているので、あちこちの課に顔が利くらしい。
そのような彼のどこをどう気に入ったのか知らないが姉のほうから攻めている。婚期にはまだまだ余裕があるのだからもっと独身を楽しめばいいのにとリリアは思う。
「で、クラリス姉様はこんなに朝早くどうしたのですか?」
「んーちょっと相談したくて……そ、その、お母様に……」
クラリスは恥ずかしそうにお腹を撫でる仕草をすると、リリアはそれを見逃さなかった。急に嬉しさが込み上げてきて、自然に笑みを溢す。
「あ! もしかして……もしかしてなの?」
「え、まだ分からないわよ」
勘の良いリリアの反応に、姉は焦ってごまかそうとする。本当は自分でも期待しているのだけれども、いざとなると少し怖い。何しろ初めての経験なのだ。最も宿しているかも分からないが。
「ううん。きっとそうよ!」
「だから、まだ分かんないってば……」
そう、まだ分からない。リリアの喜びを落胆させたくないという気持ちがクラリスを
「触ってもいい?」
「いいけど、何も分かんないわよ?」
リリアはもう待ちきれないようだ。できていたとしてもそんな時期ではないのだから。
「ふーん…………」
「ど、どお?」
リリアはとても勘の良い娘だ。過去に何度か予言めいたことをいいだして当てたことがある。
「全然わからない」
「だからいったじゃない」
リリアは赤子が宿ったのかは分からなかったが、嬉しい気持ちには変わりはなく、笑顔で返事をかえした。クラリスはリリアの言葉に安心したかのような残念のような複雑な気分になる。
「いい? まだどうなるか分からないから誰にも言っちゃ駄目よ?」
「ええ、分かってます」
「お父様にもよ?」
「はい」
リリアはまるで祝福しているかのような愛くるしい笑顔で返事をした。
「じゃあ、そろそろ行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
今日はいつもと違う。何か新たな予感がする。そんな期待を胸にリリアはプラプティ大聖堂へと向かった。
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