第127話 刀夜の真意と試験

「んんッ。お見苦しい所を見せた。本来ならお主の一件を先にと思っておったが、彼女に興味が湧いたので先に試験をやろうかの……」


「あらダメよ、気持ちはわかるけど勝手に変えちゃダメよ」


 隣の老婆から勝手なことをしないよう止められる。彼女とてリリアには興味津々である。だが彼女はおいしいものは後に取っておくタイプであった。


「んんッ、仕方ないのう……」


 彼は諦めると手元にあった書状を手にして開いた。それは刀夜が持ってきたデュカルド氏の推薦状である。


「さて、では貴殿のほうから済ませよう。書状によれば当ギルドの図書館を利用したいとの事じゃが、推薦が『あの』オルマー氏からなので我々としては断れる術もない。じゃが何ゆえか教えてくれはしまいか?」


 刀夜は断れないのなら理由を聞かずさっさと許可証を渡せと思ったが彼らの顔を立てる必要もある。


 しかしギルド総会の最上位議員であるデュカルド・オルマー氏を『あの男』呼ばわりするとは魔術ギルドとオルマー氏の間には溝があるようだと刀夜は感じた。


 話すとして問題なのはどこまで話すかだ。図書館の利用目的は最終的にはカリウス・オルマーを議員に持ち上げるための作戦に必要な情報の収集にある。


 しかし先程の話、そこまで踏み込んだ話はできない。いらぬ邪魔を受けたくない。さらには自分達が元の世界へ戻るための情報収集であることも喋るわけにはいかない。


「図書館の利用目的は現在この街および周辺の街に近々迫りくる驚異に対して先手を打てるよう、その対策を立てるための情報収集を行うためだ」


 刀夜はあたかも街のため、世界の為かのように誇張こちょうした。だが、これはあながち嘘でもない。


「街への驚異じゃと……」


 審査員達は顔を見合わせて、なんの事かと目で訴えるが誰も知らないようで首を振ていった。


「それは何なのか?」


「悪いがそれ以上は言えない。この件については事が事だから口外しないよう言われている」


 これは刀夜の嘘である。口外しないようカリウスに頼んだのは刀夜のほうである。カリウスを議員に持ち上げるには他の者に先を越されるわけにはいかない。徹底的に秘密にことを進める必要があった。


 刀夜のもくろみ、それは『巨人兵の討伐』をカリウスの功績にすることである。


 かつて強大な力を誇った帝国を滅ぼしたほどの超兵器、巨人兵。その力はこの世界では最大の驚異であることは明白である。


 さらに刀夜は一度、この巨人兵に出会っている。その恐ろしさの一端は彼自身が知っている。知ってはいるが本当の部分は謎のままだ。ゆえに図書館の情報を必要とした。


「…………」


 審査員達もそう言われてしまえば、これ以上の追及はできそうになかった。何よりオルマー家の紹介状持ってきたことで聞く者にとって刀夜の言い分はらしさを増していた。


「わかった。貴殿の図書館の利用を許可する」


「ありがとうございます」


 刀夜は深々と頭をさげた。だが思ったとおり意味のない会話で時間を無駄にしたなと残念に思うのであった。


 巨人兵に関しては箝口令かんこうれいが敷かれている。知っているのは自警団と議員の一部のみである。


 とはいえ巨人兵の調査に出た兵士からは多少は漏れて酒のネタぐらいにはなっている。しかし現れた場所がピエスバルグから遠いので街では騒ぎにはなっていない。それよりも危険なのはヤンタルの街とプルシ村である。


 リリアの試験を楽しみにしていた審査員だが刀夜の重々しい話に気分が乗らなくなっていた。刀夜としてもこうなるであろうと予想していたので本当は後回しにして欲しかった。


 だが順番は審査員次第なので刀夜が口を挟めるものではない。この一件がリリアの試験に影響がないのを祈るばかりである。


 図書館の件は許可をもらったが審査員は何やら話し込んで一向に試験が始まらない。刀夜が再び口を挟もうかと思ったとき、ようやく試験が始まった。


◇◇◇◇◇


「遅くなったが、これより試験を開始する」


 リリアは背筋を伸ばして緊張感を走らせた。一度受かっているとはいえ試験となれば緊張はする。


「まずはフルネームを」


「リリア・ミルズです」


「年齢」


「14歳です」


「出身地は?」


「プラプティ」


「ご家族は?」


「父はヨムルド・ミルズ、母はフローネ・ミルズ、長女クラリス姉様、次女エステル姉様、わたしは三女です」


 リリアの両親や姉妹については刀夜も初めて知った。思い返せば刀夜は彼女の過去をあまりにも知らない。自分のことで手一杯であったこともあるが、これは良くないと反省する。


「どのような仕事をされていたのか?」


「はい、お父様はギルド総会の議員でした。お母様は主婦です」


 リリアは両親のことを聞かれて懐かしく感じた。そしてもう戻ってこない過去を思い出し始める。幸せだったあの頃を……


「信仰している神は?」


「火床を司る処女神ベェスタ様です」


 審査員は次々と質問を投げかける。リリアはちゃんと答えてはいるが徐々に上の空となってゆく。彼女は懐かしいあの頃へと心を落としていた。


「では魔力測定を行う。リリア・ミルズ、前へ……」


「はい……」


 リリアは返事をしながらも心ここにあらずといった感じがした。刀夜は大丈夫なのだろうかと心配になる。


 老人の審査員がテーブルの上にあった布を取ると大きな水晶玉が現れる。占いなどでよく見るものと同じように見えるが大きさはボーリングの玉を一回り小さくしたほどの大きなものだ。


 だがその水晶の中には幾何学模様のような、もしくは文字のようなものが電球のニクロム線のように入っている。それがいくおりにも重なっていて複雑な模様を産み出していた。


 リリアはその水晶の上に手を添える。すると中の模様が青白く光りだした。刀夜の方向からは見えないが水晶にはリリアの魔力係数が表示されている。


「おおお……」


 審査員から驚きの声があがる。三人は目を丸くして水晶玉を覗きこんでいた。


「こ、これはすばらしい。経絡けいらくのキャパシティは賢者並みではないか……」


「さすが、プラプティ出身だけのことはあるわね」


 審査員達がリリアの才能に、先程のまでの暗い雰囲気を忘れるほどの驚きを示した。


 プラプティは街全体がマナスポットである。そしてリリアはその中心地の近くに家を構えていた。


 昔から家の近くにある街のシンボルでありマナスポットそのものであるエルダ樹を小さいときから遊び場としていた。そのため彼女はより濃いマナを年中浴びていることになる。

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