第126話 リリアの出身地

「ふー。やっと行ったか」


 ナタリーは事務服の袖で額を拭い、うつむいて大きく息を吐き出した。老女がいなくなって彼女の緊張は解けたようである。


 ただ客を前に解けすぎて緩み過ぎのようにも見える。


「試験の時間は何時からですか?」


「それなら10時からですね。試験はいつもその時間から始めるのですよ~。早く呼び出しておきながら何だと思われるかも知れませんが試験の内容は外部に漏れないように当日の朝に決めるしきたりでして。なんでも昔は試験用紙の盗難だとか漏洩問題が――」


 彼女は再びマシンガントークを始めた。魔術師ギルドにいながらも学習というものを彼女は知らない。


 刀夜は彼女の言葉を聞き流しながら広間の時計を見る。その時計は周りのアンティークな家具にマッチしたデザインで、ぶら下がっている重りが左右にリズムよく動いている。


 いわゆる振り子時計というヤツだ。この時計も地球と同じ12時間制で今は9時である。


 刀夜はこの12時間制の時計をみるたびに、ここが異世界であるという信念が崩れそうになる。言語についても同様なのだが生活に直結しているのでこちらは慣れてしまった。


「ナタリーさん。あなたは大図書館を見たことがありますか?」


 刀夜は彼女のトークをさえぎって尋ねた。暇だから口の軽そうな彼女から図書館の情報を聞き出そうというのだ。


「え? えぇ、ありますよ。しょっちゅう出入りしています。今日も朝早くから新刊の――」


「ここにはどのくらいの書籍があるのですか?」


「え? ええっとぉ……」


「ご存知ないのですか?」


「えぇ、ちょっと……お答えしかねます」


 刀夜は残念に思う。老女が心配していたとおり彼女は役に立ちそうになかった。


「あーでもでも。それは理由がありましてぇぇぇ」


「理由?」


「えっと、閲覧の了承が得られる前なのでどこまで話して良いやら……あーでもでも見てもらえれば私が答えられない理由も分かってもらえると思いますぅー」


 彼女は慌てふためきながらも自身の正当性を主張してきた。刀夜はそんな彼女の言い分に嫌な予感がしてならない。


「では別の質問を。その図書館で探したいものがあるとき、どうやって探すのですか?」


「努力と根性です」


「は?」


「で、ですから努力と根性です……」


 刀夜はからかわれているのだろうかと本気で思い始めた。だが、まさかのまさかかも知れないという予感もする。願わくは前者であってくれと思う。


「えっと……口でいうのも説明が難しいので、それも実際に見てもらったほうが早いかと……」


 聞けば聞くほど幻滅しそうな内容に刀夜は聞くのを止めた。刀夜の最初のイメージは整理整頓された美しい図書館であったが、どうやら現実はカオス空間らしい。


 目的の書物を探すのに一体どれほどかかるのだろうかと不安に刈られた。


「じゃあ、施設の案内だけお願いします」


 魔術師ギルドは広い。どうせ入り浸りになるのだから案内がいるうちに知っておこうと考えた。彼女のマシンガントークを聞き流しながら施設を案内される。


 魔術ギルドはV字型の三階建ての建物だ。V字の先端が正面玄関、刀夜達が入ってきた所だ。


 右奥が魔術師達の研究棟となっており、ほぼ隔離された別の建物となっている。


 左の長い廊下を抜けた奥には円筒の建物へと繋がっている。ここが魔術大図書館だ。刀夜の目的の場所である。


 本館には受付や購買所、食堂、会議、事務所が存在する。


 V字の中央には広場があり、ここで魔法の実演が行われる。緩やかなすり鉢状になっており、周囲には建物を守るように頑丈そうな壁が立っている。魔法が失敗したときの用心であった。


 三階を案内されて元いた吹き抜けのエントランスに出ると、時計はもうすぐ10時だ。


「ナタリーさん。そろそろ10時ですから試験会場へ」


「えぇ! もうそんな時間!」


 彼女は完全に時間を忘れていた。恐らく普段からこうなのだろうと思うと、あの老女の苦労も分からないでもないと刀夜は同情する。


 一階に図書館へと続く廊下へと戻ってくる。その廊下にある両開きのドアの前でナタリーが扉を叩く。「どうぞ」の言葉と同時に扉を開き、「頑張って下さい」と彼女はエールを送った。


 試験会場の中は薄暗くて何やら紺色の布で部屋全体を覆っている。中央に椅子が2つ置いてある。そしてさらに奥に大きいテーブルには審査委員が三人座っている。


 老人の男一人と老女が二人、どれも初めて見る顔だ。最初に出会った老女のように豪華なローブを着ており、いかにも権威けんいがありそうである。


 皆共通してこのギルドの登録者である証の紋章の入った首飾りをしている。あれを手に入れるのが目的である。


 本来の審査は一人づつであるが刀夜はギルドメンバーになるわけではない。大図書館の利用承諾を得るための面接だけなので試験は関係ない。


 後学のためと見学を所望しょもうしたのである。試験中は一切声をかけないことを条件に許可されている。


 しかし、刀夜とリリアが会場に入るといきなり手順が狂わされた。聞かされている内容では刀夜が先でリリアが後と聞いていた。


「お、お主はなぜ聖堂院の見習い服を着ているのか?」


 それはリリアのことである。彼女は奴隷商人からもらったコスプレ服を着ていた。無論もらったときのままではない。


 さすがにあれを着ては破廉恥極まりないと怒られるのがおちだ。刀夜は舞衣に頼んでリリアの記憶を元に本来の聖堂院見習いの服にできるだけ似せて直したのだ。


 本来なら神聖なものなのでコスプレなど言語道断ではあるが。ちなみに刀夜の服も奴隷商人からもらった狩人の服だがこちらも手直しして少し普通にしてある。


 審査員が驚いたのは聖堂院の服は一般には売っておらず、聖堂院に入った者にしか着ることができないからだ。


 聖堂院は魔術ギルドの管轄の施設なので、ここにいる魔術師および見習いは魔術ギルドの会員である。したがってリリアはすでに魔術ギルドに登録済みということになり、なぜ二度も受けるのかということになる。


 彼女が着ているのは模造品ではあるが、聖堂院出身であるのは本当である。だがその身の証を立てる院のペンダントを彼女は紛失している。


 会員証であるペンダントは再発行可能であるが彼女の所属ギルドはもう存在しないのだ。


「それは……わたしがプラプティの出身だからです」


「!!」


 審査員にどよめきが起こる。彼らはプラプティという街がどうなったのか知っているのだ。


「プ、プラプティ!? 生き残りがいたのか!」


 プラプティ――それはかつて緑豊かだった街の名前。今は人も寄り付かない。モンスターが徘徊する廃墟。


「プラプティの住民は生き絶えていません。数十名が生き残ってバラバラとなりましたが、私がこうして生きている以上、他のかたもきっと生きています」


 リリアは凛とした表情で言いきった。バラバラとなった他の人々はどうなったかは知らない。しかし、必ず生きているとリリアは信じたかった。


「プラプティ……懐かしいわ……緑と水の豊かな街だった。住んでいる人々もとても優しかったわ……」


 審査員の一人が懐かしそうに思いにせた。


「そういえば貴殿は行ったことがあるのだったな」


「ええ、もう40年以上も前のことだったけれども。あの頃、わたしは賢者になりたかったのよ。知ってる? プラプティにはマナスポットがあったのよ?」


「ほ、本当なのか?」


「ええ、だからプラプティには魔法の使い手が多かったのよ……」


「くぅぅ、それが事実ならワシも行きたかった!」


 審査員の爺さんが悔しそうにする。しかし先程から審査員ばかり盛り上がって一向に先に進まない……


 口を出してはいけない決まりだったが、さすがに呆れた刀夜が口を開いた。


「そろそろ初めませんか」


「!」


 我に帰った審査員達は咳払いをすると各々の席に戻る。

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