第124話 終焉リセボ村

 宴会が盛大に盛り上がってきた頃、アラド・ウォルスの本隊が到着する。


 彼は戦いが終わったとの報告を受けて馬の歩みを緩めたため到着が遅くなっていた。到着早々、兵の案内により診療所へと足を運ぶ。


 カイラ達より再び合成獣の説明を受けて頭の柔軟な彼でもことの次第には驚かされた。


「教団にこのような力が……」


 信じがたい話であった。これでは賢者すら超えた者が存在するかのようである。


 賢者は帝国文明を研究するのが主である。しかし魔法文明の発展と共に栄えた文明なので必然と魔法の知識を多く必要とする。


 魔法といっても色々なものが存在するが最もポピュラーなのは自然現象を利用した生活魔法と人の治癒能力を高める医療系魔法である。


 どちらも共通するのは元々存在する現象を利用して強化しているところである。ゆえに魔法としてはとても扱いやすい部類になる。


 対して賢者が扱う魔法は自然の理を逸脱するようなレベルの魔法を扱う。マウロウの転移魔法などがそうで魔法理論も制御方法も桁外れに難解な代物だ。


 モンスターの能力を奪って制御する合成獣を創るのも非常に難しい。大半は拒絶反応により即死することになる。


 ましてや人間を合成するなど狂気の沙汰だ。拒絶反応を克服できたとしても人には耐えられず発狂するだろう。なのにこの合成獣は成功したのだ。


 世界にとってこれは驚異的なことである。


 この世界にはマウロウやアリスを含め知られている賢者は8人しかいない。


 古代文明の魔法のすべてを一人の人間が解明、習得するのは不可能である。したがって賢者はそれぞれ得意分野を見つけて専門化する。そして8人の中に合成獣を扱えるような賢者はいない。


 であれば人知れず9人目が誕生した可能性がある。それも悪い方向へと。


 もしこの合成獣が巨人兵を操るようになったら……そう考えるとアラドはことの大きさに背筋が凍りそうであった。


「この情報を持ち帰って議会に提出、緊急会議を開いてもらわなければならんな」


「…………」


 カイラ、レイラ、マスカー達はアラドの説明により自分達の想像以上に深刻な内容なのだと理解した。


「この件は外部に漏らさないよう頼む」


 現在近くに巨人兵が出没しているのを確認したばかりである。アラドは早急に巨人兵の討伐を検討しなくてはならなくなった。


 だが一体どうやったらあのような化け物を倒せるというのか……近隣の街の自警団をかき集めても倒せるかどうか、被害はとてつもなく大きなものとなるだろう。下手をすれば帝国の二の舞になりかねない。


 その夜、彼らは議会への報告のため夜通しで合成獣を解剖、調査することとなった。


◇◇◇◇◇


 次の日の朝、龍児達は出発の準備を行っていた。昨日あのような事件があったというのに訓練を続行するのだという。


「ううー。頭いたい……気持ち悪い……」


 葵が青い顔で気分が悪そうにしていた。ちょっと作業しては手を止めて動いたかと思えばまた止まる。


「いま、馬なんか乗ったら死ぬぅ~確実にしぬぅ~」


「調子こいてっからだ」


 颯太にまで呆れられる。


「なんなのょぉこれ……あたし変なもの食べた?」


「どう見ても二日酔いだろ!」


「……あたし飲んでないよぉ……」


「だから、食い物に入っていたんだろ?」


「あと、なんかほっぺた痛いんだけどぉ……どおして……?」


「聞いてねぇし。それは俺に聞くなよ!」


「ゆーみー、なんで?」


 葵は由美に聞いてみたが由美は「ふんッ」と怒ってそっぽを向いて出立の準備を黙々と進める。


「ええー!? なんで由美怒ってるの?」


 葵は慌てる。自警団で唯一の女子友に嫌われるのは辛い。しかも由美にシカトされるほど怒られる理由が分からない。葵は颯太に涙目で教えてくれと訴えた。


「ヒントその1、お前は今二日酔いである」


「わかんない」


「ヒントその2、お前は昨日の記憶がない」


「もうひと声」


「ヒントその3、酒を与えるな危険!」


「サンポールか!」


「ヒントその4、巨乳コンプレックス」


「それあたし?」


「お前以外いるか!! お前は昨夜由美の乳をも――」


 突如飛んできたスキレットに頭をぶつけて颯太の口は封じられた。しかしながら葵は自分が由美に何かしでかしたことはわかった。恐らくおちちがらみで……


「ゆーみー……覚えていないけど、ごめんよぉ~」


 葵は半泣きで由美に抱きついた。そんな葵に由美はさすがにそろそろ可愛そうかと思い、彼女の頭にそっと手を置いて許した。


「もう、次からは気をつけるのよ……」


 だが葵から返事がない。


「……? 葵?」


 由美は返事をしない彼女にやり過ぎたかと急に心配になった。




 ゲロゲロゲロゲローーーーーーッ!




 リセボ村に爽やかな風か吹くなか、絶叫と共に乾いた音が鳴り響いた。葵の頬は両方とも赤く腫れ上がっている。


「さっさと行列に並んでこいよ。もう出てしまうぞ」


 龍児は指を指してマスカーの治療をすすめた。マスカーの前には二日酔いの行列ができていた。


◇◇◇◇◇


 龍児達訓練生は一人も欠けることなくリセボ村を後にする。この後、順調にリプノ村を経由してピエスバルグへと彼らは帰還する。本来の予定の1日遅れであった。


 しかし、この事件はアラドが懸念したように後にこの世界を巻き込んだ大きな事件へと変貌してゆくことを、まだ彼らは知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る