第123話 主役を奪われた男

 龍児は広場に置かれた長いベンチに腰を落とし焚き火越しに由美を見ていた。


 彼は顔にこそ出さなかったがややふて腐れている。完全に主役を由美に奪われたからだ。決めるところをしっかりと決めたはずなのにと悔しがる。


 最初はちやほやされ、人も集まっていたが直ぐに由美に人を奪われた。俺はどう転んでも三流なのかと落ち込む。


 コロコロと表情を変えて百面相のようになっている龍児の元にリセボ村の自警団の若い衆と同期の男、そして熟練らしい年配者が一人やってきた。


「あのぉ~隣座ってもいいですか?」


 まるで飲み屋にナンパにきたかのようなセリフで声をかけてきたのは童顔の少年兵だ。


 髪は金髪で長い髪の毛をポニーテールにしている。戦いに生き延びたことに安堵したのか薄い肩紐シャツ一枚、下は足の付け根が見えそうなほど短いホットパンツで無防備をさらし、気が緩んでいるように見える。


 露になっている白く透き通るような肌の手足はとても華奢で、こんなので剣が振れるのかと心配になる。小顔で顔のパーツは小さめだが目だけはパチクリと大きい。


 見た目が童顔で年下なのだが彼はすでに正規兵なので龍児からすれば先輩にあたる。正規兵といっても彼は実践経験は今回が始めてで、龍児のようなハデな戦いに憧れを抱くと是非とも話がしてみたかった。


 これが女の子からの声ならば龍児は有頂天となっていただろう。


「……どうぞ」


 龍児はなんとも覇気の無い声で返事する。だがそんな彼を他所に彼らは楽しそうに座った。


「あのぉ~それ見せてもらってもいいですか?」


 唐突な注文である。まずは挨拶なり名乗るなりするのがマナーであろうと龍児は自分を棚上げしつつも思った。


「……いいぜ」


 龍児は横に置いていたバスターソードを彼に渡した。ズシリと重いその剣は彼の予想を上回ったのか、落としそうになりながらも細い腕でしっかりと握った。


「うわぁ~すっごくッ重~い。こんなの振り回せるなんてすっごいですねぇ~」


 少年は万勉の笑みで上目使いに龍児を見た。アニメ声特有の甘い声で癖なのかねっとりとした喋り方をしてくる。


 この少年が女装をしたら絶対男に見えないだろうと想像してしまう。龍児は段々と胸がモヤモヤとしてきて、なにやら変な気分になってきた。


 だが隣に座っているのは男である。なのに喋り方や声、仕草も女の子より女の子らしい!


 正確にいうと男の理想に近い女の子だ。


 コイツは危険だ! 触れてはならない危険物だ!


 龍児は本能で危険を感知する。


 龍児は『自分にそんな趣味はないと』言い聞かせながら腰をずらして少年と距離をおいた。


 少年は青ざめている龍児にクスリと笑った。龍児に腰を寄せて顔を近づけてくる。彼は恥ずかしげもなく真っ直ぐ龍児の顔をを見てくる。


「こんなのどうやって振り回せるのですか?」


「ん? ああ、それは足腰と重心が大事なんだ――」


 少年の率直な質問に龍児はついつい答えつつ距離をあける。


「どんな風に腰を使うのですかぁ~」


 ベンチに腰をかけたまま剣を振るう真似で腰をくねらせると再び龍児にぴったりと密着してくる。意図的ではない、彼は天然だった。まったく自覚がなかった。


 ゆえに恐ろしい……龍児はさらに青くなって離れた。


「ねぇ~ねぇ~教えて下さいよぉ~」


 龍児と話ができるのが嬉しいのか、少年はまるで後光を輝かせているかのような無垢な笑顔で寄り添ってくる。


 龍児は顔面蒼白となりさらに離れた。が……お尻半分接地感覚がない。それに気がついたとき、ベンチはすでにウィリーを決めていた。


 ベンチに跳ね上げらてしまった少年は宙に浮き、ずっこけた龍児の上へと落ちる。


「いてて……」


「いっ、たぁ~ぃ」


 龍児にのし掛かった少年は起き上がろうとした。


「龍児さん。ごめんなさぁぃ」


 龍児の上で四つんばいとなった少年の肩ヒモシャツがはだけて、彼のピンク色の胸が見えた。


「ンノオオオオオオオォォォォーーーーッ!!」


 宴の闇夜に英雄の雄叫びが響く……


◇◇◇◇◇


 龍児のバスターソードは通常の同型剣より長い。


 この世界での普通のバスターソードは全長150センチ前後、身幅10センチほどである。対して龍児のは全長180センチ、身幅14センチ、重量は3キロを優に越えていた。


 槍使いも青くなりそうな代物である。珍しい龍児のバスターソードは皆で回し見されていた。


「そう言えば、ピエスバルグにはもう一人バスターソード使いがいたな……」


「へぇ~」


 年配の自警団のオッサンが思い出したかのように話に加わってきた。少年とは反対のベンチに座り直した龍児は自分以外にも使い手がいるのかと意外に思った。


 何しろバスターソードは扱いにくい。とにかく扱いにくい。使える場面が限定されるからだ。


 今回のように広い場所でないと十分に威力が発揮できない。狭い場所では一切使えないといっても過言ではない。


「あれ? でも俺はよく自警団に遊びに行ってましたけど、そんな人を見たことありませんよ」


 龍児と同期のクルーガも会話に入ってきた。自警団団員でも無いのに入り浸ったなど、どれだけ自警団好きなのかと突っ込みを入れたい所である。


「いやいや、いるはずだ。俺が以前に派遣されたときに一緒に戦ったことがある。確か1警にいたはずだ」


 オッサンの言葉にクルーガは思い出せないと言った感じであった。


「使っていたのはコレほど長くはない普通のだ。体格は龍児と同じくらいで……そう右目に大きな傷がある人だ」


 その人相にクルーガはピンと来た。


「もしかしてブランさん? 大きな声で『ガハハハ』と笑う人……」


「そうそう、名前は知らんがそんな笑い方をしておった」


「ブランさんなら今は4警ですよ。でも普通の剣を使ってますよ」


「なんと、バスターソードは止めたのか……まあ、もう年が年だしな……」


 オッサンは共に戦場にたったときの事を思い出して懐かしんでいる。


 ブラン・ブラウンは刀夜をつけ回していた男である。彼は確かに元1警で外回りの任務についていた。


 しかしある事件が切っ掛けで内務主体の4警への転属志願する。4警は3警同様、警察のような存在である。狭い室内での戦いが多いので通常のソードに変更したのだ。


「へぇ~元バスターソード使いか。是非一手ご教授願いたいな」


 龍児はバスターソードを手にして以来、貪欲に剣技の習得を行うようになった。


 しかし、バスターソードの使い手はいなかったので自分で思考錯誤するしかなく、逆にそれが龍児を熱中させた。


 しかし、自身でやれることには限度がある。思わぬことに目から鱗が落ちることがある。そのためには他人の意見が最も参考になっていた。


 ましてや同じバスターソードの使い手ともなればどれだけ参考になるやら……


「……ブラン・ブラウンか」


 龍児が珍しく一発で名前を覚えた。彼はこの訓練が終わったら是非会ってみたいと思うのだった。

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