第117話 壁上の攻防2

「近接戦闘よーい!!」


 カイラの雄叫びのような命令が戦場に響く。次々と残りのドレンチの梯子はしごが倒れてくる。


 颯太と葵との間にも梯子はしごが降りると梯子はしごの先端に取り付けてあるフックが防壁に食い込む。


 同時に落とし損ねたリビットが我先にと一斉に梯子はしごを駆け上がってきた。


 防壁の兵士達は緊迫した赴きで剣を抜く。白兵戦だ!


 防壁の上では剣とダガーが舞い、瞬く間に大乱戦と化する。


「弓兵を守れ!!」


「やつらを中に入れるな!!」


 所々で上官の命令がとぶ。


 由美を初めロングボウを構えている兵士達は近接戦闘には加わらず、梯子はしごを駆け上がってくる敵を減らしにかかる。


 その他の兵士は近接戦闘で防衛にまわるが防壁は狭く、気をつけないと味方の兵に当たりそうになる。だがそれでも剣が斧が棍が振りかざされると、血しぶきが舞った。


 防壁の床は血と遺体でみるみる足場が無くなってゆく。


「うおッ!」


 自警団の兵士が血で足を滑らした。チャンスとばかりにリビットが彼を襲う。


「ふん!!」


 モーニングスターの鉄球がリビットの頭蓋を粉砕してモンスターは壁外へと落ちてゆく。壁下はリビットの遺体で埋め尽くされており、落ちた奴もその仲間入りとなってしまった。


 リビットは梯子はしごだけでなく防壁を器用に登ってきていた。そこに熱湯を浴びせられて断末魔をあげながら落ちてゆく。


 だが徐々にその方法も手が回らなくなると、ついにリビットは防壁を突破する。


「くそう、これはまずいネェ」


 振り下ろされたモーニングスターの鉄球がリビットを頭を潰すと床にペチャンコになってしまう。


 カルラは無念に思っていた。明らかに防壁上での戦闘訓練不足が目についた。


 現状しのいではいるが、下にいるリビット達が上がってきたら形成は逆転される。そしてそれは時間の問題であると。


 リセボ村の自警団が苦戦している中、訓練生も苦戦していた。リビットはすばやいが強いわけではない。だが倒しても倒してもキリがない。


 葵は持ち前のスピードを生かして、リビットより早く動く。振りかざされた剣をかわし、小太刀を振るうとリビットの腕が宙にとんだ。


「当たる瞬間に引く! 当たる瞬間に引く!」


 葵は呪文のように晴樹から教わった日本刀の使い方を口にしていた。刀夜の研いだ小太刀は恐ろしく斬れる。だがその鋭さを最大限に発揮するのは使い手の技量なのだ。


 葵は小太刀で実際に生き物を斬るのは初めてである。訓練場では対人戦には木刀を、小太刀を使うときは麦藁むぎわら人形であった。


 したがって生き物を斬るのは包丁で肉を切るイメージを持っていた。だが刀夜の作った小太刀はまるで豆腐を切っているような感覚になるときがある。


 彼女はそれを怖いと思いつつも、簡単に敵を倒せることに優越感を覚えた。私は強いと。


 だがその油断は彼女へのしっぺ返しとなる。


 襲いかかってきたリビットの片腕を切り裂いた。


 葵は勝利を確信するがリビットは反対の手で剣を振りかざしてきた。彼女は驚いて思わず横へとのけ反ってしまう。


「しまった! 由美!!」


 リビットの目的は葵ではなかった。葵の横をすり抜けて由美を襲おうとする。由美は咄嗟とっさに左手の予備の矢を右手に持ち替えた。


 直後に葵の顔の真横から何かが飛んできてリビットの背中に刺さると動きが一瞬止まる。由美はそのチャンスを逃さず右手に持った矢を敵に突き立てた。


 矢が敵の目に刺さり、そのまま脳にまで達すると由美はリビットを蹴り飛ばして矢を引き抜いた。


 倒れたリビットの背中には颯太の投げナイフが刺さっており、それを見た葵は青ざめる。


「ちょっと颯太! 危ないじゃないの! あたしや由美に当たったらどうする気?」


 葵が颯太に怒鳴りつけると、彼はリビットとと対峙しながら「すまねぇ」と一言だけ謝った。


 彼女は颯太の投げナイフをまだ信用していない。まったく本気で謝っていないだろうと葵が突っ込みをいれようとする。だが……


 颯太はリビットと対峙しているのだ。彼はいつ投げナイフを投げたのだろう? それどころかリビットがすり抜けるのをいつ見ていたのだろうかと疑問が沸いた。


 右利きのはずの颯太は左手でショートソードを逆手に構えている。リビットのすばやさに対抗するため彼は防御に徹していた。


 彼はリビットの攻撃を剣でかわすと右手でショルダーベルトから投げナイフを抜いて投げようとする。


 リビットは咄嗟に防御の構えを取るが颯太がナイフを投げた先は熱湯を運んでいた兵士を襲おうとしたリビットに投げていた。


 思わぬ方向からの攻撃に避けることもできず、ナイフを食らうと壁下へと落ちてゆく。


 葵はなんと器用なヤツと呆れた。周りに気を使っている暇があったらさっさと目の前の敵を倒せばいいのにと。だが颯太は真正面から戦うのは苦手で、主に敵の虚を突くのが得意であった。


 由美はため息を漏らして弓を構えると颯太が対峙していたリビットを射ぬいた。


「サンキュー、由美」


 颯太が笑顔を返すが、由美としてはただのお返しのつもりである。


 そこに謎の坪を背負った村人がやってくる。手には燃える松明、腰に大量の武器を抱えていた。


「ふーう。武器の補充に来たぜ!」


 手持ちの矢と投げナイフの残り数が怪しくなっていた由美と颯太が安堵する。村人は松明と武器を床に置くと、背中に背負っていた坪も置いた。人がすっぽり入れてしまうほどの大きな坪である。


「ちょっと手伝ってくれ」


「どうするんだ?」


「へへ、こいつをヤツらにぶっかけてやるんだ」


 それがなんなのかは分からないが颯太は彼を手伝って坪を持ち上げる。


「重!!」


「いくぜえぇ!!」


「そーれ!」


 投げつけた坪は梯子はしごに当たると中身の液体を撒き散らしながら転がってゆく。

 そしてドレンチの足元に豪快に当たると坪が割れた。


「う、こ、この臭いはまさか……」


「へへ、せーかい」


 村人は楽しそうに手にした燃えている松明を投げ捨てた。


 一気に炎が燃え上がる。


 下にいたモンスター達は炎に焼かれて阿鼻叫喚あびきょうかんとなる。あの頑丈なドレンチですら全身炎に包まれて右往左往うおうさおうした。


 他のモンスターも丸焦げだ。


 颯太達のいるエリアはこうして比較的に戦いはましなほうだ。だが自警団の本体が守っている門周辺と左翼は酷い状況にあった。


 リビットが次々と上がってきてる為に武器の補充やら、先程のオイルを使った戦法が使えないでいた。


 リビット達は壁で戦っている自警団を無視して壁を降りてゆく。無論むろん彼らの狙いは門である。


「くそう、突破されたかッ!」

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