第116話 壁上の攻防1
敵のモンスター軍団はゆっくりと進行を開始した。だが連中はバリスタの届かない位置で進軍を停止してしまい、双方のにらみ合いが続いた。そして気がつけばもう正午である。
「畜生、焦らしやがる」
だれかが悪態をついた。朝早くから現れたモンスターへの対応でろくに飯を食べていなかったため、空腹でイライラが募る。そこへ町の女性達が非常用の戦闘食を持ってきた。
「おお、助かるぜ」
だが兵士達がその食事に手を出そうとしたとき、怒号のような雄叫びがあがった。一斉にモンスターが進撃を開始したのである。
「連中、我々が飢えるのを待っていましたな……」
ゴーン教官が非常用の麦飯を頬張りながら忌々しそうにモンスター達を睨み付けた。
「敵の中に我々の習慣を熟知しているヤツがいる。おそらくあの触手のモンスター……」
カイラは非常食を頬張りながらそう断言した。彼女が覗いている望遠鏡の先には謎の触手モンスター。距離が縮まったことでその姿がハッキリと見えていた。
そのモンスターの顔の部分には鳥の面のような被せものを施しており、首元には青白い人の顔があった。あまりの異様な姿に飯を頬張っていた教官の口が止まる。その姿に吐きそうな気分に襲われたのであった。
「バリスタ射撃よおおおおおい!!」
カイラ団長の号令が発せられる。人よりも大きな超弩級の弓を四人がかりで目標に合わせる。
セットされている矢も人よりも大きい鋼鉄製だ。ドレンチの固い表皮でもいとも簡単に撃ち抜くことができる。
「てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
カイラの命令で一斉に3本の鋼鉄の矢が放たれる。引き付けた甲斐があり、全弾命中して3体のドレンチが倒れた。
だがバリスタは装填に時間かかるため次弾は間に合わない。さらに壁に取りつかれれば角度の都合上、狙うこともできない。
「続いて弓矢、射撃よおおおおおおい!!」
由美、颯太、葵、そして多くの自警団団員が弓やクロスボウを構える。
「弓矢、てぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
モンスターが十分に間合いに入ると射撃の合図が発せられた。斜め45度に向けて矢が放たれる。放物線を描いて矢の雨がモンスターの頭上から降り注がれた。
固い表皮をもつドレンチはものともしない。DWウルフは矢を受けてもスピードを落とさない。だが矢を受けたリビットはその場で倒れる。
ゴブリンのような姿容をもつリビットはあまり弓矢に強くはない。だが彼らは頭は悪くなく姑息なことには長けている。
リビット達はドレンチの影に隠れ、DWウルフの腹にしがみつき、矢の対策を施した。そのため第2射目は思いのほど効果は出なかった。
◇◇◇◇◇
「ついに始まったか!」
防壁の歓声に龍児は気合いを入れるのであった。
DWウルフが防壁の近くまで来るとリビット達は降りてクロスボウを構える。
リビットは頭が良く人のような社会を構成する。しかし物を作ることに関しては原始的なものぐらしかできず、クロスボウなどは使いたを知っているが作るのは無理である。
なのに大量に所持しており、不可解であり謎とされていた。一説には滅ぼされた街から奪われたとか兵器工場があるなどと言われている。
リビットは防壁の隙間からクロスボウで矢を放っている兵士に狙いをつけると矢を放った。兵士は
クロスボウを使用しているものは防壁を盾にして戦う。一方、由美のようにロングボウを使用しているものはしゃがむことができないので木のタワーシールドを2枚挟んで、その隙間から矢を放っていた。
そのお陰で由美は落ち着いて狙いを定めることができていた。彼女は集中力を高めてすばやく矢を放つ。
その矢はクロスボウを構えているリビットはもとより、時折DWウルフに隠れている者も倒すなど神がかりてきな技を見せた。
連射に秀でている由美は他人の4倍の矢筒を腰にぶら下げている。由美の右手がすばやく矢筒から4本の矢を各指の間に挟んで取り出した。左手には弓専門の教官から教わったとおり、予備の矢を一本を挟んで弓を持つ。
矢を放つとスタビライザーが玄の反動を押さえてくれるので、正確に矢が飛んでゆく。さらに即座に次の矢をセットすることもできる。次々と矢が放たれて彼女の矢がみるみる減っていった。
「すっげ……」
颯太が思わず見とれてしまう。矢を撃つ技術もさることながら、由美は動きを止めている敵を中心に無駄なく的確に狙ったいた。
「颯太! 休んでる暇ないよ!」
「おおっと、そうだった」
葵に注意されて我に帰った颯太は次の矢を装填する。再び撃とうと壁から覗いて彼はギョっとした。梯子を持ったドレンチが近くまできていたのである。
目の前をユラユラと揺れいた梯子にリビットが油虫のようにくっついている。そして最上位にいたリビットのクロスボウが颯太に向けられた。
「うわわわわッ!」
慌てて放った颯太の矢がそのリビットに当たると、彼に向けられていた矢は空高くあらぬ方向へと飛んでゆく。
「君! どきたまえ!」
颯太の元に駆けつけた自警団の男は手にしていた桶の熱湯を梯子のリビットへぶちまけた。
熱湯を浴びせられたリビット達は悲鳴を上げて梯子から落ちてゆく。火傷を負ったうえに8メートルの高さから落ちてはひとたまりもないだろう。
熱湯は門前の広場で沸かされて、滑車つきロープにて防壁へと運ばれいた。その熱湯を梯子に群がっているリビットや防壁を登ってくる者に浴びせた。
しかし、硬い表皮を持つドレンチに熱湯はあまり効かない。そしてとうとう梯子が防壁に掛けられた。
先端のフックが防壁のレンガに食い込む。軽業で次々とリビットが梯子をかけ上がってくる。それを落とそうと熱湯をかけるが正直なところ間に合わない。
「うわぁ~こーゆーの映画で見たことあるなぁ~」
「ああ。知ってる知ってるあの映画だろ」
葵と颯太が同時に防壁から顔を出して矢を放つと、即座に隠れて再び矢を装填する。
「あんた、門前に飛び込んで中央突破しなさいよ。英雄の座を譲ってあげるわよ」
「冗談じゃねーぜ。んなアホなこと誰が――」
二人は再び防壁から顔を出して矢を放つ。
「――できるかってんだ」
「……あいつならやりそうだけど」
「いや、いくら龍児でもそれは無理だろ……やりそうだけど」
噂をされて龍児はくしゃみをする。
「さて、もう弓は限界かな……」
「だな……」
二人は再度、防壁から顔を出して最後の矢を放った。
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