第113話 遠征訓練

 そんなこんなで彼らの訓練は最終局面に向かっていた。8名いた訓練生のうち1名が脱落し、今は7名である。ペアで行う訓練にやや不自由をきたしていた。


 今日も朝から龍児達は運動場に並ばされている。ただいつもと異なるのは彼らの装備はフル装備で横に馬を連れている。


「よいかーッ!! 今日からキサマらには長距離乗馬訓練を受けてもらう!」


 禿げ頭の教官が朝っぱらからテンション高く怒鳴り散らしながら説明をしてくれる。


「目標は南東にあるリセボ村。そこから西にあるリプノ村。そしてここに戻ることである。それぞれの距離は馬で約1日だ。ちゃんと馬の体力を考慮しないと日が暮れてしまうぞ! 準備はいいかッ!!」


 七人が一切に返事を返すと教官の号令が下る。


「騎乗!」


 皆がそれぞれの馬に股がる。彼らはこの日の為に二週間前から相棒となる馬の世話をしていた。


 この訓練後もこの馬と彼らは相棒となるべき相手なのだ。ともなれば愛情も沸いてくるもので、特に由美はよく面倒を見ている。


 訓練生を先頭に後を四人の教官とその馬がついてゆく。


 訓練場の木製でできた両開きのゲートが開くと歓声が沸きおこった。外には見送りに来ていた家族や友人が来ており彼らを笑顔で迎える。


 ここまで来れば彼らの卒業はほぼ確定である。この遠征訓練は自分達が守る周辺の村をみて回る卒業旅行のようなものだ。よほどのことがなければ失敗することはない。


 だが街の人からすれば今後、この街の安全を担う者となる。ゆえにこのように家族のみならず街の人からもエールを送られるのが慣例となっていた。


 逆に卒業式のような式典は行われないので彼らにとってこれが卒業の花道となる。


 龍児を先頭に一列となり馬をゆっくりと行進させる。


 ハーフプレートの胸には自警団のマークが輝き。同じマークが刺繍された深緑のマントを風でなびかせた。


 馬には長期遠征用装備と武器が積載されてかなりの重量になる。本来なら村から村への3日間の遠征で、宿泊も村なのでここまでの装備は必要ない。


 だがこれは長期遠征を想定しての訓練なのだ。


 見送りの人たちが、今朝積んだばかりの花びらを散らして彼らを門出を祝福してエールを送る。


 この栄誉ある門出に異人である龍児が先頭にたったのには理由がある。


 一つは戦闘成績が良かったこと。色々とやることの多い自警団ではあるが究極重要なのはそこである。


 二つ目は異人でも受け入れてゆくという自警団の方針を示すこと。


 三つ目はガタイが良いので見映えがよかった。実際日本人離れした190を超える身長と分厚い肉体は圧巻であった。自警団でも彼ほど体格をしたものは二人しかいない。


 見送りの人々にエールを送られて龍児は高揚していた。


『これだ、これがいいんだよ』


 龍児は心の中でうち震える。彼はまるで英雄にでもなったような錯覚に陥っていた。ヒーローに憧れて警察官か消防官を目指していた頃の感覚がよみがえる。


 道を外して暴力三昧となってしまったことをずっと悔やんだ。しかし心のなかでずっとくすぶっていた。


 人々を助けて感謝されたい。例え、感謝がなくとも自身が納得できることをしたい。彼は決意する。今度こそ絶対に叶えると……


 見送りの中に仲間も来てくれていたのでガッツポーズで彼らのエールに答えた。


 晴樹、舞衣、美紀、梨沙、リリア…………刀夜!?


 思わぬ人物に龍児はギクリとした。だがキッと睨むと、龍児は『今度こそ負けない。ヤツを越えてみせる』のだと自身にカツを入れる。


 訓練生の最後尾に由美、颯太、葵が並ぶ。仲間の姿を確認すると手を降って喜んだ。


 そして彼らは街の外へと出てゆく。近距離とはいえ獣が徘徊する外へ。


◇◇◇◇◇


 遠征は順調であった。


 先導は交代で務めることになる。先導のやることは地図と方位磁石を便りに皆をリセボ村まで誘導すること。と言っても道は村へ続いているので迷うことはないのだがこれも訓練の一貫である。


 馬を歩かせ、走らせ、休ませ、相棒達の調子を見ながら進む。意外と難しいのは馬のスタミナにも個体差があるので先導になると自分の馬だけ見ていれば良いとはならない点である。


 ならば一番スタミナの少ない馬を先導にすれば良い。だがこれは訓練なのだ。教官に提案したところ、案は良しとの評価だったが実施は却下された。


 のどかな風景が広がる。


 どこまでも永遠に続きそうな草原。


 どこから敵が現れても即座に見つけることができる。


 教官たちからは緊張感を感じることはない。


 彼らは小さな池で馬を休めた。馬達は池の水で喉の乾きを潤す。由美が自分の馬に餌をやっていると教官から注意を受けた。


「由美、あまり餌をやり過ぎると満腹感で馬の動きが鈍るぞ。ほどほどにしておきなさい」


「はい、分かりました」


 そういいつつも由美は不服であった。馬が可愛くて甘やかしたかったのだ。仕方がないのでブラッシングを施すことで自分の欲求を満たすことにする。


「ずいぶん入れ込んでいるな」


「……リュウセイは私のパートナーだから」


「あ……ああ……もう名前つけてあるのか」


 由美はうっとりと馬を見つめている、そんな由美に龍児は本当にそのネーミングでいいのかと目が点になる。


「ケケケ、呼べばマッハ15で迎えに来てくれそうだな」


 颯太がジョークのつもりだったのだが、由美からはさげすんだような目を向けられた。


「馬がそんな速度で走れる訳ないでしょ? バカなの? アホなの?」


「…………」


 いいところ出の由美にとってその手のジョークは通じなかった。こっぴどく罵倒された颯太が涙目となる。


 龍児は眉間を抑えて彼の肩に手を添えると頭を振って同情した。


 そのような調子で彼らの訓練は順調に進み、夕方頃にはリセボ村に到着した。

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