第110話 賢者マウロウ
拓真は着替えと食事を済ませて部屋をでた。
廊下も寝室同様ログハウスのように丸太を加工したような作りになっており、これまた寝室同様に至るところから葉っぱが生えている。まるで木々がまだ生きているかのようだ。
そして廊下を歩きながら窓の外を見て驚く。周りはなにか白い菌糸のようなもので囲まれており、大きなドーム状のようになっていた。
それはどうやら屋敷全体を覆っているようだ。だが嫌な感じはなく、むしろキラキラとしており、
「す、凄い」
拓真は驚いて窓から顔をだして外を見回した。緑豊かでまるで草原のような大地、すべてのものが力強い命に溢れているようだ。このような幻想的な場所があるなどと思いもしなかった。
窓から下を覗くと館の下は木の根子のように見える……と言うか木の根だ。まさかと思い上を見上げると、館から木の枝が延びており、葉が覆い繁っている。
「この家は木の中なのか!?」
「ふっふーん。凄いだろ? ここは数少ないマナスポットのある場所なのさ」
アリスはドヤ顔で自慢してみせるが、ここを見つけたのはこの家の
「マナスポット? マナとは何ですか?」
「え?」
アリスは驚く、この年齢でマナを知らないような者がいるなど。
マナは魔法の力の源である。目には見えないので大多数の人間は実感することはない。希に見える者が現れてその者がマナを操る力を得ると魔術師となれる。
そして魔術師と魔法は実在する。それ故マナの存在は一般的に有るものとして認知されていた。学校に行けば必ず教わるし行かなくとも親子の会話には必ず一度は話題にする。
「マナは魔法の力の源のことッス。この大地に、大気に、そして宇宙に、どこにでも存在するッス。そしてマナが集まり、集中して吹き出す所をマナスポットというッス」
アリスは拓真が異世界人だとは知らない。そして地球にはマナは存在せず架空のものとされている。マナが登場するようなゲームや漫画に興味のない拓真にはどうにもピンと来なかった。
「パワースポットみたいなものかな……」
拓真が連想できたイメージはそのくらいしかない。逆にアリスはそれは何だといった顔をする。賢者の卵として非常に興味が沸くが根掘り葉掘り聞き出すと話が進まなくなるので自重した。
「あのドームは、マナをこの空間に溜め込む為に師匠が作ったものッス。そしてこの家の元となっている大木もマナの影響で巨大化したものッス」
「つまり、いま呼吸していると大量のマナを私は吸い込んでいるということですか?」
「そうッス。それも飛びッ切り濃いやつッス」
拓真はそんなものを吸い込んで大丈夫なのかと不安にかられた。
「マナを吸い込んで身体に影響はないのですか?」
アリスは拓真の質問の意図が読めずキョトンとするが、取り敢えず聞かれたとおりに答えた。
「あるッスよ?」
「ええ!?」
拓真は驚き慌てる。どのような影響かは知らないが病気になったりしないのかと不安になった。
「高濃度のマナに去らし続けると、体質が変わってマナが見えるようになるッス。つまり魔術師になる素質を得る場合があるッス。そういう意味ではここは魔術師の育成にも研究にも最適ってことッス」
「あの……病気になったり、中毒になったりはしないのですか?」
アリスはようやく拓真がなにを懸念したのか理解した。そして大笑いする。
「……いや、悪い悪い。大丈夫ッスよ。むしろ病気にはなりにくいし。長寿になるし、いいことづくめッスよ」
「長寿? どのくらい」
「ん? まぁ大体80から100くらい?」
アリスにもその点についてはよく分からなかった。
「うちの師匠とか、見た目100越えてそうッスよ」
アリスは師匠の年齢を知らなかった。ただ出会って約10年、師匠の容姿は出会ったときのままである。
「さ、ここが師匠の部屋ッス」
アリスに案内されて
両脇の壁はすべて本棚になっており、そびえ立つさまはまるで本の津波に襲われているような気分になる。床にも大量に本が積み上げられて一番上の本の表紙に大きな付箋が張られていた。
恐らく本の分類でもしてあるのだろう。
窓際に大きな机があり、そこも本が積み上げられてペンを動かしている老人を今にも押し潰しそうであった。
拓真は思う。地震がきたら確実に死ぬなと……
「師匠、連れてきたッス」
「……ん」
老人は小さく一言を発したのみだった。アリスも拓真も黙って待つ。老人は今の行の文末を書き上げるとようやくペンを止めておいた。
老人は体を起こして拓真を見つめた。拓真に緊張が走る。
彼は長い
老人はレザーの椅子から立ち上がると、年に似合わない軽やかな動きで拓真の元へやってきた。アリスの話では100歳近いらしいが若者並みの動きをして拓真を驚かせる。
「こちらが賢者マウロウ・ベンハー師匠ッスよ」
「元気そうで何よりじゃな拓真」
マウロウの声も喋り方もややテンション高めでこれまた若さがあった。これも高濃度マナの影響なのだろうかと想像する。
「初めまして。このたびは助けて頂き、ありがとうございました」
「よいよい、だが二人は残念じゃったな」
智恵美先生と
「……自分が不甲斐ないばかりに……」
「自分を責めるな。年上の人がお主を心配しとるぞ」
「え?」
拓真は老人の言葉に悪寒が走った。年上の人とは智恵美先生のことをいっていることだけはわかる。
「夢に出てきておったのだろう?」
「…………」
拓真はなぜ分かるのかと不思議に思った。もしかして智恵美先生の霊がさ迷っているのかと思い、辺りを見回すが特に代わりはない。
「彼女の気持ちを無にするでないぞ」
「まーた。そうやって思わせ振りなことを……どうせうわ言を聞いただけッスよ」
アリスが冷ややかな目で師匠を見つめた。師匠とは10年に渡って暮らしてきたので大概のことは分かる。このようにまるで見たかのように上から目線で語る場合は大抵、でたらめだと彼女は知っていた。
「そ、そ、そんなことはないぞ」
師匠の慌てぶりに拓真は危うく騙されるところだったと思った。しかしながらこんな人でも賢者と呼ばれるからには、かなりの知識人であろうことは疑っていない。でなければ彼女が弟子として慕うはずがない。
「あの、是非とも教えて欲しいことがあります!」
拓真は真剣な眼差しをじゃれ合う二人に向けた。それはもちろん帰還方法である。
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