第106話 カリウスの野心
カリウスのどなり声が聞こえてからかなりの時間が経った。リリアはまだかまだかと、刀夜が気になって歩いている位置がどんどん玄関に近づいてゆく。正直いって散歩にも飽きて頭の中は心配の二文字しかない。
「ふむ、ずいぶん長いな」
さすがにエドもしびれを切らせて様子を見ようと玄関に近づいたとき、扉は開かれた。
「刀夜様!」
扉から出てきた人物にリリアは安堵し、駆け寄って思わず抱きついてしまう。大声が聞こえたときダメだったのかと思った。だがこうして五体満足に出てきてくれた。ただそれだけで嬉しかった。
「大丈夫だうまくいった。心配かけたな……」
刀夜は優しくリリアの頭を撫でると癖っ毛も含めてフワフワとしたした感触が手に伝わってくる。撫でる手に沿って薄いピンク髪が艶やかに流れた。
リリアはそれを心地よく感じたが、自分の立場を思いだすと慌てて離れる。刀夜にとっても心地よかったので何も謝ることなどなかってのだが。むしろもう少し感触を楽しみたかったと思うのであった。
刀夜と一緒に出てきたのはホウキ頭のサングラスの男マリスである。彼は同じハンスの部下であるエドにハンスからの連絡を伝えた。
「丁重に二人を家まで送ってやれだとよ」
「え!?」
突如の扱いの変更にエドは何事かと理解できなかった。てっきり運ぶのは遺体のほうだとばかり思っていただけに意外に思う。
運が良かった? いや、そんな言葉で彼の運命を変えれるほどたやすくはなかったハズだと思うと今朝の衝突を思い出した。
『勝ち取ったというのか……』そう思うと只者ではないと認識を変えずにはいられなかった。
◇◇◇◇◇
カリウスは新しく入れてもらったお茶のカップを手にしたまま、窓辺から外を見ていた。窓の斜め下には雨避けの屋根ごしに玄関が半分見えている。
刀夜とリリアが抱き合っている姿が少し見えた。
「本当にあれでよかったのですか?」
心配するハンスをよそにカリウスは何かに思いを馳せていた。
そして重い口を開く。
「ハンス、お前が私に仕えるようになってもう長いな」
「はい、ちょうど10年になります」
カリウスは悲しげな顔で
「私は到底、父上のようにはなれない。それどころか議員になることすら危うい。みなもそのような器で無いと影で笑ってることも知っている」
「…………」
それはハンスも承知している彼の悩みであった。
カリウスはある意味悲しい男であった。生まれたときから父親はこの街の最大の実力者である。当然二世としての期待をその身の受けた。だが彼の能力は平凡であった。
議員止まりの家庭ならば彼はこれほどの苦しみはしなかったであろう。そこそこの期待、議員になれなくともそんなものだと思われる。そんな人間だったほうがどれだけマシだっただろうか。
だがオルマー家に生まれてしまった以上、それは絶対に許されないという重圧。助けてくれるものなどいなかった。
父親が気を利かせて力あるものに紹介をしてくれた。だが会いにくる奴はみんな父上目当て、へつらう顔とは別に軽蔑の裏の顔に反吐がでそうであった。
何度この家を出ていきたいと思ったか……
だがあの男は自分を議員にしてくれると言う。例え見返りを求める意図があったとしても、そのようなことを言ってくれる者などいなかった。
「ハンス、お前の率直な意見が欲しい」
ハンスは本気でカリウスの為にできるだけのことをしようと思い勤めてきた。彼が苦労せず無難な人生を歩めるよう整えるのが自分の役目。
であれば自分意見は決まっている。だがその答えは彼を悲しませることになるため、口にするのは心苦しかった。
「あの男はカリウス様を利用する気です。自身の野心を隠すのはまだ未熟。しかしながら目的の為なら手段を選ばないタイプ。度胸も実行力も大したものだけに正直危険かと……」
ハンスはこの計画が失敗した場合のリスクの大きさに危惧した。
窓の外を刀夜を乗せた馬車が走っていく……
「失敗すれば私は一生、議員どころでは無くなるだろうな。だがこのままでも私は議員になれん! 私は……私は自分だけの権力が欲しい!!」
彼は力説した。それは心からの叫びであった。だがリスクの大きさに手が震える。
「カリウス様、野心はその者の力なります。それが強ければ強いほどより大きくな力として。運とは自分で掴み取るものです!」
カリウスの叫びにハンスは自分の意見を殺した。野心に生きるものなら一か八か賭けに乗ることも必要であることはハンスが一番よく知っていた。
「うむ、父上に会いにいくぞ」
「はい、かしこまりました」
カリウスは決心した。そして刀夜と交わした約束を果たすために父親の元へと向かった。
刀夜と交わした約束とは鍛冶屋ギルドの嫌がらせを止めさせること。そしてリリアの魔術ギルドへの登録と大図書館の使用許可である。この作戦を実行するにあたり絶対に必要なことであった。
カリウスはこのとき始めてリリアが魔術師だということを知った。だがその事について追及はしなかった。彼にとって刀夜の作戦の方がインパクトが強すぎる上に、自分の将来が大きく関わってた為である。
◇◇◇◇◇
オルマー家の豪華な馬車が大聖堂前で止まった。訪れる人が多いのか辺りには関連する商売の店舗が多く犇めいている。
「本当にここでいいのか?」
エドが不思議がって再度訪ねる。てっきり家に向かうものと思っていたが刀夜からここに向かうよう頼まれた。
「ああ、ここからは歩いて帰る」
「そうか、ではな」
刀夜達は馬車を降りると向かいにあった花屋で花束を2つ購入した。そして聖堂ギルドへ向かうと裏手に回って墓地へと入る。
リリアが先導して真新しい墓の前に立った。
刀夜はそれぞれに花を添える。
「智恵美先生……遅くなってすまない」
しゃがんだまま一言そう言うと刀夜は両手を合わせた。リリアも刀夜の真似をして両手を合わせてくれた。
(先生……ここからだ。俺たち必ず帰ってみせるよ。必ず……)
そよ風がやさしく刀夜の髪を撫でた。まるで智恵美先生が刀夜にエールを送るように……
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