第105話 対決カリウス

 カリウスは木刀を横に持ち、柄と鞘に手をかけ引っ張ると引っ掛かりと共に隙間ができる。


「む、鞘と柄が一体だったと、面妖な……」


 だが彼は露となった刀を見た瞬間、目の色が変わる。彼の大きく見開いた目に刃が映る。


 カリウスは一気に刀を抜いた。


 鮮やかな刃わたり、日本刀独特の波模様に心奪われる。不均一にしてまるでさざ波のような紋様。


 そして恐ろしく鋭利な刃。刀匠八神克彦でさえ太鼓判を押した刀夜の研ぎの技術である。


「い、一体何だ、この吸い込まれるような感覚は……」


 カリウスの心拍は激しく鼓動して脈が早くなった。鼓動の音が耳につく。激しくこの刀で誰かを斬ってみたいという衝動にかられた。


「き、き、貴様、まさか呪いの剣をこさえたのではあるまいな!?」


 カリウスは刀に恐怖を覚え、この衝動は呪いのせいだと思い込んだ。なによりそれが刀夜の仕返しのように思えた。


「いいえ、それがわが国の最高傑作『刀』です。カリウス様が感じてらっしゃるのは呪いではなく、古来より刀匠による積み重ねてきた技術の結晶そのものです」


 刀夜はカリウスの感じているものの正体を説明した。


「私は刀匠としてはまだ未熟者ゆえこの程度しか作れませんがどうか納め下さい」


 刀夜は再び頭を深々と下げた。そして自分の思惑どおりシナリオが進んでいることにほくそ笑む。


「技術!? まだこの上があるというのか!」


 カリウスはそれがどんなモノなのか全く想像できなかった。


「確かに見たこともない剣ですが、そんなに凄いものなのですか?」


「間近で自分の目で確かめてみるがいい」


 ハンスの疑問にカリウスは刀を彼に渡した。


「これは、見た目より重いですな。サーベルを大きくしたような感じでしょうか…………!?」


 ハンスは刃をのぞきこむと刃渡りに自分の顔が映る。そして鋭い刃に吸い込まれそうな感覚に陥る。


「っ! この刃渡り」


「どうだ?」


「言われた意味がわかりました。これは人を斬ってみたい衝動にかられますな」


 ハンスは再び食い入るように刃を凝視していると、刀夜が近づいてきた。


「失礼いたします」


 刀夜は羊皮を取りだす。四角い皮の二隅には軽そうな重しが付いている。それを刃を挟むように上にのせると何の抵抗もなく羊皮は自重で分断された。まるで刀などなかったかのようにするりと分断された。


「!!」


「な、何という切れ味か……」


「こ、この剣は危険すぎます」


 二人は背筋が凍るような思いにとらわれた。


 カリウスはこの刃が自分に向けられたらと想像する。そして容易に想像できてしまう結果に恐怖した。


 ハンスは先ほどの玄関での出来事で相打ちを覚悟したが相打ちにもならないと悟った。


「どうやって作ったのか?」


 カリウスは食って掛かるように刀夜に詰め寄った。


「刀の製作は秘伝の塊ですので……」


「明かせぬか、まあ良い。これ程の腕前、殺すには惜しい」


 それは仕方がないことだと諦める。こればかりは力づくで口を割らせても意味のないことぐらい分かっていた。


 カリウスは机のお茶の入ったカップを一口飲んで心を落ち着かせた。先ほどまでの動揺が落ち着いてゆく。そしてそのまま窓辺に寄り、家の庭を散策しているリリアを見た。


 彼は少し考え込むとその欲望をもたげる。


「だが、悲しいかな…………実に残念だ」


 刀を堪能したハンスは鞘にしまいながら、主人が何を言い出すのかとカリウスを見た。


「私の心の傷は埋められたとしも――名誉はまだ傷ついたままじゃ」


 刀夜は『ほらきた』と予測が的中した。そして話の主導権を取るために彼は先手に打ってでる。


 刀夜としてはこの手をできれば使いたくなかったが仕方がないと諦めた。それはあまりにも危険すぎるためだ。


「カリウス様、その件につきましてはご提案がございます…………」


◇◇◇◇◇


 リリアは綺麗に手入れされている庭の道を散歩していた。正確にはさ迷っているといってもいい。


 刀夜とカリウスの話は思いの外、長くなっている。事の成り行きが不安でじっとしていられなくなると、少しでも気が紛れるかとエドに頼んで外に出してもらった。


 そこに突如カリウスの大声が聞こえてきた。


『なんだとッ、正気かキサマ!!』


 屋根に羽を休めていた鳥達が驚き飛び立ってゆく。リリアの不安は一気に跳ね上がった。一体あの部屋では何が起こったのかと窓を見つめる。


「しょ、正気でそんな事をいっているのか?」


 カリウスはあまりにも信じがたい話に同じ事を聞いてしまう。


「はい」


 刀夜は表情を崩さず即答した。自身ありげな刀夜にカリウスは悩み、不安を過らせずにはいられない。口元に手を這わせ、必死に思考回路を巡らせた。


「だが、そんな事が可能なのか? にわかには信じられん」


 カリウスは中々結論を出せず、目を落とすと机の上に刀夜の作った刀がある。彼は自分の予想を上間ったこの品をみて刀夜への可能性を感じずにはいられなかった。


 だがしかし……


「私は可能と考えております」


「お主、まさか自警団を生け贄にするつもりではあるまいな?」


 カリウスにはそんな方法しか思い浮かばなかった。それとて全滅という未来しか見えてこない。


「それではカリウス様を議員に持ち上げることはできなくなる」


「!」


 刀夜は自分を議員に持ち上げるつもりなのだと言う、その言葉をカリウスは本気なのかと疑った。


 できたとしても、この男は何か見返りを求めてくるだろう。得られる栄誉が大きすぎて何を要求されるかわかったものではない。


 刀夜の一言でお互いの立場が逆転した。それも含めてカリウスはこの男が怖いと本気で思った。


「お前には何か策があるのだな」


 固まってしまった主人に代わってハンスが訪ねた。


「はい」


「話せ、その策とやら。話はそれからだ」


 刀夜は当然だとばかりにうなずいた。


「私には今、二つのプランがあります。一つは技術的観点から検討が必要ですが、可能であれば自警団の被害は最小限に押さえられるでしょう。しかし無理だった場合、カリウス様が危惧したとおり大きな被害が出るかもしれません。ですがどちらのプランでも必ず結果を出してみせます」


 二人は刀夜の話に息をのんで聞き入った。

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