第104話 カリウス再び

 馬車は一度大通りに出ると商店街を走った。だがすぐに脇道に入り、高級住宅街へと入ってゆく。この辺りは金持ちや地位の高い者が多く住んでいるが一般人も普通に往来可能である。


 あちらこちらに各家で雇われている護衛などがいるため非常に治安が良いところだ。


 辺りは家というより館で広い庭もついている。限られた防壁内でこれだけの土地を占拠しているので一般人からは妬まれる対象となっている。


 馬車はそんな中の一件の屋敷に到着する。以前に刀夜がひどい目に合わされたあの屋敷に。


 屋敷の門が開いて馬車は中へ入ってゆく。館に向かう道の左右には花壇が迷路のように入り乱れて所々に花が咲いていた。


 その花壇を見渡せるように屋根付きの白いテラスもあり、ここの主人のイメージとは裏腹にとても美しい庭である。


 刀夜もリリアも馬車の窓からのぞきこみ、華麗な造詣に目を奪われた。以前刀夜がここを通ったときは気絶していて、リリアは庭まで見ている余裕がなかった。


 馬車は中央にある噴水のロータリーを回り込み館の前で止まる。エドが馬車の扉を開き刀夜、リリア、ハンスと降りた。


 館の前は大きな屋根があり雨が降っても濡れずに馬車を降りることができる。館の玄関の扉はガラスをふんだんに使っており、豪華なエントランスが丸見えだ。刀夜が館に入ろうとしたときだ。


「おい、こんなものしてたってバレバレだぞ。奴隷はこっちだ!」


「きゃあッ」


 エドがリリアの左手を掴み上げてどこかに連れていこうとする。強引に掴み上げたためリリアのピンクのブレスレットが外れかけ、リリアが嫌がった。その事に刀夜が激怒する。


「おいッ! キサマ、リリアに触れるなッ!!」


 罵声を浴びたエドが刀夜を睨みつけようとしたとき、刀夜はすでに抜刀の構えに入っていた。いつの間にか刀袋の紐を解き放って白塚に手をかけている。


 エドもハンスも身動きできなくなった。位置が悪い。

 ハンスはとっさに懐の短刀に手をかけていたが刀夜は一振りで二人とも斬れる位置にいる。おそらく回避も間に合わないと悟ると緊張が走る。


 まさかこんな事で怒ると思っていなかったエドは恐る恐る口を開いた。


「べ、別になにかしようって訳じゃない。館は奴隷禁止だ」


「そ、そうだ彼女には離れで待っていてもらうだけだ。手は出さん!」


 ハンスもエドの説明を擁護して刀夜を諌めようとする。


「……本当だな」


「ああ、誓って手は出さない。例えお前がこの後死んだとしてもだ。俺が誰にも手はださせない」


 ハンスの言葉に刀夜は黙って刀を納めた。


 リリアはこんなに殺気だった刀夜を見たのは初めてで、本来ならお礼の一言もいうべきなのだが言葉が出そうにない。


 エドはリリアの手を離すと、彼女はほどけそうになったブレスレットのベルトを絞め直した。チラリと刀夜をみると彼の表情はいつもどおりに戻っていたので、改めて彼女はお礼をいった。


 リリアはエドに連れられて庭園にある離れへと向かう。刀夜はそんな彼女の後ろ姿をずっと見ていた。


「さ、あるじがお待ちかねだ。来てもらおうか」


 ハンスは気を効かせて十分時間を取ってから刀夜を呼んだ。刀夜は振り向くと先を歩くハンスの後を歩いてゆく。



 見覚えのある廊下を進む。

 ハンスの部下の一人、マリスが扉の前で立っている。この男もハンスやエドと同様に良いガタイをしており、着ている服はエドと同じだ。


「随分賑やかだったが、何か問題でも?」


「いや、何でもない」


 黒い丸眼鏡の位置を直す彼の問いかけにハンスは答えるとマリスは笑みを浮かべ、扉のドアをノックして開けた。


 ハンスに続いて刀夜が部屋へと入っていく。相変わらず装飾剣が壁一杯に並べ立てあり、正直眼がチカチカしそうで刀夜は眼を細めた。


 金髪のおかっぱ頭のカリウスが大きな机の椅子に座って背を向けたままだ。彼はヤスリで爪の手入れをしていた。


「なんか騒いでおったようだが?」


 カリウスは振り向きもせず爪を研ぎながらハンスに訪ねる。


「いえ、問題ございません」


 爪の間に息を吹きかけると、ようやく椅子を回して刀夜と目を合わせた。


「ふん」


 椅子にのけ反って刀夜を見下ろすような視線を投げかける。刀夜は深々と頭を下げて挨拶を交わした。


「ごぶさたしております。カリウス様」


 刀夜は頭を下げたまま挨拶をした。そしてカリウスは勝ち誇ったように口を開いた。


「多少は理解したようだの。ま、今さらではあるがな」


 刀夜は頭をあげて刀を両手で差し出した。


「約束の品を持ってまいりました」


 ハンスがそれを受けとるとカリウスの机の上に置く。


「さて、あれだけ大言壮語を吐いたからには、もし下らぬものなら容赦はせんぞ。その命で購ってもらうからな」


 カリウスは不気味な蛇のような視線を刀夜に送ったが、刀夜は意にも介さず同じ表情のままであった。カリウスは余裕のつもりかと苛立ちを覚える。


 視線を肝心の品に移す。藍色の単純な布に胴長竜の金色の刺繍ししゅうが施されている。デザインは美紀だ。彼女の意外な才能であった。


「ずいぶん雑な入れ物だな。私に媚びつらう者の贈り物は大抵、職人芸にとんだ器に納めてくるものだが。この時点でお前には何の期待もできんな……」


「…………」


 カリウスはつまらなさそうにする。刀袋の紐をほどき、中のものを取り出すと木刀がでてくる。カリウスのしまらない顔がさらにしまらない顔に変化した。


 それはどう見ても木刀にしか見えなかった。それほど白鞘と白柄が見事に仕上がっている。何度も刀夜からダメだしされた晴樹の力作だ。


「何じゃこれは? 私を愚弄する気か?」


 彼はもはや訳がわからないといった感じでため息をつく。刀夜はようやく口を開いた。


「カリウス様。今回、私から貴方様に贈るものは刀身です。どうぞその中を改めて下さい」


「刀身じゃと?」


 カリウスは刀夜のいっている意味が理解できなかった。彼の所持している剣にはそのような概念がなく、刃と握りは一体である。


 だがこの中に剣が入っているのは理解できた。木刀にしては重いからだ。

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