第103話 カリウスからの迎え
――最終日――
朝早くからオルマー家の馬車が来ていた。家の扉を叩かれてリリアがでる。
「刀夜様、オルマー家の使いのかたが参られました」
「こんな朝早くからせっかちなヤツだな」
刀夜がリリアの入れてくれたお茶を飲み干す。彼らはカリウスの指示で揺さぶりをかけてきたのである。ささやかな嫌がらせだ。
「着替えるから待つように言っておいてくれ」
「はい」
リリアは入口に立っている執事の男に話しかけた。刀夜は席を立つ。
「刀夜!」
「刀夜君……」
晴樹、舞衣が心配をして思わず声をかけてくれた。刀夜が周りを見回すと美紀、梨沙も不安そうにしている。昨日の話で今日の駆け引きがいかに不利であるか知ってしまったため、彼女たちは眠れぬ夜を明かすこととなった。
「昨日、リリアと話したが、万が一の場合はこの家はリリアに譲ることにした。お前達も住めるのを条件に。それとボナミザに預けてある資金の一割は彼女に譲渡する」
預けている金貨はリリアが一生遊んで暮らしてもお釣が来るほどの金額である。古代金貨が売れればさらに途方もない莫大な財産を得ることになる。
だがどれほど預けているのか知らない皆にはピンと来ない話ではある。実は言っている当の本人も分からない。預けている古代金貨は変動が激しいからだ。
だが晴樹達にしてみればそんなことは二の次である。
「遺言みたいなこというなよ!」
「そうですわ」
「あくまでも万が一だ。俺は帰ってくる気でいる」
刀夜の気力は十分であり、皆の不安を取り除くかのように自信を振り
リリアが部屋に入ると刀夜も後に続いて部屋へと入っていく。舞衣は頭を抱えてリビングの床に座りこんでしまう。
「あぁ、どうしてこんなことに……」
舞衣は泣きそうな自分をぐっと堪える。晴樹が梨沙にアイコンタクトを送ると梨沙は舞衣の横に座った。
「きっと大丈夫。刀夜なら帰ってくるから」
「そうだよ、刀夜だよ。絶対帰ってくるって」
梨沙は舞衣の背に両手を当てると軽く擦ってあげた。すると胸のつかえがすっと楽になった。
「あ、ありがとう」
「舞衣は苦労人だねぇ」
舞衣は拓真に託されたことを自分なりに頑張っているつもりだ。なんとか皆で生きて元の世界に帰るのだと。
◇◇◇◇◇
リリアは刀夜の着替えを手伝う。別に一人で着替えられなくはないのだが、お互い新婚みたいでちょっと楽しい。彼女はすでに出用の服に着替えていた。
「やはり、来るのか?」
「元はと言えば私が原因ですから」
刀夜の着替えを手伝いながらそういうが、刀夜は何度も彼女のせいではないと言い伝えている。
「何度もいうがお前のせいでは無いよ、それにうまく行けばカリウスを利用できるかも知れない」
「利用?」
「その話しはまた後でな」
支度を終えて部屋を出ると一斉に視線を浴びる。皆が心配する中で仕上がった刀を手に、無言で家を出てゆく。
「刀夜!」
声をかけたのは美紀だ。
「葵ちゃんも由美も来られなかったけど『必ず生きて帰ってきて』って言ってたよ!」
刀夜は振り向き手を軽く上げて会釈した。そんな彼の後をリリアがついてゆく。
「ったく。待たせやがって」
カリウス・オルマーの執事のハンスが待っていた。刀夜をボコボコにした男だ。相変わらずゴツい体格で燕尾服がまったく似合わない。綺麗に剃られた頭に朝日が反射して刀夜を照らす。
「そちらが早すぎるんだ。金持ちはもっと優雅に時間を使うのでは?」
「ああ見えてもお忙しい方だ。今日はキサマの為にわざわざ1日取ってある。ありがたく思え!」
「俺をいたぶるのが楽しみで1日開けたの間違いでは?」
「減らず口は程々にしとけよ。後悔するのはお前なんだからな」
中心街へと続く道にオルマー家の豪華な馬車が止まっている。刀夜がその道へと続く緩やかな坂を登り、馬車の前で振り向くと仲間が家の門前で心配そうに見送っていた。
刀夜は再び小さく手を振って馬車に乗り込むとリリアも皆にお辞儀をして乗り込んだ。執事も乗り込むと馬車の扉が閉められる。
馬車の中もきらびやかで至る所に金メッキが施されており、赤いシートはふかふかであった。まるで王様か貴族にでもなった気分である。
「さすが上議員様だな。豪華だ」
「ふん、オルマー様は特別だ」
ハンスが
彼はハンスと同じ服を着ているが上は脱いでいた。目は死線を潜り抜けたのかナイフのように鋭い。腕には切り傷が多く彼がどんな人生を歩んできたか表していた。
馬車に揺られて高級住宅街へと向かう。大型のサスペンションが効いていて乗り心地は非常に快適だ。時折石に当たって跳ねるが背中も腰も全く痛くない。
「荷馬車とは比べ物にならないな。うちにも1台欲しくなりそうだ」
「でも馬の面倒とかは大変ですよ」
リリアの忠告に確かに馬の面倒は見たくないなと刀夜は納得する。
「坊っちゃんへの詫びの品とは手にしているそれか?」
ハンスが二人の会話に割り込んできた。刀夜の手にしている刀袋をジロジロと見ている。舞衣が丹精を込めて作ってくれた藍色の袋だ。
「ああ、そうだ。これが詫びの品だ」
「そんな、貧相なもので果して満足してもらえるかな?」
舞衣の力作をバカにされて刀夜はムッとした。
「カリウス氏はゴテゴテと宝石を装飾したものが好きなんだろう?」
「わかってて、それかよ、死ぬぞ!」
ハンスは刀夜を挑発する。時間の関係もあったが刀夜はあえてそのような装飾を避けていた。同じようなものを作れば他の装飾剣に埋もれるだけであり、それでは意味がないのである。
「カリウス・オルマー。父上はギルド総会の上議員で次期議員長候補のデュカルド・オルマー様。上議員メンバーの中でも大層権力をお持ちだそうだな。裏でも色々と聞くが」
「もっと早く調べるべきだったな。だがそのくらいにしとけ」
「確か、ハンズさんでしたっけ?」
「ハンスだ」
「執事には見えないが、護衛のかたですか?」
「両方だ。本業の執事は別にいる」
「お仕えになられて長いのですか?」
「10年にはなるな」
「カリウス様はどのくらい上を目指されていますか?」
「!」
ハンスは刀夜の言葉に警戒心を高めた。この男が何を考えているのか急に読めなくなってしまった。いや想像はできる。だがそんなハズはないと本能が否定をしたがていた。
刀夜の目は睨み付けるようにハンスを見ている。先ほどまで他愛のない会話をしていたときとは異なり、獲物を見るような目だ。ハンスはそう感じると呼吸が乱れそうになった。
「もし、お父上と同じ高見を目指しているとして、貴方から見て、あのかたはどのくらいで議員になれそうですか?」
「だ、だまれ!」
焦ったハンスが怒鳴りつけると、刀夜は黙り沈黙が訪れる。ハンスは不気味な刀夜に不安を覚えると流れてもいない汗を感じた。
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