第102話 仕上がった刀

「所でその肝心の刀夜君は何しているの? 工房は静かのようだけど……」


 由美してみればこの家は常に鉄を叩いている印象があった。だが明日が納品のこの時に叩いてるようでは間に合わない。その行程はとっくに終わっている。


 しかしそれでも時間はギリギリである。刀夜としてはできれば完全な刀の形として納品したいところだったが、時間がないため刀身のみを納品することを決めている。


 だがむき出しの刃を持ってゆくわけにはいかないので、ある程度の体裁は整えておく必要があった。それらの部品などは晴樹や舞衣、美紀にはその手伝いをしてもらっている。


「今、研ぎの最中よ。だからあまり騒がないようにって」


 刀の切れ味や独特の光沢をだす作業は研ぎにかかっている。カリウスを納得させるための最も重要な行程であり、ここを失敗すれば次を作る余裕のない刀夜とって死活問題となる。ゆえに集中したいのであらかじめお願いしておいたことだ。


「え、じゃあ工房に入れないの?」


 刀夜の家のお風呂は工房の一角にある。本来仕事用の湯沸し釜をお風呂用に改造を施したものなので風呂に入るためには工房に入らなくてはならない。


「ちょっとピリピリしてますが大丈夫です。静かに入れば怒ったりしないと思います」


 リリアはお風呂を沸かしに入ったときに刀夜からは何も言われなかった。また刀夜自身がいつ入りに来ても良いと言った以上、怒ったりはしないと信じている。


 だが、信じていない由美は不安そうに訪ねる。


「本当に大丈夫? 怒って斬りかかったりしない?」


「しません」


 刀夜を信じてもらえなかったので少し膨れたリリアはキッパリと言う。すると今度は葵が訪ねる。


「本当に大丈夫? 怒ってのぞきにきたりしない?」


「刀夜様はそんなことしません!!」


 リリアはとうとう怒ってしまった。リリアをからかった葵は大声を出してしまった彼女の口を慌ててふさぐ。


「ごめんごめん、冗談だよ~」


 あの気難しい刀夜のことだ仕事の邪魔をされたらどのような怒りの雷を落としてくるかわかったものではない。


 その時、がらりと工房の扉が開らく。


「随分、賑やかだな」


 刀夜が刀を持って出てきた。


「ぎゃーッ! もう騒がないから斬らないでェーーッ!」


 青ざめた葵が由美に抱きつき震えた。刀夜には何の事だかサッパリ分からず、キョトンとするばかりである。


「刀夜様。もしかしてできたのですか?」


 刀夜の作った刀身はすでに白鞘しらさやに納められていた。刀を持つ反対の手に刀袋を持っている。刀夜はリビングに腰を添えると出来立ての刀をテーブルに置いた。


「ああ、みんなのお陰で間に合った。恩にきるよ」


 刀夜は深々と皆に頭を下げる。梨沙にとってはあの刀夜が頭を下げるなどと思ってもみなかったので驚く。


「や、やだなぁ。手伝ったのは晴樹君と舞衣と美紀でしょ。あたしは何もしてないし」


「いや、炊事洗濯買い出し、どれも立派な手伝いだよ。ありがとう」


 梨沙としては晴樹の気を引く為にやっていることなので、刀夜の素直なお礼が心に痛い。思わず顔を背けてしまった。


「ただいまー」


「遅くなりました。今帰りました」


 晴樹と舞衣が買い物から帰る。両手に食材が積め込められた袋を重そうにして。


「お帰りなさいませー旦那様」


 慌てて梨沙が出迎えるが、タイミングは悪く微妙だ。加えて彼女の胸が強調されたメイド服とパンツが見えそうなほど短いスカート……リリアのでさえ短いのに彼女のはさらに短かい。


 そんな梨沙の思惑はあまりにも見え見えすぎて、さすがの晴樹も腰が引けた。


「……あ、うん。ただいま……」


 晴樹は迂闊にもメイド服が好きなどと言ってしまったことを後悔し始めていた。どこから見つけたのか普通ではないほうのメイド服を探しだしてきて以来、家ではずっとこの格好だ。


 刀夜がジロジロと見つめると怒られるので男どもはやりにくいことこの上ない。


「梨沙、前にも言ったが。そういうのは希に着るから価値があるのであって毎日着てると飽きられるぞ」


 こうもメイド服が散乱すると刀夜もリリアのメイド服への新鮮味が無くなってきていた。しかもこれではリリアへの罰にならない。しかし、リリアはすっかり立ち直っているようなのでこの罰はもう解除すべきなのだろう。


「刀夜。それ、もしかしてできたのか?」


 晴樹はテーブルに置いてあった刀を指差した。


「ああ、お陰さまで。二人とも手伝ってくれてありがとう」


 晴樹には難しい仕事だが白鞘と柄の作成を行ってもらった。難易度の高い作業ゆえ刀夜がかなり細かく指示と指導を行ったが晴樹はやり遂げた。


 刺繍ししゅうの得意な舞衣には刀袋と刺繍ししゅうを。デッサンが苦手との事なので絵が得意な美紀にデッサンを頼んだ。


 だが舞衣は真剣な趣で刀夜の顔をのぞき込んで本音を伺った。


「刀夜君、それで本当にオルマーでしたっけ、納得させられるんですか? 本当とのところを聞かせて下さい!」


 舞衣の心配は最もだ。恐らく彼女も薄々感じ取っているのだ。この駆け引きは刀夜が圧倒的に不利なのだと。


 刀夜は少し間を開けて答えた。


「……わからない。これが奴にとってどれだけ価値があろうが、俺自身に価値を見いださなければ奴はノーと言うだろう」


 刀夜の自信の無さげな言葉に皆が青ざめる。ここまできてそれは無いだろうと。助かると信じて手伝ってきたのだ。


「すべては奴のさじ加減次第というわけだ」


 刀夜は刀を刀袋に納めると紐をくくる。


「ともあれ、手伝ってくれてありがとう」


 もう後には引けないのだ。方法の一つは全てを投げ出して逃げるのもあるだろう。だが恐らく刀夜たちの見えないところで監視されている。


 それに帰還の方法を探すためにはどうしてもこの街にある魔術ギルドの大図書館が必要だ。確実とは言えないが手がかりがありそうなのはそこしかない。


 生き延びるためには先ほどの会話どおり、カリウスが刀夜の価値を認めさせる他ない。明日のそのための駆け引きとなるだろう。


 刀夜はじっくりと相手の出方をシュミレーションし始めた。

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