第101話 訓練生とメイド軍団

 ――時は少しさかのぼる――


「きをつけェーッ!!」


 大気を震わせんばかりの大きな声が響いた。

今にも牙をむき、食い殺すぞと言わんばかりの雰囲気をき散らせて、教官の恐ろしい視線が訓練生に向けられている。


 自警団の訓練場にある運動場にて訓練生は直立不動でずっと立たされたままだ。


 定刻どおり、朝日が登ってすぐ起床、即座にベッドを直して訓練服に着替えるといつもの場所にて教官を待つ。寝癖のある髪を直す暇もない。


 命令からすでに15分は経過しており、訓練生にはふらつくものが現れる。そのような中に龍児、颯太、由美、葵の姿があった。


 彼らは面接に合格し、晴れて自警団の訓練生として街外れにある訓練場に顔を並べていた。


 彼らはここで寮に住み込んで寝食を共にする。自分たちで作らなくてはならないが食事もでるし、少しではあるが給料も出る。そして税金は免除された。


 だがここの生活はかなり厳しい。


 運動場に並ばされている訓練生は全部で8名である。


「キサマ! 靴の紐が曲がっとる!! ペナルティ!」


「はい!」


 葵は腕立て伏せを始める。


「キサマ! 襟が歪んどる!! ペナルティ!」


「はい!」


 今度は由美が腕立て伏せを始める。


「キサマ! 目が死んどる!! ペナルティ!」


「えぇ~そんな理由!?」


「口答え! さらにペナルティ!」


「は、はひ」


 颯太は倍の数の腕立て伏せを強いられる。


「キサマ! 視線を下げるな!! ペナルティ!」


「はい!」


 龍児は腕立て伏せを始める。


 彼らの朝はこんな感じで始まる。龍児達はめちゃくちゃな理由でペナルティを食らっても文句言わずに淡々とこなしていた。


 初日はさすがに不満が出たが龍児からアドバイスをもらうと、さほど気にもならなくなった。このようなことは現代でも普通にやっていることであり、理由は聞き流して腕立て伏せで鍛えていると思えば良いのだ。


 龍児の父親は消防のレスキューをやっており、レスキュー試験で同じような経験がある。その時の経験を龍児に対策も含めて聞かせていた。


 まさかこのような場所で役に立つとは思ってもみなかったが。


 お陰で彼らは早い段階で教官の理不尽な内容には順応していた。この後、基礎運動を行って朝食。


 そして一番辛い座学。彼らは字が分からない。だからといって教官は親切に教えたりなどしない。


 昼飯の後は剣技、体術。その後は各自の特技訓練や特殊訓練、そして夕飯。


 そこからは自由時間だが龍児達は座学の復習を皆で行う。飽きたら体を動かしての訓練をしてようやく就寝。


 唯一不満があるとしたら風呂は2日に一回しか入れないことだ。だがこれは恵まれているほうで実践配備になるともっと少なくなることを彼らはまだ知らない。


 龍児達はそんな生活を二ヶ月こなさなくてはならなかったが、大きなトラブルもなく淡々と日々を繰り返す。


◇◇◇◇◇


 ――約束の日から29日目――


「お帰りなさいませー旦那様」


 刀夜の家の戸を開けるとフレンチメイド姿のリリアと梨沙が、満面の笑みでお出迎えにでた。お風呂を借りに来た由美と葵が扉を開けたまま顔をひきつらせてドン引きする。


「なんだ、晴樹じゃないのか……損した」


 梨沙が不満そうな顔で元の作業に戻ろうとする。


「な、なんなの?」


 由美は見てはいけないものを見てしまった気分だ。これはいったい何の罰ゲームなのか?


「あんた達こそ何しに来たのよ。来るなとは言わないけど寮に入っていたんじゃないの?」


「寮のお風呂が壊れちゃって特別に外出許可がでたんただよーん。リリアちゃん元気してた?」


「は、はい。葵様も元気そうで。訓練大変でしょう。もうお風呂は沸いていますので今日はゆっくりしていって下さいね」


「かぁ~リリアちゃんはいつもいい娘だねぇ~」


 葵はリリアに抱きつき、顔をスリスリ擦り付けながら頭を撫でた。


「あたしのお嫁さんにならない?」


「お断りします」


 笑顔で即答である。


「晴樹くんは帰った――…………あ、葵!?」


 女子部屋からフレンチメイド服で出てきた美紀が珍客に驚いて思わず胸元とスカート下を隠した。


「え? なんで美紀までメイド服なのよ……流行ってるの? ねぇ流行ってるの?」


 親友のあられもない姿に葵は再び引いた。由美は悪い方向に想像を働かせると怒って梨沙に問い詰めた。


「まさか刀夜の奴にこんな事を強要されたのか!?」


「ち、違うわよ! あ、あたしは……」


 梨沙は顔を真っ赤にしてそれ以上は言えなくなる。まさか晴樹に気に入られたくってやってるなどとは言えなかった。


「あたしは刀夜君を励ましてあげようかなって」


「励ます? 何か落ち込んでるの?」


 ここのところずっと休み無しで目が回るような訓練のせいで由美も葵も、そして龍児達も日付感覚が麻痺していた。


「忘れたの? 明日は例の約束の日だぞ」


 梨沙に言われて二人はリビングの黒板に目を向ける。日付には28までの数字にバツ印が入っており、30には丸が書かれてある。二人はそれが何の日か思い出すと青ざめた。


「梨沙のいうとおりよぉ。刀夜君が生きるか死ぬかの瀬戸際だよぉ。だから刀夜君の大好きな服で悔いが残らないようにと……」


「美紀様、縁起でも無いこと言わないで下さい。刀夜様は勝ち取ります!」


 リリアが真剣に怒ると美紀は冗談だとばかりに取り繕う。由美は冗談が言えるほど余裕なのかと安心して良いのか分からなくなった。

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