第100話 罰とはちみつレモン

 刀夜が目を覚ます。見覚えのある天井そして壁。以前にもこのようなことがあったようなデジャブに襲われた。


 自分がどうなったのか最後の記憶の辿たどる。しかし思い出せるのは急に苦しくなって目眩を引き起こした所までである。


「あ、目が覚めた?」


 聞き覚えのある声の主は晴樹だ。


「どうなったんだ?」


「倒れたんだよ。過労で」


「……過労?」


 不思議がる刀夜に晴樹は回復魔法の弊害を話すと、リリアの状況についても説明をした。そして罰を与えることを提案する。


「罰と言ってもこれは俺の体調管理ミスだ。彼女せいじゃない」


 晴樹はやはりといった感じで首を振る。刀夜ならそう言うだろうと思った。だがここは罰を与えるべきと晴樹は力説し、刀夜は渋々受け入れた。


「じゃ、今日はゆっくりするんだよ」


 そう言葉を残して彼はにこやかに部屋から出ていく。扉から晴樹と入れ替わりに緊張したおもむきでリリアが入ってきた。黒に近い紺色と白の見覚えのあるメイド服で。


 どんな罰なのか聞かされていなかった刀夜は、彼女の姿に唖然とする。奴隷商人から服をもらった際にどさくさに紛れこませたメイド服だ。


 メイド服といっても本来のものではなく、アレ向け用のフレンチメイド服である。実用性があるのか疑わしいひらひらのフリルが一杯ついたエプロン。


 スカートは膝よりも高く太腿ふとももあたりから、白くしなやかな素足が見える。それが恥ずかしいのか、スースーするのか彼女は内股でもじもじとしている。


 靴は黒のストラップシューズだがえり付き靴下が可愛らしさを演出している。無駄に開いた胸元が彼女の胸を強調して男を誘惑すると刀夜の視線を奪い釘付けにさせた。


 袖は二の腕までしかなく、同じく白く透き通るような腕が伸びている。その手には小さなトレイを持っており、載せられたカップから湯気を立てていた。


「あ、あの……」


 彼女は申し訳ない気持ちで言葉が続かない。


「入ってきたらどうだ」


 刀夜の催促でようやくリリアは足を動かした。


「も、申し訳ありませんでした。ちゃんと伝えておかなければならなかったのに……」


「体調管理ミスは俺のせいでもある。で、その格好は?」


 リリアはトレイをサイドテーブルに置くとベッドの横の椅子に座った。


「こ、こうすれば刀夜様が喜ぶと晴樹様が……恥ずかしいのは罰だそうです……あ、あの……本当にこれで宜しいのでしょうか?」


 リリアは刀夜から直接罰について聞いたわけでは無いので、本当にこれで罰になっているのか確かめた。だが恥ずかしいのは確かである。


 最も奴隷市場で見せたあのシースルーの布切れ一枚の服よりかは100万倍マシではあるのだが、他でもない刀夜に見られていることが恥ずかしかった。


 何しろこの服は本来のメイドの服ではないからだ。


「恥ずかしいか?」


 そう問われると余計に意識してしまう。リリアは顔を赤らめて目を反らして恥ずかしそうに「はい」と答える。


「なら、暫くはその格好だ」


 刀夜は本当に罰になるのかと半信半疑であった。だが晴樹がいうのだから間違いないだろうと思って演技してみせる。決して恥ずかしそうにしている彼女が可愛いなどと邪な気持ちで言っているのではない…………ともいえない。


 刀夜は体を起こしにかかると、リリアは急いで彼を支えようと背に手を回した。片手で支えるのは難しいため彼を両手で支える。必然的に刀夜と密着状態になる。


 刀夜の眼前にリリアの可愛らしい胸が飛び込むと激しく心が乱れる。柔らかそうなそれに触ってみたいと欲情が沸き立つ。


 だが彼女には酷いことをしないと約束した。ここで触ってしまったら自分はカリウスと同じとなる。ただの大嘘つき野郎だ。触ってはならないと理性が触ってみたいと欲望が刀夜の中で渦巻く。


 動悸が激しくなると否応にも頭に血が昇り顔が赤くなる。そして冷静になれなくなると欲望に負けて右手をリリアの胸に伸ばした。


「はい、飲み物です」


 リリアは伸ばしてきた刀夜の手にマグカップを渡した。


「あッ……す、すまん……」


「いえ? どういたしまして」


 危うく欲望に負ける所だったと刀夜は心を落ちつかせた。


 するとカップから漂う独特の香りに気がついた。彼女が部屋に入ってきたときら香っていたのに今頃気がついたのかと、どれほど動揺していたのだろうと反省する。


 大きく息を吸ってその懐かしい香りを堪能した。


「これは、もしかして……」


 刀夜は一口含むと甘い味わいが口一杯に広がり、柑橘系の香りが鼻腔を突いた。


「ハチミツレモンか、ここでも飲めるとは……」


 刀夜は気に入ったのか味わいつつもゴクゴクと飲み干してしまう。


「疲労回復にいいと舞衣様が作ってくれました」


「そうか、気を使わせてしまったか……」


「……あの、もう一杯どうですか?」


「ああ、頼むよ」


 刀夜からカップを受け取った。飲み物の影響なのか刀夜の顔はリラックスできたようだ。激しく怒られるだろうかと懸念していたことは杞憂に終わったことに彼女は安心した。


 リリアはコップとトレイを持って部屋を出ていくが、扉を閉める際にチラリと刀夜の顔をみて軽く笑顔を向けた。


 『かわいい……』素直にそう思った。そして欲望のまま彼女に触れなくてよかったと思う。そんなことをしたらきっと先ほどような笑顔をきっともう見せてくれないかも知れない。


 彼女が出ていくのを確認すると刀夜は自分の右手の甲をピシャリとたたいた。


 リビングで休んでいた晴樹がメイド姿のリリアに目を奪われている。類は友を呼ぶように晴樹も嫌いなほうではない。イケメンな彼だがこの時ばかりは鼻の下を伸ばして人には見せられない姿となっている。


「晴樹君もあーゆーの好きなの?」


 眉間にしわを寄せた梨沙が口許を引き吊らせながら聞いてみた。目は笑顔だが明らかに焼きもちを焼いている。


「ああ、嫌いな男子なんかいないんじゃないかな~」


 晴樹は梨沙に目も合わせず、ずっとお湯の用意をしているリリアの後ろ姿を眺めながら答えた。


「へえ~そーなんだ~」


 梨沙は冷ややかな視線を送りながら晴樹の視界に入らないように、こっそりとリビングを後にすると刀夜の部屋へと忍び入った。


「ん? 梨沙か、迷惑かけてすまんな……」


「いいのよぉ~刀夜『君』」


「?」


 梨沙の奇妙なものの言いように刀夜は何事と冷や汗を流す。野生の勘が危険だと警鐘を鳴らした。


 彼女はひきつった笑顔のままヅカヅカと刀夜に近寄ると真剣な眼差しで言った。


「あの服、どこで買ったの? 教えてくれる?」


「ど、どうした目が据わっているぞ」


 状況が飲み込めず気迫に押されて後退りするものの、すぐにベッド端に当たる。さすがに奴隷商人からもらったなどとは言えず困り果てると梨沙はさらに顔を近づけて迫力を増して詰め寄った。


「教・え・な・さ・い!」


「えぇぇ……」

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