第99話 回復魔法の弊害
――約束の日から18日目――
刀夜は4回目の鋼作りを終えて炉の火を落とした。良質な材料で作られる現代の玉鋼に比べて質は良いとは言えなかった。
しかし刀夜が見てきた職人のものには及ばなかったが最後にそこそこのものに漕ぎ着けることができた。
出来上がった玉鋼をまた加熱し、打ち伸ばしを行おうと
突然世界が回り平衡感覚が失われると、ただ座っていることさえできなくなる。倒れる際に工具で頭を打ちつけると、まるで眠るように意識を失ってしまう。
「刀夜!」
一緒に仕事をしていた晴樹が、自分の作業を放り出し刀夜の元に駆け寄る。彼の名を呼んで頬を
「リリア! リリアッ!」
晴樹は回復魔法が使える彼女の名を呼んだ。ただならぬ叫び声にリリアが慌てて工房へと入ってくる。続けて梨沙がが入ってくるとリリアに声をかけた。
「リリアちゃん。包丁! 包丁!」
先ほどまで梨沙と昼御飯の用意をしていた為、リリアは包丁を握りしめたままであった。持っていた包丁を梨沙に渡すと刀夜の元へと駆け寄る。
刀夜は息をしていた。だが目を覚まさない。脈は大きく乱れている。
「な、なんて事。こんな状態になるまで気がつかなかったなんて……」
リリア達は刀夜をベッドへと運ぶ。そしてヒールとキュアーの両方の魔法を試みるも効果は低かった。
それは精々手の平のマメを治す程度である。だがリリアにしてみればそれは
「効いていない?」
「仕方ありません。疲労を回復させる方法は自然回復しかありませんから」
リリアは魔法が効かないのは分かっていた。刀夜の症状は過労であり、これを癒す魔法は無い。そしてこの状況の失態は自分にあると彼女は悔やんだ。
刀夜は高温の炉を前に体を焼かれていた。飛び散る火の粉による火傷、筋肉酷使による筋繊維の断裂を引き起こす。加えて不眠不休の作業……
そのたびにリリアは回復魔法をかける。だが長期に渡る回復魔法の連続使用は蓄積している疲労に対して鈍感にさせてしまう副作用がある。
痛みや苦しみから解放された際に疲労も回復したと錯覚してしまうからだ。回復魔法を習得する際に一番最初に
「梨沙様、お湯の用意をお願いします」
「分かった」
リリアは刀夜の衣服を脱がせてパンツのみにすると、彼をうつ伏せにした。刀夜の上に股がると背中に手を添えてマッサージを始める。
リンパマッサージで体内に蓄積している疲労物質を流す。背中、腰、肩、腕、足、全身くまなくマッサージをする。
リリアが疲れてため息をついたとき、梨沙がお湯を持ってきた。タオルを漬け込んで絞り、広げて背中を
正直なところどれほど効果があるのか分からない。だが何もしないよりはマシだと自分に言い聞かせた。
「ご苦労様」
ベッドの横で心配そうにしているリリアに梨沙が用意した温かい飲み物を渡した。
「ありがとうございます」
だがリリアの表情は暗かった。
「あれだけやったんだから大丈夫だよ、ほら刀夜の顔色もよくなってるし」
「でも、これは私の責任です。副作用の事をちゃんと考慮していれば……こんな事には……」
今にも流れ出しそうな涙をぐっと堪える。1日でいい、ちゃんと休ませていればこんな事にはならなかったのにとリリアは自分を責めていた。
「どう? 刀夜の容態は」
火の後始末をしていた晴樹が部屋に体半分だけ入ってきて様子を伺う。
「ご苦労様。少し落ち着いた所だよ、晴樹にも飲み物用意するから飲んで」
「いつもありがとう梨沙」
晴樹は彼女に笑顔を送る。梨沙は嬉しさが込み上げてくると頬を赤く染めた。ここのところ晴樹と梨沙は良い感じになっている。
と言っても何気ない普通の会話だが、学校ではその何気ないことですらままならなかった。今は二人で過ごす時間が増え、話す機会が増えたことに梨沙は幸せを感じていた。
「ただいまーッ!」
「帰りました」
買い物に出ていた美紀と舞衣が帰ってくる。両手に抱えた買い物籠をテーブルに置くと美紀が不思議そうに梨沙の顔を
「どうかしたの? 梨沙ちゃん顔赤いよ?」
「し、知らない!」
折角の雰囲気を潰されて梨沙は膨れる。
「……静かだけど刀夜君は休憩に入ったの?」
舞衣は工房が静かになっていたので聞いてみた。それは別に特別なことでも何でも無い。ただ何気なく聞いてみただけだったのだが、晴樹からの返ってきた言葉に驚く。
「実は刀夜は倒れたちゃたんだ。過労で」
「ええッ!?」
「だ、大丈夫なの?」
倒れたとあっては美紀も不安になった。炉を作り始めてから今まで不眠不休であった。だが刀夜は辛くともその表情を変えないので、てっきりリリアの回復魔法でなんとかなっていると思いこんでいた。
「うん、少し落ち着いているって。ただ……リリアちゃんが刀夜が倒れたの自分のせいだって落ち込んじゃって……」
晴樹の代わりに梨沙が答えた。
「どういうこと?」
事情が掴めない二人に梨沙と晴樹が説明をした。
「成るほどね……」
「なんとか元気にしてあげる方法ないかな?」
梨沙は何とかしてやれない自分が歯がゆかった。自分はどうにもこう言ったことに弱いのだと思い知ると腹立たしさが混み上がってしまう。
「ねぇ、ねぇ、早速アレ試してみようよ」
「アレ?」
「身も心もホットにやるやつ」
「何それ?」
美紀が突然何かを思いついたように、舞衣の肩を
「いえ、単に店で材料を見つけたので、もしかしたらできるかなと思って買ってみたの。でも、コレは疲れている刀夜君向けよ?」
「んーそうかぁ~、ダメかぁ~」
いいアイデアだと思った美紀は頭を抱えてしまう。
「ダメとは言いませんけど、根本的な解決にはなりませんから……」
「こういうのって『元気出せ』とか言葉で言っても中々効果無いからな~」
梨沙はまるで経験があるかのように
「ならばこーゆーのどうかな。自責の念を抱いてしまっているのだから、むしろ罰を与えるってのは?」
「ああ、成るほどね。罪を償うことでそれを取り除くわけね」
晴樹の案に舞衣は成るほどと思ってしまう。彼女もそれがベストのような気がした。
「ええーそれって可哀想じゃないの?」
「大丈夫だよ。そんな辛いことさせないから」
リリアを心配した美紀に晴樹は笑顔で返す。
「それに舞衣さんのソレと合わせれば刀夜は癒され、リリアちゃんは償えてウィンウィンだ」
「ちょっと晴樹君。何させようとしてるの?」
「実はこの間、面白いもの見つけたんだよねー」
晴樹は意地悪そうににやけた。
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