第98話 金の力と誘惑

「あれは刀夜が悪いんだぜ。仲間の死なんて毛ほどにも思っちゃいねーんだからよ」


 サインを終えた颯太が刀夜のせいにすると、それを聞いたレイラは注意を促した。


「あらかじめ言っておくが。入団すればお前達は上官から嫌なことや理不尽と思えるようなことを山ほど経験することになる。だがその際に、そんな事言ってみろ独房行きになるからな。最悪死刑もあると思っとけよ!」


 レイラの気迫に押されて皆は冷や汗を流した。もしかしたら、とんでも無いものにサインをしてしまったのかと。


 サインした用紙を全員分受けとると今度はレイラが足りない項目に記載を進める。彼女は作業しながら説明を続けた。


「入団が決まればお前たちは訓練生となる。2ヶ月の訓練の後、団員候補生として実践配備される。そして2ヶ月ほどで基準を満たせば正規兵となる」


「訓練期間、随分短いんだな」


 龍児は正規兵には一年以上かかるものと思っていた。レイラはため息をつく。


「人手不足なのだ。もう慢性的と言えるほどのな。でなければお前たちのような異国人を採用することはない。入団したら覚悟しとけよ。その事で要らぬことをいう輩は多いと。人の何倍も努力が必要だと」


 龍児達はうなずいた。


◇◇◇◇◇


 2日後に龍児達の元に面接通知が来た。だがここでささいな問題が起こる。龍児達がいつもの宿でいつものテーブルを囲んでいたときのことだ。


「さすがに面接にこの姿はまずいよな……」


「言いたくはありませんが、体臭も相当です」


「もう何日入ってないんだっけ?」


「…………」


 龍児達の衣服は汚れおり、あちこち破けている。ヤンタルの街で購入した武具は宿や食費の資金とするべく売り払ったが、それでも衣服を購入に回せる資金など無かった。


「さてここで問題です。俺達の結束を裏切った者がここに一人います」


「そんな言い方、良く無い」


「だってヨォ、許せるのかよぉ!」


 さらさらと流れるような髪、艶々として触りたくなるような肌。そして洗濯済みの石鹸の香りがする衣服。薄汚れている3人を尻目に輝きを放って浮いている葵の姿がそこあった。


「いや、だってもう我慢できなかったんだモン!」


 駄々っ子のように頭と両手を振り回して弁解する。


「モン。じゃねーだろ!!」


 颯太が真似して突っ込みを入れる。葵は昨日の夜に我慢できなくなり、お風呂を借りに刀夜の家に一人で行ったのだ。


 綺麗さっぱりと体を洗って洗濯済みの予備の服を借りた。だが夜中に一人で出歩いたことに刀夜から激しく怒られる。


 夜の街は危険なのだ。特に刀夜の家は街の端っこであり、民家も少ないので襲われても誰も気づかない。刀夜は風呂の時間を日のある内に変更して女子一人で来るのを禁止にした。


「じゃあ、なに? あんたその姿で行くつもり?」


「大衆浴場にいけばいいじゃねぇか!」


 颯太が金銭的に無頓着になっているのは致し方なかった。この時、彼らは支払いをまとめて行う為に葵にお金を預けていたので残高を知らなかったのである。だがそれは彼女が知られないように意図的にやったのだ。


「まぁ、そうね。いいわね大衆浴場。じゃあ行ったら?」


 葵はテーブルに銀貨60枚と銅貨50枚くらい入っている袋を置いた。


「なんだよ、あるじゃん」


 颯太がその金に手を伸ばそうとしたとき、由実が止めた。


「おかしいわ、なんでこんなにあるの?」


 由美はよくよく考えるといまだに宿に宿泊できていること事態がおかしいと気が付く。


「美紀に借りているのよ」


「え?」


「あたしたち、もうとっくに赤字なのよ」


 葵の暴露に皆が青ざめた。


「でもね。その事を責めるつもりは無いわ。分からないようにしたのは私なんだから。だからといって――裏切り者とかいう口はコレかああああ!!」


 葵は怒って颯太のほっぺを思いっきり引っ張った。


「すみまふぇーん」


「いいこと、私達カッコ良く家を出たけど、これが現実! 本来なら今頃、私と由美はご飯欲しさに体を売りに行ってる頃よ、あんた達だって奴隷商人の元でしょうよ」


「葵、それはいくら何でも飛躍しすぎ……」


「そうかしら? あたし昨日、風呂の後にリリアちゃんから銀貨100枚の袋を渡されたわ。美紀に借りていたから断ったけど、あたし本当はその誘惑に負けそうになったわ!」


 葵はいきり立っていたが、大きく息を吐くと少し落ち着いて椅子に座った。


「以前にね。梨沙から美紀も似たようなことがあったって聞いたの。刀夜とケンカして出ていこうとしたとき、もし刀夜に迫られたら断れないって言って引き留められたって。生きていく力のない者は力の在る者に成すがままにされても、すがるしか方法が無いんだって。だからあたしは自分で生きていけるように何がなんでも自警団に入るの。入る為には何だって利用するわ」


 龍児からみて彼女は単なるお目付け役だと思っていた。だが彼女はちゃんとしっかりた考えを持っており、目標を掲げている。正直なところ今の自分より彼女のほうが輝いており、負けているとさえ感じた。


「葵、すまん。負担をかけさせてしまったみたいだな」


 龍児は彼女にあやまった。


「いいって、いいって。あたしの為でもあるわけだし」


 龍児は貨幣の入った袋の上に手を置いた。


「よし、美紀のこの金を借りよう。俺は必ず自警団に入る! そして絶対に金を返す!」


「よ、よし俺も」颯太がそのうえに手を置いた。


「あたしもやるわ」由美もそのうえに手を遅く。


「皆で必ず!」葵も手を添える。


 皆で目を合わせると大きくうなずいた。

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