第97話 自警団の精神

「副隊長、面会人ですよ」


 団員が昼飯中の彼女に声をかけた。仕事机でスープパスタのようなものをズルズルと音を立てて食べていた赤い髪の女性が振り向く。


 口に頬張った麺をむにむにと噛んでひと飲みにすると「誰だ」と聞いて残ったスープをイッキ飲みした。


「龍児というかたと他3名です」


「やれやれ、人の食事中に面会とか無粋な奴だ」


 龍児達は待合室のソファーに座って待っていた。自警団の入口で適当な人に声をかけたら最初は追い払われそうになった。だがレイラの名前を出すと丁寧に部屋に案内されて今に至る。


 待合室にはそこそこ立派なテーブルとソファーが中央で我が物顔で鎮座している。一般向けとは思えないような部屋であり、本来はお偉いさん向けなのではと彼らは緊張した。


 壁には自警団の紋章の入った大きな団旗が一面に飾られて、部屋の隅みにはフルプレートの鎧が大きな両手剣を手にしており、今にも動きだしそうである。


 否応なしにプレッシャーがかかる。


「街を守っているだけあって、やっぱ厳格そうだな。俺やっていけるかなー」


 颯太はプレッシャーに負けそうになって弱音を吐く。


「なぁに大丈夫。最初はキツイだろうが直ぐに慣れるって」


 龍児は余裕ぶってみせた。元々龍児は警察官か消防士を目指していたので、その程度の事は覚悟済みであった。


 そこに扉がノックされてレイラが一人で入ってくる。燃えるような赤い三つ編みのロングヘアーをなびかせてルビーのような赤い目が来訪者を一人一人チェックする。


 全員見知った顔だ。


 龍児がソファーを立つと皆がそれに習う。レイラは龍児の対面側のソファーにくると軽く手を差し出した。


「どうぞ、座ってくれ」


 龍児達はレイラの進められるままにソファーに座るとレイラも座った。そして手にしていた書類をテーブルに置く。


「さて、今日は何の用かな? 私としてはいい話が聞けると期待しているのだが……」


「俺達を自警団に入れてくれ」


 龍児は背筋を伸ばし、ふんぞり返るような姿勢で真顔で切願せつがんする。たのみごとと表情が合っておらず妙に滑稽こっけいな印象にレイラは一瞬目が点になる。


 レイラはじっとりとまとわりつくような目で龍児を見る。レイラの回答はすでに決まっている。元々こちらから誘ったのだから。


 だが龍児の駆け引きもない直球の要求に、いささか興ざめであった。もう少し会話を楽しみたいと思うと、意地悪もしたくなる。


「ほう、なぜ急に入る気になったのかな?」


「金がない!」


「就職もままならない状況なんでさぁ」


 龍児の言葉に颯太が説明を付け加える。レイラは大方そうであろうと思った。龍児達の体も服も結構汚れており、何日も風呂に入っていないため結構臭っている。コネのない異世界人の彼らが就職で苦労するのは分かっていた。


「ふむ、それは切実だな。だがなぜウチなんだ? 自警団はキツイぞ。しかも命懸けの仕事だ」


「俺が持っているコネはレイラさんだけだからだ」


 世間に揉まれて悟ったのか、誰かに知恵をもらったか、だが最悪になる前にそこにたどり着いたことにレイラは嬉しかった。


 どんな形であろうと貪欲に生きるために情報を集める。自警団に入ってからもそれは変わらない。むしろもっと貪欲になる必要がある。


「わかった。だが最後にとても重要なことをお前達、一人一人に確認しなくてはならん。これは自警団のスローガンでもあり、精神だ」


「それは、なんですか?」


 由美が訪ねるとレイラの表情が真剣になる。


「この街と人々の為に、その生涯と命を捧げると誓え!」


「それはできない!」


 龍児が真顔で即答した。颯太、由美、葵は龍児の態度に目が点になる。こちらが下手にでないとまずいのではと唖然とする。


 レイラは龍児がこの要求を飲めないのを分かっていた。彼らは元の世界に帰ろうとしているのだから。だが自警団に入るからには建前でもイエスと答えなければならない。


「俺達はいずれ元の世界に帰る。だから一生は無理だ。だが、その間ならこの命をこの街と自警団に捧げよう」


「いいのか? 死ぬかも知れんぞ」


「俺は死なない。皆を元の世界に返すまでは!!」


 その自信は一体どこから出てくるのかと、レイラは龍児との会話に疲れてきた。だがおおむね予想通りのといった感じで緊張感のある顔を緩めた。


「他の皆は?」


「右に同じ」と颯太。


「同じ条件でよければ」と由美。


「あたし頑張る!」と葵。


 レイラは軽くうなずいて、書類の束から紙を4枚取り出して龍児達の前に置く。そしてインクと羽ペンが添えられた。


「入団申請書だ。お前たちは字を書けるか?」


 レイラの質問に皆は渋い顔をする。それも予想通りと彼女は顔色も変えず説明を続ける。


「では、名前だけ書いてくれ。後は私のほうでやっておく」


 龍児は羽ペンを取るとインクに浸し、名前を書き始めた。羽ペンは一本しかないので順番である。


 その間を利用してレイラは説明を始めた。


「書類が通れば、数日以内に面接がある。先ほどの質問が最後に必ずあるから、嘘でもいい絶対にイエスと言え。翌日には合格通知が行く」


「あ、俺達は家を出て宿暮らしなんだ。連絡はそっちに頼む」


「家を出た? またどうして?」


 レイラはだからお金が無いのかと理解する。だが気になるのは家を出た理由のほうだ。


「色々あったんだよ……」


 龍児は視線を反らした。レイラはピンと来る。仲間の死で内輪揉めをしたのだと。


「……ケンカだな」


「…………」


 図星を突かれて龍児は黙りこくる。

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