第95話 就職難民

 ――約束の日から9日目――


 龍児達は宿屋の食堂で項垂うなだれていた。


 ウェイターから注文しないなら出ていってくれと言われるが、誰も居ないのを良いことに朝からいついている。


 彼らのテーブルにはジョッキはおろかティーカップすら置かれていない。つまり本当に何も頼まず居座っていた。ウェイターから非難されるのは至極当然であった。


「こうも街が閉鎖的とは……」


 由美は自分達がこんなに危機的になるとは思わなかった。誤算だった。龍児達は働き口を探していたのだが全敗していたのである。


「どうしょっか?」


 葵はもうリクルートの案が浮かばなくなり尋ねた。もう手持ちのお金も残り少なかった。自分達の行く先は真っ暗である。このままでは乞食をやるしかなくなるのではないかと、そんな未来しか見えてこなかった。


「働くしかないしっょ」


「それを尽く断られているのが問題なんですが」


 颯太の的はずれな意見を由美が指摘する。あまりにも外れすぎて、もっと罵倒してやりたいが気分がのらない。というより気力が湧かない。彼女はずっと脱力感に襲われていた。


「まさか高2でもう就活するとか、夢にも思わなかったわ~。元世界でも私こんなのかな――」


 葵はテーブルにだらしくなくへばりつく。就職なんて大学に入ってから考えれば良いと考えていた。まだまだ先の話だと思っていたし、欲を言わなければ就職なんてどうにでもなると思っていた。


「ここが特別なのよ」


「いっその事、刀夜君の所でお世話になるとか?」


 葵はチラリと龍児を伺った。ここのメンバーは龍児が中心となっている。したがって彼さえ説得できれば他の二人はなし崩しに家に戻るだろうと葵は踏んでいた。


「ヤツの世話になんぞ死んでもなりたかないね」


 龍児の言葉に葵は再び項垂れた。何度か説得したが返ってくる言葉は同じである。


「もうすでに散々世話になってますが……」


「うぐっ!」


 由美の突っ込みに龍児は言い返せなかった。


 そこにリリアと美紀が宿の扉を開けて入ってくる。


「いらっしゃいませ、好きな席にどうぞー」


「すみません。持ち帰りです」


 ウェイターのお姉さんが席を進めたが、家には皆が腹を空かせて待っている。リリアは持ち帰り用の大きな多段のバスケットをカウンターに置いて、料理の注文を始めた。


 美紀が手を振って龍児達の元へと寄ってきた。葵が同じく美紀に手を振って返す。彼女達の出会いは偶然ではない。葵は龍児達がこの宿を拠点にしていることを舞衣達に伝えてあったのだ。なので偶然を装って様子を見にきたのである。


「皆、こんな所で何やってんの?」


「見てのとおり、就職難民してる」


 美紀の問に葵は項垂うなだれたまま答える。美紀はそんな葵の隣の席に座わった。


「刀夜言ってたよ、就職はコネか縁が無いと難しいって」


「それを痛感していた所ですわ」


 美紀はこの世界での就職の難しさなど含む街のルールついて刀夜から聞かされた。だがそれを知らなかった龍児達は今ここにきてようやく痛感したのであった。


「お金は大丈夫なの?」


「かなりピンチかな……今からじゃ就職できてもヤバい感じ」


 葵がようやく体を起こすも、あまりにも行き先が不安すぎてどこかはるか先を見つめてぼーっとする。


 美紀はテーブルの下で銀貨を15枚握りしめると、誰にも悟られないように葵の手を拳でコツコツと小突く。そして葵の開いた手の平に銀貨をそっと握らせた。葵はそれをポケットへとしまう。


「……あんがと」


 周りに聞かれないようささやいた。直接渡せば彼らは受け取らないだろう。余計に意固地になるだけである。


「所で刀夜君はどうなの?」


「それが……今、鋼を作ってる所なの」


 美紀の意外な返答に由美達は目を丸くして驚く。そして皆が疑問に思ったことを颯太が訪ねた。


「鋼って、買ったじゃないか? 何やってんだアイツ」


「それが……説明されたんだけとよく分かんなくって……」


 刀夜は良質な鋼をボナミザ商会から入手したハズである。したがって時間には余裕があるのだとばかり思っていた。


「皆さんお揃いですか?」


 注文が終わったリリアが顔を出してきた。


「ヨォ。奴が鋼を作ってるってのはどういう事だよ?」


「……何でも刀夜様が言うには刀には硬い鋼と柔らかい鋼が必要とのことなのですが、購入された鋼は硬いので柔らかい鋼は作る必要があるとか」


 リリアは刀夜から説明されたとおりに彼らに話した。しかしそれでも疑問は残る。


「じゃあ、それも買えば良かったんじゃねぇの?」


「それが鍛冶屋ギルドから嫌がらせを受けていて、手に入らないんです」


「ちょっと、会員を守るのがギルドじゃないの?」


 由美が不服を口にする。確かに刀夜からそんな話を食事の時に聞かされていた。


 しかし、実際には嫌がらせは半分だけ正しかった。良質な鋼は賢者の協力無くしては作成できない。全くできないわけでは無いが非常に効率が悪い。


 そして賢者が鋼の作成に手伝いに来てくれるのは年に一回だけなのである。その時に何トンもある鋼が作成されて会員に分譲される為に、刀夜のような新参者にはその年の分の鋼は無いのである。


 しかし今回刀夜が要求したのは柔らかい鋼を作るためのケラと呼ばれる鉄である。これは大量にギルドが所有しているはずであった。にも関わらず刀夜に回らないというのは嫌がらせの何者でもなかったのである。


「彼も苦戦しているのね……」


「もう凄いの。人が変わった見たいに、2日間近くずーっと不眠不休で炎を相手に作業しててね。一昨日も炉を作り直してまた作ってるの。今日の昼までに2回目が取り出せるって言ってたけど……あれじゃ死んじゃうわ」


 龍児はなぜ刀夜があんなに焦って急いでいたのかようやく理解した。刀夜には本当に時間が無かったのである。


 しかし例えそのような理由があったとしてもあのような態度は許せるものではなかった。


 美紀は龍児の袖を掴んで懇願する。


「ねぇ、帰ってきてよ。刀夜を手伝ってあげてよぉ」


 だが龍児達は渋い顔をした。手伝ってと言われても鋼の作り方など知らない。ましてや鋼作りというものは職人にしかできないような仕事である。一介の高校生ができるはずない。ただ一人を除いては。


「リリアちゃんからも言ってやってよ!」


 美紀はリリアにも説得をするよう促したが彼女は首を横に振るとキッパリと否定した。


「刀夜様は鋼作りは自分にしかできないと言ってました。現にご親友の晴樹様ですら手を出していません。皆様が戻られてもできることは無いと思われます」


 美紀は悲しそうにすると龍児達の説得を諦めた。確かに彼女のいうとおりだ。鋼作りは美紀の目から見ていても刀夜が苦戦しているほどなのである。


 龍児たちに手伝ってもらってもできることは少ないだろう。下手をすればまたいがみ合うかも知れない。


「彼も必死なのね……」


 由美は自分たちが恥ずかしくなった。刀夜は必死に命懸けで生きる道を模索して足掻いているのに自分達は簡単に就職を諦めているではないかと。


 負けてはいられないと思うのであった。

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