第94話 ひまわりの花

 龍児と舞衣は重い足取りで刀夜の家へ戻ってきた。あの後、リリアに二人の埋葬手続きをしてもらうと、直ぐに二人は聖堂の共同墓地に埋葬された。


 龍児は皆にどう報告したら良いかと悩んで玄関前で立ち竦む。リリアはそんな龍児の気持ちを察して後ろでじっと待っている。


「龍児君、じっとしていても仕方がないわ」


「ああ、そうだな」


 龍児は扉を開けて中へと入ると、刀夜以外の皆がリビングに集まっていた。報告を聞きたくて一斉に龍児へと注目が集まる。


 その時、工房のほうから小槌こづちたたく音が聞こえてきた。龍児は血相を変えて工房の扉を開けると、そこには刀夜が赤く焼けた鋼をたたいている。


「てめぇ、こんな時に何やってやがんだ」


 龍児はありえないだろうという思いで怒鳴った。


 命が掛かってるとは言え玉鋼たまはがねを手に入れた段階で時間的猶予ができたはずである。仲間の安否より急ぐ理由は思い当たらない。


 この男がどういうつもりで、そんな事をしているのか聞いた。


「俺は俺のやるべき事をやっている。遺体はどうだったんだ?」


「仲間が死んだんだぞ!」


「それは最初の報告で分かっている」


 刀夜は振り向きもぜず、ただ淡々と鋼を打つ。赤く焼けた鋼から火花が散る。


「この、糞野郎!」


 いきり立った龍児が刀夜に詰め寄ろうとすると、一斉に皆が彼を止めた。


「智恵美先生が死んだんだぞ! 咲那も死んだんだ!」


 二人の名を聞いて振り上げた小槌こづちがピタリと止まる。


「拓真は?」


 龍児を押さえているリリアが彼の代わりに答えた。


「確認できたのはお二人だけです」


「……そうか」


 刀夜は再び小槌こづちを振り下ろすと鋼から線香花火のような火花が散った。刀夜が鋼をたたくたびに悲しげな火花を散らす。


 龍児は詰め寄るのを止めた。


「そうだった。そうだったな。テメーはそういう奴だったぜ。あの時も、あの時もだ」


 龍児は水沢有咲や金城勇馬、藤枝一郎の事を思い出していた。クルリと背を向けると工房を後にしてリビングに戻ると荷物をまとめだす。


「龍児君、どうするの?」


 嫌な予感がした舞衣が訪ねると龍児は「出ていく」と言った。


「あんな奴と一緒にいるなんざ、ご免だぜ!」


「あ、だったら俺も行くぜ!」


 颯太はひょいひょいとリビングに上がると龍児同様、自分の荷物をまとめ出した。


「私も龍児くんと同意見だわ……」


「ゆ、由美さんまで……」


 由美が長い髪を片手で払いながら、出ていくと主張すると、彼女は荷物をまとめに女子部屋へと入ってゆく。


「あーあ、結局こうなるのね……」


「やっぱり行くの?」美紀が訪ねる。


「だって仕方が無いじゃん」


「……葵ちゃん」


 葵は本当は刀夜の態度に怒っている。だがもうたった9人となった仲間の絆をここで絶ってはいけないと考えていた。いざとなれば自分が龍児達を説得しなくてはならないと。そして刀夜のことは美紀に託した。


 葵は美紀に笑顔を送って、女子部屋へと入ってゆく。


「ば、ばかげてるわ! こんな事でみんなバラバラになるなんて! そうよ、刀夜君よ彼が謝れば済むことよ!!」


 舞衣は焦っていた。


 以前に拓真から自分に何かあれば次のリーダーを頼むと委ねられていたのだ。正直いって勤まるとはおもえなかった。


 案の定、皆はバラバラとなってしまった。幸か不幸か事件のおかげで刀夜に甘える形となったが集まることができた。


 ひとつ屋根の下うまく行きそうだったのに……舞衣は刀夜を説得するために工房へと向かおうとする。


 だがそこにリリアが両手を大きく広げて入口をふさいだ。彼女がこんな行動をするとは思っても見なかった舞衣は驚く。


「リリアちゃん?」


「ダメです! 例え皆様でもご主人様の邪魔はさせません!」


 彼女の言葉に舞衣は戸惑う。


「――あ、あのね、リリアちゃん。これは刀夜が悪いの、だからね……」


 主人の事を悪く言われてリリアは悲しくなった。今にも溢れそうな涙を目に浮かべて上目遣いに舞衣を睨む。喉の奥から込み上げてくるものを必死に押さえて。


 舞衣はリリアが奴隷であることを思い出した。主人のためなら彼女がこのような行動に出てもおかしくはないのかも知るない。だがそれだけだは無いような気もする。涙混じりで睨み付けくる目の奥には彼女の意思を感じた。


 リリアの意思の強さに舞衣は刀夜の説得を断念した。


 龍児の準備が終わるのと同時に颯太の準備も終わる。


「他についてくる奴は?」


 龍児の言葉に誰もリアクションしない。ただじっと彼の様子を伺っていた。急な展開について行けないのが本音だが、明確に居残るつもりがあるのは晴樹と梨沙ぐらいである。


「じゃ行くぜ。達者でな」


 龍児は玄関の扉を開けて振り向きもぜずに出ていく。


「んじゃーな。バイビー」


 颯太は軽やかな足取りで出ていった。


 女子部屋から由美と葵が出てくると、由美は無言で、葵は美紀に笑顔で手を振って出ていった。


 舞衣は台所で呆然と見送った後、リビングの床へと座り込み落ち込んだ。見かねた梨沙が彼女の肩に手をやる。


「大丈夫だよ。葵がいる。私達一緒に居なくてもバラバラになったりしないよ。最初に龍児が出ていったときだって結局力貸してくれたじゃい」


 舞衣はいつも孤独にみんなと距離を置いていた彼女が、こんな風に気遣ってくれるほど、心を開いてくれていることに驚いた。


 人は変われる。ならば少しづつでも一つになるべく前へと進んでいるのだと思えると涙がホロリと流れた。


◇◇◇◇◇


 リリアは静かに工房へと入っていた。小槌こづちで鋼をたたいている主人を背中をじっと見ていた。


 ご主人様は、刀夜は、本当に酷い人なのか? 冷血な人なのか? 彼女はその答えを探していた。


 そして鋼をたたいている刀夜の腕に力がこもっていないことに気づく。先ほどから赤く焼けた鋼が形を変えていなかった。


 それだけではない、そもそも鋼をたたく処か小槌こづちを握るのでさえ苦痛を伴っているハズなのだ。指をへし折られて治癒したとしてもその痛みは伴う。


 鋼などたたけばその衝撃は耐え難いほどの激痛となる。


 ご主人様はわざと自分を痛めつけているのではないか、そんな疑念が過ったとき、ガキッっと歪な音がした。


 刀夜は鋼を打ち損ない、赤く焼けた鋼が宙を舞うと彼の足元に落ちた。力なく項垂れる彼の背中がリリアの目に飛び込む。


 体は大きくなくとも、いつも冷静で自信に溢れていた彼の大きな背中がああも小さくなっていることに驚く。


 灼熱に焼けた鋼に雫が落ち、小さな蒸発の音と伴に消えたとき、リリアは思わず背中越しに抱きついた。


 刀夜は声を殺して号泣していた。崩れるようにリリアに抱きつき、彼女の胸の中で静かに泣いた……


 刀夜にとって遠藤智恵美先生は晴樹に次いで守りたかった人物である。


 彼女はいつも明るかった。クラス皆の相談にも乗り、まるで友達かのように生徒とお菓子を食べて恋愛の失敗談を明るく話す。


 みんなそんな彼女が好きだった。それは刀夜も例外ではない。


 友達もいるし、いじめを受けるわけでもないが彼女はよく気を使って話かけてくれていた。教師だからといって上から目線で語ることもない。まるでひまわりの花のような人だった。


 こんな世界で死んでいい人なんかじゃない。刀夜がそんな思いに気がついたのは巨人の時である。


 もう誰もどうなっても構わないと思ったのに、彼女が死の縁に立たされると助けたいと思った。そして自らの危険をかえりみず助けたのである。


 彼の中に初めて守りきれなかったという無念の思いが沸いたのだった。

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