第88話 ばれた秘密

 龍児達はオルマー家の前にまで来ていた。屋敷の周りはブロックと鉄格子で囲まれているがその内側には中が見えないよう背の高い木が植えられている。


 中の様子を伺うには格子だけの正門しかなく、門の両脇にある煉瓦柱に隠れて中を覗いていた。


 門の中は暗いが広い造園がいかにも金持ちらしい。中央には噴水らしきものがあるが今は止まっている。その奥に二階建ての屋敷があり、窓の数は多くて所々明かりがついている。龍児達の行動は端からみるとこそ泥のようで怪しいことこの上ない。


「情報によればこの屋敷にカリウスとかいう奴がいるはずだが……」


 玄関の柱に隠れて顔だけを串団子のように並べて屋敷内の様子を伺う。


「どうする? 突っ込むか?」


 龍児の問いに晴樹は答える。


「だが刀夜がここにいるとは限らないし……いませんでしたではまずい」


「刀夜様……」


 リリアが心配していると屋敷の扉が開いて中の光が大きく溢れる。そして刀夜を抱えた執事が出てくる。


「刀夜様!」


 思わずリリアは大声を上げて格子門にへばりついた。執事は彼らに気がつきながらもゆっくりと近づいてくると、門を開けて刀夜を屋敷の外へと投げ捨てた。


 どさりと落ちた刀夜はピクリともしない。


 青ざめたリリアは刀夜の名前を何度も呼んで彼の意識を確かめるがまったく反応がなかった。


「てめぇ!!」


 龍児は怒り、腰の剣に手をかけた。しかしそれを晴樹が即座に止める。


「約束通り、30日だ。30日猶予をやる。それまでに約束の品を作ってこい。できなければ死んでもらう。お目に叶わない品であっても同様だ」


「ど、どういうことですか」


 舞衣は執事の言っていることが理解できず問う。


「目が覚めたら、そいつに聞け。目が覚めればな……」


 執事は睨みつけてきたリリアに吐き捨てるように言った。


「こんな淫婦いんぷ奴隷ごときに貴重な古代金貨使ったばかりか命を散らすとはバカな奴だ!」


 執事は門を閉めて奥へと下がってゆく。


「え、いま、なんて……」


 あまりの衝撃的な言葉に皆は耳を疑った。


淫婦いんぷ奴隷って……リリアちゃんのことなの?」


 美紀が信じられないと言った表情でリリアを見た。皆の視線にいたたまれなくなったリリアは顔を反らした。刀夜と秘密にしておくと約束したのにいきなりバレてしまった。


「それより早く刀夜を医者に見せないと!」


 晴樹が刀夜の様態が危険であると判断した。


「晴樹様、もう病院の営業時間は終わっています」


「そんなのたたき起こせばいい」


 リリアは首を振った。診療所に行ってもそこには医療魔術師はいない。彼らの家は大抵別である。家を探している暇があれば自分でやったほうが早いが、人目のつくここでは魔法は使えない。


「医者より家に連れてってくれませんか」


「しかし……」


「あたしが必ず助けます」


 リリアの目は力強く晴樹に訴えかけた。


「俺が担ぐ」


 龍児は軽々と刀夜を背負うとできるだけ揺らさないよう気を使いならがら家へと走り急いだ。


◇◇◇◇◇


 家にたどり着くと龍児はリビングに刀夜をそっと寝かせる。リリアは躊躇ちゅうちょせず呪文の詠唱に入った。


「我が親愛なるベェスタの神よ、この者の傷を癒したまえ。ヒール!」


 リリアの手が青白く光ると魔方陣が形成された。刀夜の体をその光が包み込むとみるみる腫れが退き、流れた血が皮膚内に吸収された。


「こ、これは魔法!」


 龍児は驚くと同時に自警団の連中に助けられたときの事を思い出した。間違いない呪文も同じなら治りかたも龍児が見たものと同じだ。


 リリアは刀夜が回復できているか呼吸を確認する。刀夜は意識を戻していないが呼吸はリズムよくしていた。これで命は助かるだろう。安堵のため息が漏れる。


 そして直ぐに龍児達に土下座をした。


「あの、どうか、奴隷や魔法の事はご内密にお願いします。刀夜様には内緒にしておくようにとのご命令なのです」


 舞衣はプルプルと震えているリリアにそっと手をかかけた。


「大丈夫、誰にも言わないわ。でも説明はしてちょうだい」


 しかしリリアは口を噤んでしまう。刀夜の許可なしに勝手に話すことができなかったのだ。


「す、すみません。それは……」


 リリアは心苦しかった。せっかく協力してもらった皆に隠し事をしなければならなかったことを。


「それも刀夜から口止めされているの?」


 リリアはコクリと頷いた。奴隷であることを秘密にする以上、刀夜との出会いのなれそめすら語るわけにはいかない。


「刀夜様はこんなあたしに優しくしてくれるんです。わたしは刀夜様に捨てられたくありません。な、なのにあたしは約束を破ってしまいました……」


 リリアの目から大粒の涙がボロボロと流れ落ちる。彼に見限られれば再び奴隷として売られ、今度こそ酷い目にあう。今のような幸せな時間は二度と得られないことを彼女は恐れた。


「大丈夫だよリリアちゃん。刀夜くんはこんなことでリリアちゃんを捨てたりしないよ」


 美紀がリリアに優しく抱きついて彼女を励ました。


 彼にはどこか闇がある。だが美紀の知っている刀夜はそんなことをするはずはないと信じていた。


「そうですわ、刀夜君はそんなことしませんわ」


 舞衣もリリアの肩に手をあてて励ます。


「もし、そんなことしやがったら俺に言え。ボコボコにしてやっからよ」


「ちょ、なんで龍児はすぐに暴力に走るかなぁ」


 葵が龍児の頭をたたくと、笑いが起こった。つられてリリアも涙を拭きながら笑顔を向ける。


「みなさん……刀夜様は素敵な仲間をお持ちなんですね」


「素敵? 素敵かなぁ~」


 首を傾げる颯太に「空気読めよ」と葵が突っ込みを入れると颯太の腹が鳴る。


「そういや俺たち飯の途中だったな……」


「す、すみませんすぐに夕飯を作ります」


「あ、私も手伝いますわ」


「じゃ私も手伝う」


 舞衣と由美がリリアと一緒に台所に入る。


「龍児、今日は泊まっていったら? 寝る所はここになるけど」


「む、んーそうだな今日だけな」


 晴樹に誘われて龍児はそうすることにした。まだ目を覚まさない刀夜のことが気にもなったが、リリアという娘のことも気になった。


 只の彼女なら放置する所だったが奴隷という立場を気にした。もし刀夜がこの娘に対し非道なことをしているなら連れ出すのもやむなしだと。今のところその心配は無さそうではあるのだが、やはり気になるのであった。


「リリアちゃんはやはり刀夜の部屋で寝なよ」


「ええッ で、でも……」


「傷が直ったと言っても刀夜が心配で離れたくないでしょ」


「そ、そ、そ、それは、ご主人様の心配す、するのは、と、当然で……」


 晴樹の気遣いにリリアは動揺し顔を真っ赤にすると、恥ずかしさのあまり握っている包丁をプルプルとさせた。


「リリアちゃん。台所はあたし達がやるわ」


 舞衣が危なげなリリアに苦笑して包丁を取り上げた。


「ん、となると女子部屋は私と美紀、舞衣と由美と梨沙、一人多い。てな訳で美紀一緒に寝ようよ」


「えー葵と一緒に寝るのぉ~」


 美紀がジト目で嫌がる。


「あれ? 2人は中が良かったんじゃないのか?」


 梨沙が疑問に思った。


「葵ってばいつも寝ぼけてあたしの胸を揉んでくるのよ」


「ああ、だから美紀の胸でかいんだ」


 颯太が不用意に女子の会話に入ってしまうと美紀は慌てて胸を隠し、嫌そうな顔をする。


「颯太ぁぁぁ。あんた、ホントッさいッてぃ!」


 葵が怒りの表情でプンスカと怒る。


「ええッ。だってヨォ聴こえるように喋ってるくせに、こんなの理不尽だぁ!! なぁ、どう思うヨォ?」


 颯太は龍児達に同意を求めたが、龍児と晴樹は我関知せずと言わんばかりに顔を反らした。


「ニヤけてた癖に、ずりぃ!!」


「では、あたしはお風呂の用意をしますね」


 リリアはクスクスと笑いながら工房へと入っていった。


「え、今、お風呂っていった?」


「言った言った」


「マジでお風呂あるのぉ!?」


 梨沙と美紀、葵がリリアの後を追うと工房の一角にピンクのカーテンで仕切られた部屋があった。リリアは直ぐ隣にある湯沸かし炉に薪をくべて火をつけようとしている。


 三人がカーテンの中をのぞくと右側には棚が、左には刀夜の作った簡易シャワー装置。床には簀子が敷かれていた。バスタブはまだ用意できていなかったが、今の三人にはシャワーだけでも十分嬉しいしろものであった。

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