第89話 玉鋼を探せ

 刀夜が目を覚ます。


 見覚えのある天井、見覚えのある壁、ここは自分の部屋だと認識するのにさほど時間はかからなかった。


 布団の中の右腕を動かそうとすると指にピシピシと激痛が走る。安静にしていれば我慢はできる程度で、左手も同じ状況のようだ。


 痛みを我慢して右手を顔の上に掲げてみると、へし折られたはずの指は治っていた。


「治癒魔法か」


 首を横に向けるとリリアがベッドの横でスピスピと寝ていた。彼女は石畳にしゃがみこんでしまっている。


 目が覚めたらさぞ足が痛いだろうにと申し訳なく思うとリリアの頭と優しく撫でた。彼女の髪は癖毛ではあるがサラサラとした感触がなんとも心地よい。


「んん……」


 リリアが目を覚ます。


 寝ぼけまなこでまだ頭が覚めきっていない。


「おはよう」


 リリアは刀夜の挨拶にハッとすると自分が眠りこけてしまったことに気がつく。


 慌てて立ち上がろうとするが足が痺れてしまいもつれさせてしまう。そしてあわあわと慌ててバランスを崩して刀夜の上に倒れこんでしまった。


『ぐっ!』全身に激痛が走る。しこたま殴られたダメージが残っており、涙がでそうだ。


 リリアが再び目を開けると刀夜の顔が今にも触れんばかりの位置にある。


 お互い目が合ってしまうとリリアの心臓が大きく鼓動して胸が痛いほどであった。なんたる失態かと彼女は恥ずかしくて顔はのぼせ上がりそうになる。


 震える口が今にも彼に重なりそうだ。


「リリアちゃん! どうしたの!」


 ドアを勢いよく開いて葵が入ってきた。リリアは振り向いて葵と目が合うと恥ずかしさのあまり、耳まで赤くなって口が震える。


「あ……お邪魔だったみたいね……ごめんなさい……」


 葵も赤面して目を反らして、そっと扉を閉めようとする。リリアは慌てて「違うんです」と葵に弁明しようと扉へと走るが、またしても足がもつれてしまい、閉じた扉に顔をぶつけてしまった。


 刀夜は意外とおっちょこちょいだなと思いつつも、体を起こそうとするが痛みで体が起こせず、早いこと手を貸して欲しいと思うのであった。


 でなければ尿意の限界に来ている自分も喜劇の役者になりかねない状況なのだ。


◇◇◇◇◇


 ようやく尿意から解放された刀夜はリリアの肩を借りてリビングへと戻る。テーブルには皆が揃っており、朝食の用意をして待ち構えていた。


「刀夜、体は大丈夫なのか?」


 最初に口火を切ったのは晴樹である。


「正直、まだ身体中が痛くて自由には動かせんな……」


 刀夜はテーブルに置いた自分の手を見て、力を入れてみるが痛みが走って自由には動かせなかった。


「ヨォ、てめぇ、その娘が奴隷とは、どういうことだよ?」


 龍児の言葉に刀夜は驚きリリアを見た。リリアは体をビクリとさせると土下座をする。


「も、申し訳ありません。奴隷であることも魔法が使えるのも知られてしまいました。ど、どうかお許しを……」


 皆は刀夜がどう返答をするつもりなのか息を飲んで彼の言葉を待った。


「バレたものは仕方がない。あと土下座は禁止といったはずだ」


「はい……」


 刀夜はため息をついて皆の顔を見回した。


「彼女は……知ってのとおり『元』奴隷だ。だが俺はそのように扱うつもりはない。ただ彼女には色々な面で俺の協力をしてもらいながら自立してもらたいと考えている。それまでの間、彼女が奴隷であることも魔法が使えることも極秘にして欲しい。特に奴隷についてはずっとだ」


「特にってことは、魔法は別なの?」


 舞衣の問いに刀夜が答える。


「彼女には魔術ギルドの会員になってもらおうと考えている。そうすれば社会的な地位はドン底から上位になる。そうなれば万が一、奴隷がバレても下手な扱いはできなくなるからな」


「魔法使いってそんなに地位があるの?」


 葵が質問すると、刀夜はその質問についてはリリアのほうが詳しいので彼女に説明をさせた。


「魔法を扱える者は極僅かしかいません。扱える資質を持った人間が希な為です。対して魔法使いの活躍する場は多く、全く手が足りないのが現状です。なので社会的地位だけで言えば賢者に次ぐと言われています」


「要はリリアが魔術ギルドに登録されれば、ギルドが彼女を守ってくれる」


 リリアと刀夜の説明に舞衣は考え込む。さらに疑問をぶつけようとしたとき、刀夜は彼女の口を止めた。


「奴隷と魔法の件はバレたから仕方ないが、これ以上は腹の内はさらせない。どこでどう情報が漏れるか分からないからな。さっきも言ったがこれは内密にしてくれ」


「そいつは分かったけどよ、30日ってのは何だよ?」


「30日?」


「屋敷の奴がいってたぞ、30日以内に何かで死ぬって奴だよ、オメーに聞けっていわれたぞ」


 刀夜は暫く間を置いてようやくカリウス・オルマーとの約束を思い出した。そういえばいつまでに作れるか聞かれたような気がするが、なんと答えたのかまったく覚えていなかった。


「奴には詫びの品として刀を一振り打たないといけなくなった」


「それって、昨日の頭の片隅ってヤツ? そんなことできるの?」


 葵にはいくら爺さんが刀匠でその手伝いをしていたとはいえ、所詮は手伝いなのだから無理なように思えた。


「刀を打つこと自体は問題ないんだよ。もう何本も作ってきからな。だが問題なのは……」


「原材料だね」


 晴樹の言葉に刀夜はうなずいた。


「刀の原材料は玉鋼たまはがねという鋼を使うのだがこの入手が難しい」


「この世界に無いの?」


 今度は美紀が不安に刈られて質問にした。


「存在する。だがどれほどの代物か分からないうえに一般市場には流通していないらしい。その殆どは鍛冶屋ギルドが牛耳っていて、異国人の新参者である俺には回すつもりは無いようだ」


 刀夜は閉鎖的な鍛冶屋ギルドの入会時にギルドの長がいとも簡単に許可したときのニヤけた顔を思いだして腹を立てた。入会させてしまえばコネとしての面子は保てる。後はじわじわと難癖つけて潰すつもりなのだ。


「ええーじゃあ、どうするの?」


 これでは八方塞がりとしか聞こえない。


「最悪、自分で作るしかないな」


「刀夜、いくら何でもそれは……」


 晴樹もさすがにそれは無理だと感じた。


「たたら製鉄の製造行程は爺さんに連れられ、ほぼ毎年見てきた」


「刀夜、見てきたとやったことがあるには天地ほどの差があるよ、それに材料はあるのかい?」


 晴樹は予想通りの答えが帰ってきたと言わんばかりに核心を突いた。製造工程を知っていても良質な鋼には良質な材料が必用だった。そしてやってみて始めて分かることも多く問題解決には熟練の経験が必要だ。


 刀夜も分かっているだけに晴樹に言い返せなくなった。


 彼の言っていることは最もなのだ、だがやらなくては命に関わる。もうできる出来ないの問題ではなかった。


「――あの、刀夜様。一度ボナミザ商会に裏で流通していないか問い合わせてみてはどうでしょう?」


 リリアの意見に刀夜は成るほどと思った。とは言え、ボナミザ商会が扱う商品とはとても思えないがダメ元で当たっても良いかと思った。


「そうだな。ダメ元でも行ってみるか……」

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