第87話 カリウス・オルマー

 舞衣達は刀夜と出会った宿へとやって来た。食事時とあって店内にはそれなりに人が入ってて賑わっている。


 そんな中を舞衣は迷いもせずに店の奥、窓際のテーブルへと足を運んだ。そこは美紀が刀夜を見つけたときに皆で座っていた場所である。


 案の定、龍児達が食事をしている。


「いたわ!」


 舞衣は龍児達のテーブルへとやってくるな否や両手でテーブルを叩いた。


「龍児君、大変よ!」


「んん? どうしたい」


 龍児は口に料理を突っ込んだまま返答した。由美達は舞衣のただらぬ様子に目を向ける。


「刀夜君が拉致されたわ」


 龍児は下品にも口にしていた料理を吹き出すと、向かいにいた不幸な颯汰に飛び散らせる。なんと悲惨なと由美と葵は颯太に哀れみの目を向けた。


「はぁ? あいつが拉致!?」


 龍児は口許を拭きながら、目を白黒させていた。


「どういうことなの?」


 由美が訪ねると、時間の惜しい舞衣はわかる範囲で簡潔に答える。


「以前に、リリアちゃんを助けたときの事を根に持った奴の仕業よ。かなり危ない奴らしいの」


「ケッ、なにやってやがんだあのバカは」


 後先考えずに突っ込む男に言えた義理ではないと皆の目が点になる。


 そこに半泣きになったリリアが舞衣と龍児の間に入った。そして龍児の手を両手で掴み、頭を下げて哀願あいがんしてくる。


「お願いします。刀夜様を助けて下さい!」


 そんなリリアに龍児はフンと鼻息をひと吹きした。


「しゃーねぇ。可愛い娘に泣きつかれちゃ断れねぇか……で? なんか宛はあるのか? 奴が連れ去られそうな所って」


「場所はわかりません。ただ連れ去ったのはオルマーという人だとしか」


 リリアが『オルマー』の名を出した瞬間、宿の食堂は一斉に静かになって注目を浴びた。まるで時間が止まったかのように視線を向けてくる。


「な、なんだよ。あんたらオルマーが誰なのか知っているのかよ?」


 龍児の質問に後ろの席に座っていた年寄りが答えた。


「この街でオルマー様を知らんとは……他所者か」


「ああ、そうだよ他所者だよ。だから教えてくれ!」


 龍児は年寄りに詰め寄った。


「寄るな! ったく最近の若者は……礼儀を知らん」


 龍児達は年寄りよりオルマーの事と屋敷の位置を教えてもらうと、礼を言って宿を後にした。


◇◇◇◇◇


 刀夜は引きずられている感触で意識を取り戻す。どこかの屋敷の廊下らしく床には青い絨毯じゅうたんがどこまで続くのかと思えるほど敷かれていた。


 どうやら首根っこを捕まれて引きずられいるようだ。


 身体中痛くて身動きできないので視線だけを動かして周りを確認する。窓の外はすでに暗く、壁にはランプと色々な種類の剣が飾られていた。


 刀夜を引っ張っている者の足が止まると大きなドアの前でノックをする。


「入れ」の一言に勝手に扉が開く。


 刀夜をボコボコにしていたハゲの男が扉を開けていた。


 部屋の床は廊下と異なり、赤い絨毯じゅうたんが敷かれている。出入り口には甲冑かっちゅうの置物があり、観葉植物らしきものが部屋の角に飾られている。


 そして壁には色々な宝石できらびやかに飾られた剣が所狭く飾られていた。


 間違いない……コイツは相当な剣マニアだ。刀夜は情報通りだと内心ほくそ笑んだ。


「おい、気がついているなら立て!」


 ゴツい執事が刀夜を促すように軽く蹴った。刀夜は痛む体に鞭をいれてヨロヨロと立ち上がる。


 応接室にあるようなテーブルとソファーのその向こう。大きな机と大きな背もたれのレザー製の椅子にふんぞり反って座っている男が刀夜を見ていた。


 金髪のおかっぱ頭、細長い馬面に細い目。あの時の仮面をイメージして被せると間違いなく奴隷市場にいたピエロの男がそこに居た。


 着ている服は、これが普通なのか貴族のような衣装で、ピエロの時とはうって変わってシックで落ち着いた服であった。


「フン」


 挨拶でも罵倒でもなくただ鼻息を吹かしただけの男に刀夜は視線を反らさなかった。


「おい、貴様。牢屋で言っていた事を忘れていまいな」


 主に変わって執事が刀夜に声をかけた。


「ああ、覚えているとも」


 刀夜はキョロキョロとわざとらしく部屋を見回した。


「さすがオルマー様。これだけの剣を揃えていらっしゃるとは、なかなかどうして圧巻ですね」


「何がいいたい?」


 ようやく金髪キノコが口を開いた。名はカリウス・オルマー。


「私はカリウス様に、ここには無い非常に珍しい異国の剣を作ってみせることができます」


「貴様の目は節穴か? ただ珍しいだけでここにある剣を上回れるとでも思っているのか?」


 カリウスは椅子に肘を付いて首をかしげ、刀夜を見下すと不快感を露わにした。


「私の剣は、ここにあるような無用な装飾を施さずとも人を魅了します」


「貴様、私のコレクションを愚弄ぐろうする気か?」


 カリウスは怒るでもなく落ち着いたようすで刀夜を蔑視べっししていた。しかしながら彼の眉がピクピクしており、内心は怒りを貯めている。


「いいえ、とんでもない。これはこれで中々。ただ私の提供できる剣は長い歴史の中で、実用性を兼ね備えたまま人を魅了する領域に達した芸術品です」


 カリウスは顎で執事に指示をすると。執事の丸太のような拳が再び刀夜のみぞおちに入る。前屈みに悶絶もんぜつしかけると今度はローキックで転ばされて床に頭を打ち付けた。さらに容赦なく蹴られて転げる。


「フン、助かりたい一心で寝ぼけたことをほざくな」


 刀夜は苦しみながらもさらに説得を続けた。


「み、見てのとおり……俺は異国人だ。あんたの知らない技術を……持っていても……おかしくはあるまい」


「まだ言うか!」


 執事が怒鳴り、さらに何度も蹴りをいれるとカリウスは手を挙げて執事を止めた。


「よかろう。では何日でそれが作れる?」


「さぁ……ん」


「三日か?」


「……じゅう……」


「30日か」


 刀夜はそれ以上答えれなかった。すでに気絶していたからだ。


「よかろう30日猶予をやる。つまみ出せ」


「はッ」


 カリウスの命令により執事は刀夜を脇に抱えると部屋を出ていった。ハンスは刀夜にがっかりしていた。思わせ振りなことを言うから何かと思えば剣を作るなどと……実にくだらないことに時間を使ってしまったと後悔していた。カリウスが抱えている問題はそんなことではないのだ。


「さてさて、何を作ってくるやら……」


 カリウスは椅子に深く背を預けると薄ら笑いをする。刀夜が何を作ってこようが彼は許すつもりなどないのである。

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