第82話 ブランとアイギス

 突如、荷台が勢いよく前に進んだ。


 刀夜が不思議がって振り向くと、そこには龍児並のガタイの大きな男がいる。金髪の角刈り頭に右目を奪われた古い傷跡。微かに見覚えのある男が荷台を押してくれている。


「若いの、また会ったな!」


 体の芯まで響きそうな豪快な声は覚えがあった。色街の裏でゴロツキにのされたのを助けてくれた自警団の男だ。


「あ、あんたは……」


「ん? 覚えておらんか?」


 刀夜が一瞬言葉を止めてしまったので体の大きい男、ブランは覚えていないのかと思った。だがそれも仕方のないこと。あのとき刀夜はゴロツキに酷い暴行を受けて意識朦朧もうろうとしていたのだから。


 だが刀夜はかろうじて覚えていた。


「いや、その声は覚えている。いつぞやは助けてもらった」


「ガハハハ、覚えておったか」


「よくあそこから無事に帰れたものだ」


 ゴツイ男のマントの裏にいた女性の自警団団員が声をかけてくる。


 細長い顔立ち、目は鋭いが随分と細い。銀髪には緑と赤のカラーラインが入っている。初見でキツそうな性格をしていそうだと思わせる彼女ではあるが、実際そのとおりである。


「こら、上官のワシが押しとるのに部下の貴様が押さんでどうする?」


「そんな事は任務の範囲外ですので」


 加えて頑固なところもある。任務に忠実……とは言いがたい気がした。単なるワガママなのかも知れないと刀夜は彼女を分析する。


「相変わらず可愛げがないのう。そんな事では市民に愛される自警団にはなれんぞ」


 どうやら当たっていたようだ。


「別に好かれようとは思っておりませんので」


「――昇進にも響くぞ」


 男がボソリとつぶやいた。


「押しましょう」


 現金なところもあるようだった。荷車がさらに加速する。


「所で若いの――」


「刀夜だ」


「俺は4警のブラン・ブラウンだ」


「同じくアイギス・マハル」


「リリアです」


「あの時、仲間がどうのと言っておったが見つかったのか?」


「いえ、あの時は無駄骨に終わりました」


「そうであるか……」


 わざわざ危険を犯してまで探したというのに……とブランは刀夜を哀れんだ。彼のいうことが本当なのであればこの男は仲間想いなのであろう。できることならその苦労が報われやってほしかったとブランは盛大に刀夜に誤評価を下す。


「ですが、先ほどこの街に着いたとの情報を頂いたのでこれから会いに行く所です」


「ほう、そうかそうか。そいつはよかったな」


 ブランの無念そうな顔は打って変わって喜びの表情を見せる。厳つい顔なのにコロコロと表情をよく変える男だと刀夜は思った。


 しかし、あのような出会いかたをした以上、自警団であるこの男が単に気になって声をかけてきたとは思えない。奴隷商人がらみで何か探りを入れにきているのかも知れない。リリアの秘密は知られるわけにはいかない。


「所で何の用ですか。挨拶しに来たとは思えませんが……」


 ストレートに探りを入れる。どうせ刀夜が奴隷商人と関連があることはバレているのだから彼らの目的が知りたかった。


「実はな、あの時ワシらは本来の巡回コースから外れておったのだ。しかも部下の話によればワシがあそこに行くと言い出したらしいのじゃが、ワシはよく覚えておらん」


「はあ……?」


 予想外の話の展開に刀夜は頭にはてなマークが浮かぶ。


「で、お主と合った。後で調べたがワシには魔術痕跡の反応があっての」


「魔術痕跡?」


「魔術痕跡とは魔法がかけられた痕跡の事だ」


 ブランの説明に刀夜は分かるような分からないような顔をした。リリアなら知っているかも知れないが彼女が魔法に詳しいことは知られるわけにはいかない。


「つまりチャームやスリープのような長時間魔力にさらされる魔法を受けると、術が解けた後にも微量に魔力が残る現象の事だ。それを検知することで魔法にかかっていたかわかる」


 アイギスはとっさに刀夜にも分かるように説明を追加した。


「それで俺にどう繋がる?」


「それはこちらが聞きたいほどだ、なぜ我々を呼んだ?」


 アイギスが刀夜に威圧的にカマをかけてきた。相手の焦り具合を見る為だ。あたかも調査済みかのように振る舞って。


「無茶苦茶だな。見知らぬ俺がどうやってあんた達を呼ぶってんだ。魔法も使えないのに。仮に使えたとしてゴロツキに襲われて魔法を使って間に合うと思うか?」


「いや、最もだ。私は君が呼んだとは思っとらんよ。だが出会ったのは偶然とは思えん。君には何かなかったかね?」


 刀夜は自警団の2人が何を考えているのか、その思惑を必死に考えた。だが疑われる接点はブランの言ったとおりしかない。だが彼らの裏が読めぬ以上、不思議な蝶の事は言わないほうが懸命だと判断した。


「――特にないな…………こっちは死にかけだったしな」


「そうかい。その割にはずいぶん元気そうだね」


 ブランの視線が痛い。ブランは刀夜にプレッシャーをかけにきた。明らかに何か疑われている感じである。確かにあれほどの怪我をしていてピンピンしていれば疑問にも思うかも知れない。


 だが治療院にて治してもらったと言えば『どこの?』と聞かれるのは目に見えている。裏をとられたら嘘だとバレて変に疑われる可能性が高い……


「見知らぬ人に助けてもらいましたので」


「ほう、それはどんな奴でしたか?」


「そうですね……薄れた意識なのでハッキリ覚えておりませんが、やや細身がかった男の人でした」


 刀夜はまたも嘘を並べ立てる。


「そうか、あなたは見ていないのか?」


 ブランはリリアに話を振った。


「はい。私と出会う前の出来事のようなので存じません」


 リリアも刀夜の意図を読んでか質問を回避した。ブランは軽くため息をついて残念そうにする。


「いや、色々尋問まがいに聞いてしまって申し訳ない。どうも職業柄が出てしまいましたな。謝罪します」


「いや、こちらこそ助けて頂いたのに大した情報もなく申し訳ない」


 ブランは軽く首をふる。


「おっと、もうこんな場所か。そろそろ我々はおいとまさせてもらいます」


 ブランは荷車から手を話すとアイギスも手を離したため、荷車が急にズシリと重くなる。


「あ、せめて押してもらったお礼を……」


 刀夜は荷車を止めてポケットから銀貨を取り出した。


「いやいや、それは結構だ。ではまた」


 ブランはにこやかに受け取らないと手を上げて断った。刀夜とリリアは2人にお辞儀をすると再び荷車を押す。ブランとアイギスはそんな彼らを見送った。


「連中、教団とは無関係ですかね?」


「さあね、無関係と思いたいね」


 ブランたちは刀夜の思惑とは異なり、別の事件を追っているところだった。


 刀夜と教団は無関係……そう、このときはまだ無関係であった。だが刀夜は徐々に大きな渦へとその身を沈めることとなる。


 ブランは再び来た道を戻り、アイギスは後をついていった。

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