第83話 怒りの再会

 龍児達は宿屋の聞き込み終えて、門前の宿屋の食事所で休憩していた。結局、刀夜らしき情報は手に入らなかった。


「まさか、山賊にやられていないよね……」


 葵が不吉なことを口にした。


「でも隊長さんが15日ぶりの~とか言ってらっしゃったから、それはないのじゃなくて」


「そっかぁ~」


 舞衣の正論に葵は再びうなだれた。


「はっ、まさか奴隷商人に逆に捕まったとか!?」


 それはありえるかもと思うと誰もが沈黙した。


「あ、刀夜くん」


 唐突に美紀が窓の外を指さして彼の名を口にした。皆が一斉に窓に寄って外を覗くと、確かに絶対に見間違えようのないゲゲゲヘアーのあの男が荷車を重そうに押していた。


 龍児と颯汰を除く皆が一斉に宿を飛び出してゆく。


「刀夜!」


 晴樹の大きな声に気がついた刀夜は立ち止まった。


「ハル!」


 久しぶりの再開に互いに握手をすると笑みがこぼれた。


「刀夜!」


「刀夜くん!」


 巨人襲撃からの久々の再開であった。


「みんなも無事だったか。梨沙、美紀、よくやってくれたな」


 刀夜が2人を誉めると美紀は「にひひひ」と笑顔で笑う。


「け、生きてやがったか……」


 悪態をついたのは颯汰であった。


「ふん、真っ先に死にそうな奴に言われてもな……」


 相変わらず言われれば言い返す刀夜に晴樹は変わらないなと呆れる。


「て、てめえ!!」


 怒る颯汰の頭を龍児が押さえた。


「やめとけ」


 龍児と刀夜の視線が合うと火花が散るかと思われたが、龍児は直ぐに視線を反らした。刀夜はそんな龍児に違和感を感じる。集まった面々に何かおかしいと気がつく。そしてキョロキョロと辺りを見回して青ざめた。


「お、おい。これだけなのか? 先生は? 河内は? 中溝は? 津村さんは? 他の皆はどうした!!」


 刀夜が名前を呼ぶたびに声のトーンを上げて最後は怒鳴り上げた。名前が上がるごとに皆の顔が雲ると悔しそうにする。


 皆の表情から状況を察した……刀夜は青ざめると足に力が入らなくなり、よろよろと荷車にもたれかかる。


「――9人だと、たったの9人!」


 刀夜の認識ではまだ半数はいたはずだった。どんな事になればこんな事になるのかと信じられない思いだ。


 そして龍児が悪態もつかず顔を背けた理由を理解した。この男は守り切れなかったのだ。仲間を、智恵美先生を!


 刀夜は下山の時に散々文句を言われたことを思い出し、再びあの時の怒りがこみ上げ顔が険しくなる。


「どの面下げて、俺の前に現れやがったァ!!」


 刀夜の怒号は街中に響き、住人から何事かと注目を浴びてしまう。


 初めて見た主人の怒りにリリアはオロオロとする。


 刀夜は思いっきり荷車をたたきつけると、その音に皆がビクリとした。彼が怒るのも無理ない。


 刀夜は心に溶けて薄れていたドス黒いものが再びうごめき出して膨らんでいくのを感じた。激しい感情の塊。


 刀夜から憎しみのような視線を突きつけられて葵と美樹は泣きそうになる。


「いくぞ、リリアッ!」


「え、で、でも……」


「ま、待って刀夜君。お願い。話を聞いて……」


 刀夜を呼び止めた舞衣は声を出すとこらえていたものが溢れたのか涙を流し始めた。だが腸が煮え返っている刀夜は知ったことかと荷車の取っ手に手をかける。その手にリリアは手を重ねて彼を止めた。


「刀夜様。刀夜様は皆さんと再び出会う為に、これまで頑張ってこられたのでは無いのですか?」


 刀夜はリリアの真っ直ぐな目に思わず目を反らした。彼女に怒りにまみれた醜い自分の姿を見られたくなかった。


「死にそうな目にあっても頑張ったのは、この日の為ではなかったのですか? せめて皆さんの話を聞いてやってくれませんか?」


 刀夜は困り果てた。許しがたい気持ちはあるがリリアの言っていることは正しい。この時ばかりは感情よりも頭で理解してしまう理性を恨めしく思えた。


 刀夜は暫く考え込んで大きくため息をついた。


「ここじゃ目立つ。家で聞く」


 刀夜の言葉に皆がほっとした。そして落ち着くと揃って思った。


 この娘は誰?


◇◇◇◇◇


 皆に荷車を押してもらったので家には早く到着する。荷車は荷物は下ろさずにとりあえず庭へと放置しておく。


 皆は刀夜が家を購入していた事に呆気にとられた。特に梨沙と美紀は空いた口がふさがらない。ヤンタルの街で刀夜と別れて追いかけたのはわずか1日差である。なのにいつの間にか彼女を作って家まで購入、どれだけ手が早いのかと。


 リビングで刀夜はブスッとした顔で長テーブルに着いた。皆もお邪魔して上がらせてもらう。


 リリアは水を出そうとするがコップが足りず悩んでいたので刀夜は出さなくていいと声を上げた。


 仕方なくリリアも刀夜の隣に座ると耐えかねて葵が尋ねる。


「あの、お話の前にその……この娘は?」


 刀夜の目がジロリと葵を睨みつけた為に彼女は言葉を失って再び沈黙が訪れると、リリアはペコリと頭を下げた。


「リリア・ミルズと申します。刀夜様には危ないところを助けて頂き、行く宛がなかった為にこちらでお世話になっております」


「ああ、そうなんだ……よくできた娘だね……」


 葵は口元をひきつらせた。


「おいくつなんですの?」


 舞衣が尋ねた。


「14です」


「じゅ……って、中学生……」


 舞衣は目を細めて刀夜を見た。


「お前ら、俺に聞かせたい話とはそんなことか?」


 刀夜のこめかみの血管ピクつく。刀夜の怒りが再び爆発寸前だと感じて舞衣と葵は揃って首を振る。


 そして舞衣はあの巨人からここまでの経緯を刀夜に語った。刀夜は真剣に聞いていたが時折、眉を潜める。そして最後に大きくため息をついた。


「まずは前言撤回だ。梨沙、美紀、なぜ食料の荷馬車に乗ったんだ! ブランキの忠告を何だと思ってるんだ」


「そ、それは早く刀夜に追い付きたかったから、皆と合流できたって……」


 梨沙の言い訳に刀夜は頭を抱えて首を振った。


「皆と合流できたのなら、居場所の分かっている俺との合流は急ぐ必要無いんだよ。商人が居ないのなら明日でも良かった」


 刀夜の正論に梨沙は黙り混んでしまった。


「君たちの軽率な判断は、あの3人を犠牲にしてしまったんだ!」


 刀夜のキツイ物の言い様に2人は責任を感じて肩を落とした。


「てめぇ! 言い過ぎだろ!」


 怒鳴りつけたのは龍児だ。だが刀夜は今度は龍児にダメ出しをする。


「龍児、お前もだ! 津村彩葉の件は仕方がない。あの怪我では彼女が助からないことは分かっていた。だが中溝俊介は聞いているかぎり防げたハズだぞ」


 龍児は怒りに顔をひきつらせた。


「まって、彼は仕方なかったのよ。突然だったし」


 舞衣がフォローに入ったが、刀夜はそれも首を振った。


「津村の看病、逃亡、死、彼は常に彼女から離れようとはせず、想いを寄せていたのは分かっていただろ。置いていかずに背負うと言い出した時点で予測できる事態だ。気がつかなかったは皆が自分の事ばかり考えていたからじゃないのか」


 舞衣はこれ以上言い訳できなかった。確かに刀夜のいうとおりあの時は自分の事しか考えていなかった。言い訳をさせてもらえれば巨人に追われて人のことを気にかけている猶予などなかった。


「お前はどうなんだよ! なんで水沢は死んだ?」


「事前に説明してあった。彼女のミスだ」


「このおッ!」


 龍児が怒り、立ち上がろうとしたのを皆が止めた。龍児は刀夜を睨み付けながら興奮を納めると以前に不審に思っていたことを思い出した。


「金城と藤枝は何で死んだ? なぜあいつらが殿だったんだ?」


「…………」


 二人は皆が無事に逃げ出せるように刀夜が生け贄に選んだ者であった。無論それなりに建前はちゃんとして筋は建ててあったが。


「何とか言えよ!」


「――彼らは運がなかった」


「運だと!?」


「そうだ。一歩間違えは死んでたのは俺かもしれないし、拓真かもしれない。颯汰かもしれない。殿とはそういうものだ」


「俺が聞いているのは、なぜあの2人が殿だったのかだ!」


「残った戦力を二分した結果だ。殿が全滅した場合、生き残りの女子を守る為にはお前とハルの戦力が必要だからだ!」


「くッ!」


 龍児は言葉が出なくなってしまった。言い返す言葉が見つからなくなってしまったのだ。刀夜は必ず言い合いになる前に事前に理屈を用意している。


 口論が始まった段階で負けるのは決まっているのだ。晴樹は何度もこのパターンで刀夜に口では勝てなかったのを思い出した。


 刀夜は大きくため息をついく。この手の話は長々するものではない。非生産的だ。それに加えて3人のことを言われるのは刀夜としても痛いところなのだ。


「言い過ぎたとは思わない。だがもう過ぎたことだ。もっと気を引き締めて必ず皆で生きて帰ろう」


 怒りの収まった刀夜に、皆は肩を落としながらもうなずいた。龍児と颯汰を除いて……

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