第81話 ピエルバルグ凱旋

 昼過ぎ頃に龍児達を含む自警団はピエルバルグへと到着する。


 舞衣や美紀たちは目の前にそびえ立つ街の巨大な防壁に圧倒された。ヤンタルの防壁も巨大であったがピエルバルグの防壁は明らかにワンランク上だ。


 しかもその巨大な防壁が遥か先にまで延びており、街の巨大さが威圧的なもののように感じられる。梨沙は刀夜が拠点にするならこの街でなければならないと言った理由が分かったような気がした。


 だがこの世界は歪だ。これ程の防壁を作れるのに街の文化は随分と遅れているようにも感じる。


 その感覚は以前にプルシ村で梨沙が感じたものと同じである。あのときはなんとなくであったが、この街の防壁を見るとハッキリとしてくる。まるで別世紀の文化が入り交じったような感じを受けた。


 刀夜もこの街で時計を見たとき同じ衝撃を受けている。しかもその文化は地球の文化そのものだった。だからと言ってここが地球だとはとても思えない。


 自警団の一団が門をくぐり抜けた所で龍児達は馬車を降りることにした。


「じゃあ、世話になりました。隊長さん」


「ありがとうございました」


 晴樹と舞衣が頭を下げると他のメンバーも頭を下げた。だが龍児はいまだ智恵美先生達を助けられなかったショックから立ち直れず、ずっと肩を落としたまま「ありがとうございました」と呟くようにお礼を言う。


「こちらこそ、巨人の件に引き続き、山賊討伐に御尽力頂きご苦労であった」


「こちらは報酬だ。受け取ってくれ」


 そう言ってレイラは舞衣に硬貨の入った革袋を手渡すとジャラリと音がする。大きい袋にずっしりとした感触。結構な枚数が入っている実感を得た。


「あ、ありがとうございます」


 舞衣は報酬が出ると思ってみなかったので驚いたような表情でお礼をいう。だが龍児は未だ不服な表情を変えない。


 由美はいくらなんでもその態度は失礼だと思い、龍児の足をかかとで踏みつけてやった。龍児は短く声を発して痛そうにするが、舞衣はそんな彼を隠すようにする。


「みんな、仲間の事は残念だった。だが確認したわけではない。まだ希望ある。生きていると信じることだ」


 レイラは特定のキーワードを使わずに彼らに配慮して励ました。そんな彼女の気づかいに舞衣は黙って頭を下げる。


 アラド隊長の号令と共に自警団は隊列を崩さずに龍児達の前を過ぎ去っていく。後続の団員の皆が手を降って龍児達にエールを送ってくれた。


 舞衣たちも彼らに手を振る。やがて街中へと彼らが消えてゆくと舞衣は振り向いた。


「さて、どうしましょうか?」


「あたしは、もう疲れたぁ~」


「あたしもぉ~」


 葵と美紀が声を揃えて疲れを訴えるとげんなりとした顔を見せる。この街道での旅はともかくハードであった。刀夜やブランキの忠告どおり食料意外の馬車に乗っていればまた違う結果となっていたかも知れない。


「刀夜はどこにいるのだろう?」


 刀夜は一足先に街にきているハズだ。晴樹が辺りを見回すが辺りは人、人、人の山である。ぱっと見て分かるはずもなし、探すのは難しい。街に入るときにこの街はヤンタルとは比べ物にならないほどの大きさであることは周知だ。となると探すのは困難を極めるかも知れないと途方に暮れそうになる。


「宿だ。門に近い所の宿にいるに違いない」


「ああ、そっか。前の街で刀夜君いってたもんね」


 梨沙の意見に美紀が納得した。以前に刀夜は先生達と合流する為の助言で門前の宿を取るようにアドバイスしている。


 舞衣達には彼女のいっている意味は分からなかったが指示通り門近くの宿の窓に制服がぶら下がっていないか探した。


 だが見つからない。


 やもなく一軒一軒訪ね歩いたが全て空振りに終わった。刀夜が泊まった宿はもっと街奥なので当然見つかるはずもない。


 一方、刀夜は女将おかみの情報により彼らが合流できていることを知っている。よって市場に買い物に行く前は遠回りでも必ず門前を通っている。今日も朝から買い出しに行くときに門前を通って窓を確認していたのであった。


◇◇◇◇◇


 舞衣達が刀夜を探しているとき、当の本人は2度目の買い物に来ていた。炉の改装に必要な材料が多いうえに重すぎて一度に運べなかったのだ。最後の材料を購入して荷車に詰め込んでいると辺りが騒がしくなる。


 手を止めて様子を見ると馬に乗った自警団が隊列をなして行進していた。先頭を金髪頭の隊長が胸を張り、威厳を振りまいて堂々と進んでいる。


 そのすぐ横後ろに燃えるような赤い髪と真紅の瞳を持った副隊長が並んでいる。先ほど龍児達と別れたアラドとレイラである。


 レイラは観衆の中から刀夜と視線が合った。


 黒い髪と黒い瞳の男。


 レイラはその男が龍児達の探していた男だとすぐに気がつく。アーグの襲撃から2度も仲間を救い、アーグ殲滅戦を指揮した男として彼女の記憶に植え付けられていた。だが名前までは覚えてはいない。


 レイラは隊列から離れて集まっていた民衆に乗馬したまま割り込んだ。


「レイラ?」


 アラドが彼女の行動に興味を引かれる。だが隊列の中心であるアラドは馬を止めるわけにはいかない。後で話を聞かせてもらおうと、再び前を向いて行進を続けた。


「おい、そこの黒髪のきさま」


 レイラの鋭い視線は刀夜に向けられていた。周りの民衆の注目を浴びてしまい、刀夜は嫌な気分になる。ただでさえ黒い髪と瞳のせいで異人と宣伝しているようなものなのだ。トラブルは避けたいのに、いつも災いは向こうからやってくる。


「私に何か?」


「お前、龍児の仲間だな」


 彼女から不快な奴の名前が告げられると刀夜は警戒した。あの男が何かやらかした可能性がある。飛び火は御免被りたい。


 だがレイラから告げられた言葉は刀夜の想像とは別物であった。


「龍児達とは先ほどの門の所で別れたばかりだ。急げばまだ間に合うぞ」


 彼女は刀夜の返事も聞かずに一方的に告げると隊列に戻ってゆく。


「刀夜様……」


 心配になったリリアが声をかける。


「大丈夫だ。離ればなれになっていた仲間が街に着いたらしい。会いに行こう」


「はい!」


 安心したリリアは元気に返事をした。


 ところが荷車に積み込んだ荷物が重すぎて動かない。刀夜は荷車の引き手を押してリリアは後ろから荷台を押した。


「う~~~ん」


 必死に押してくれているのだろうが、リリアからは可愛らしい声が漏れる。


 にしてもこれは少々買いすぎたと刀夜は後悔した。今朝も重すぎて苦労したのに学習できていないと自分のバカさ加減にあきれる。家から街まではかなり距離があるので何度も往復したくないという横着があだとなった。

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