第80話 二人の時間
「も、申し訳ございませんでした!」
リリアは慌ててカーテン前で土下座をする。
失態だ。カーテンを開ける前に開けて良いか訪ねるべきだったのだ。まだシャワーとやらの制作をしているのだとばかり思い込んで入浴中だとは考えもしなかった。
刀夜がカーテンの隙間から顔をだす。
「リリア……」
「――は、はい」
怒られる……彼女の脳裏にその言葉が過った。
「土間で土下座すると汚れるから、今後それ禁止な」
「はぃ――すみません」
特に怒られなかったことにリリアはホッとする。これが奴隷商人の団長なら今頃は蹴り出されて花瓶でも投げつけられるところだ。そう考えるとこのご主人様はやはり優しいおかたなのだとリリアは勘違いをした。
現代ではいくら主従関係といえどそのような暴力を働くことはパワハラにあたる。刀夜としては別段優しくしたつもりはない。見られたのは恥ずかしくもあるが、だからといって減るものでもない。
リリアは立ち上がると埃を払い、火照った顔を両手でパンパンと
それよりご主人様が入浴されているのだ。彼女の脳裏に『仕事』の2文字が津波を立ててそびえ立つ。
「あ、あの……お、お手伝い……いたしましょうか?」
「ん? いや、シャワーはこれ以上良くはならんから今日の作業は終わりだ」
カーテンの奥からボケた返事が帰ってくる。このご主人はどうも遠回しな言い方では察してもらえないようだ。ハッキリというのは少々恥ずかしい。だがリリアはさらに顔を赤くして分かりやすく声をかけた。
「と、刀夜様の……お、お体を洗うのをお手伝いしましょうか?」
顔から火が出そうなセリフに、カーテンの向こう側ではガタガタと何やら崩れる音が聞こえる。
「い、いや。いい、結構だ。調節ついでに入っただけだから。それはまた今度……じゃなくて、しなくていいから!!」
そんな慌てる主人の姿を思い浮かべたリリアはくすりと静かに笑う。宿での出来事といい、このご主人は本気で自分をそのように扱う気はないのだと彼女は安心した。
「リリア。火を落としたくないから次入ってくれ」
「はい。ありがとうごさいます。では着替えを持ってきておきますね」
リリアの言葉に刀夜がハッとした。彼は今になって着替えを用意もせずに風呂に入っていることに気がつく。もしリリアが気を利かせてくれなければ全裸で着替えを取りにいく羽目になっていた…………
いや、彼女を呼んで持ってきてもらえれば良いだけの話だ。だがよくよく考えてみれば着替えの下着を買うのを忘れているではないか。
シャワーを終えてカーテンから出ると、作業台にバスローブとタオルが置いてあった。どうやらリリアが気を利かせて買っておいてくれたらしい。しかし、そこには予想通り下着はなく、今夜はバスローブ一枚で我慢するしかないと諦める。
代わってリリアが風呂に入る。シャワーだけとはいえ彼女にとっては久しぶりのお風呂だ。しかもお湯のシャワーを浴びれるなど極楽の極みである。
身体中を
刀夜の計らいで石鹸もシャンプーも見習い神官として働いていた頃よりも贅沢品を選んだ。あまりの心地よさに再び身体中を泡だらけにすると、心の底からウキウキが止まらなくなって鼻唄を奏でてしまう。
お風呂を終えると彼女はコスプレ神官のインナー服だけで出てくる。
胸元が大きく開き、前掛け両側のスリットからは生足が生え。肩からも素肌の腕を
これでは身が持たない。明日はちゃんとした服を買おう。刀夜は買い物リストにお互いの服を追加することにした。
テーブルに彼女の手料理が並べられてゆく。料理を頬張ると彼女の料理の腕前は中々のものであることが分かった。
そして何より女の子が自分の為に作ってくれた。愛情という名のスパイスには涙が出そうである。刀夜が料理を誉め称えるとリリアは調味料を揃えれたお陰だと
この世界ではハーブは安価で手に入るが、スパイスなどは隣の大陸から海輸をへて陸輸で仕入れる為に高級品となっている。
ついでに街が大陸内なので海魚も高級品となる。ゆえに安価な麦、豆や肉が主流となるが、それらの素材は似ているというだけで地球のそれとは別物である。
二人は食事をしながら明日の買い出しの計画を練った後に就寝する。寝室でランタンの光を消すと窓から差し込む月明かりだけとなる。
刀夜はバスローブのまま布団に入るとシーツが真新しいためゴワゴワとしていた。隣のベッドではリリアがインナーを脱ぐか否かで悩んでいる様子であった。
『彼女は下着だけで寝る派なのだろうか?』などとつい考えてしまう。そのような姿で隣で寝られたら気になって仕方がない。ちなみに刀夜は夏は甚平で冬はフリースを愛用している。
彼女が振り向くと刀夜と目が合ってしまった。リリアは恥ずかしそうな顔で慌ててそのままの姿で布団にもぐり混んでしまう。
刀夜は寝返りをうち顔を反らして考える。この調子でリリアと二人で暮らしていくのかと。刀夜はリリアに手を出さないという自信が無くなりそうなほど激しい
彼女の将来を考えれば手を出すべきではない。
自分達が元の世界へ帰るとき、彼女は恐らく連れては行けない。文化のギャップと世間がそれを許さないであろうことは分かっている。
だからそのときにまで彼女には自主独立の精神を育てあげ、奴隷という名の鎖を外さなくてはならなかった。
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