第79話 失意の撤収とお風呂

 龍児達と自警団は山賊のアジトで一夜をあかすこととなった。アジトの発見に時間がかかってしまったために内部や周辺の捜査を行うと辺りは暗くなり始めてしまう。


 また捕まえた山賊の尋問をおこなったが遠藤智恵美先生と河合拓真、片柳咲那を乗せた馬車は結局どうなったのか不明である。


「龍児、そろそろ行くぞ」


 失意の中、項垂れている龍児にレイラは声をかけた。山賊を退治できた以上、自警団がここにいつまでも止まる理由はない。


 捕まえた山賊どもを抱えて捜索するわけにもいかないし、そもそも囚われている想定での追撃なのでそのような準備はしていなかったのもある。


 何より亡くなった仲間を連れて帰らなくてはならなかった。


 山賊の壊滅は自警団にとって街にとって大きな成果ではあったが、レイラ個人としては亡くなった団員への家族に訃報ふほうを伝えなければならないかと思うと気が重かった。ゆえにあまり龍児にばかりかまってはいられない。


「ほら龍児、行くよ」


 梨沙が龍児の手を引っ張った。まるで駄々をこねた子供を母親が手を引くようにすると龍児はようやく重い腰を上げる。


 自警団は山賊のアジトを後にすると一路ピエルバルグへと向かう。過ぎ去っていくアジトを龍児はぼんやりと見つめるのであった。


 あれほど頑張っても三人を助けることができなかった。アーグとの戦い、巨人からの逃亡、猪頭との戦い、どれをとっても彼にとって満足のゆく内容ではない。大口を叩いて『助ける』のだとほざいてもこのざまだ。


 意気込みだけではどうにもならない現実は容赦なく龍児を叩きのめした。自分の力などこの程度だったのだと突きつけられ、龍児は大きく傷ついた。


◇◇◇◇◇


 街に出た刀夜とリリアは大量の荷物を持ち帰るために大きめの荷台を購入した。そして手分けして必要なものを購入していく。


 リリアは掃除道具、台所用品、寝具、そして食材を。刀夜は大工道具、木材、湯沸かし周辺の機材とシャワーを作る為の部品一式。


 この世界では各家庭に風呂を持っているような所はない。家に風呂があるのは金持ちや権力者だけだ。自警団のようなところでも風呂はなく、シャワーですら装備されていない。


 ゆえに公衆浴場を利用するのだが、お湯を扱う浴場は高いため安い水浴び程度の沐浴のような施設を利用するのが大半である。またシャワーのような設備もなく、あるのはレジャー銭湯にある滝湯のようなものしかない。


 リリアが刀夜の図面を見たとき、これは何なのかと質問責めにあった。


 屋台で購入した芋春巻のようなものを昼飯代わりに頬張りながら二人は帰路についた。


 我が家に帰りつくと早速作業に取りかかる。刀夜は水を引き込む為の木でできた水路が腐っていたので新しいものの作成を始める。


 リリアは作業場の大きな受水槽を掃除する。


 受水槽は段々の三段構成となっており、引きこんだ水を溜めてろ過された水は下の槽へと移り最後は元の水路へと戻るようになっている。


 刀夜はリリアがこの受水槽のカビやこけを束子でガシガシ洗ってくれるのかと思っていたが、彼女は水を抜いて溜まっていたゴミを取り払うだけで作業を止めてしまった。


 刀夜はどうしたのかと声を掛けようとしたとき、彼女は手をかざして呪文を唱えだす。


「我が親愛なるベェスタの神よ、清らかな水をもちて不浄なる汚れを取り除きたまえ。ミストスイーパー!」


 受水槽周辺に水蒸気が発生し、水槽を包むと激しく渦を巻きだした。


「こ、この魔法は、もしかして洗浄魔法なのか?」


「はい、生活魔法の一つです。高温の水蒸気と気圧により細かい目の奥まで綺麗にしてくれます。便利ですよ」


「そうか、掃除が得意というのはこの事か……」


「え、ち、違います。これはあくまでも頑固な汚れ用で普段は普通に掃除しますので」


「そうなの?」


「ええ、なにせ魔法では大雑把にしかできないので、細かいことはできません」


「例えば洗濯とか?」


「はい、それなら魔法でもできます。干すのは無理ですけど」


「貴重な魔法なんだろうけど、急に安っぽくなったな」


 そうこうしている内に魔法は停止し、水蒸気は消えた。そこはには目尻まで綺麗になった受水槽が現れて刀夜を驚かせる。


「これで後は水で流せば完了になります」


 リリアはにこやかにバケツを持って表に水を取りに行った。そんなリリアを横目に刀夜は焦りを感じ始める。


「まずい。このままじゃ負けそうだ。急がねば」


 刀夜はなぜか対抗心を燃やして大急ぎで作業を再開した。水路が完成して水を流し込むと、リリアはこれで表まで水を汲みに行かなくとも済むと喜んだ。


 早速、水を水瓶へと移して浄化魔法で飲料水へと変換する。水路の水はろ過機能のある瓶に入れればそのままでも飲めなくはない。お店で使用している水がそうだからだ。


 だが魔法で浄化すればより綺麗で安全な水となる。そのような水が飲めるのは魔法使いが少ないこの世界では大変贅沢なことなのである。


 その水で一息ついた後、リリアはベッドメイキングと夕飯の支度に。刀夜はシャワーの製作に入った。


 日が落ちそうになるとリリアはランタンを持って作業場へとやって来た。開けた扉から夕飯の臭いが作業場へと流れてゆく。


「刀夜様?」


 リリアは彼を呼んで辺りを見回したが見当たらない。湯沸かし炉には火がパチパチと音を立てて燃え盛り、釜からは湯気が立ち上がっていた。


 ジョロジョロと水の落ちる音が聞こえる。仕切られたピンク色のカーテンの向こうでジャカジャカと洗浄の音がしていた。


「刀夜様、ご夕飯の支度が整いま――」


 カーテンをめくった先には全裸の男が棒束子で体を洗っていた。振り向いた刀夜と目が合うとゲームのポーズボタンが押されたかのように二人時間が止まり、できたばかりのシャワーの音だけが時を進める。


 リリアは赤面してゆっくりとカーテンを閉めた。

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