第78話 我が家

 刀夜は少し考えてから口を開いた。


「そのカリウスなる人物はどんな奴なんだ? 人格、好きなもの、嫌いなものだ」


「そうねぇ……」


 女将おかみはカリウスに関する情報を知りうるかぎり刀夜に教えると刀夜は彼女の話にうなずき、時には嫌悪し、そしてほくそ笑む。


「なんか悪巧みを考えてる?」


 刀夜の表情から女将おかみは彼が何か企んだと読んだ。


「人聞きが悪いな。ただ――お友達になりたいと思ったかな」


 女将おかみは刀夜が何を考えたのか分からなかったが、この男なら何か面白いことをしでかすような気になり、笑い声を上げた。


「何を企んだのやら……」


「いや、殆ど博打だよ。生きるか死ぬか……」


「死んだら金貨どうするの? あたしもらっていいかしら」


「ダメだ。その時は仲間とリリアに譲渡じょうとする」


「ふーう、まーたフラれちゃったわ」


 そう言い放つと女将おかみは手をたたいて店員を呼び寄せた。店員はカーゴを女将おかみの横にまで運んでくると載せていた荷物を刀夜の前に置いた。


 ズシリと硬貨の音がする。


「売れたのか?」


「いいえ、まだ売れてないわよ。ただ預けてもらっていた古代金貨1枚を店の取引に使わせてもらったから、これはそのお礼。金貨1200枚よ」


「1200!」


「そうよ、オークションでも、なかなかこの金額にはならないわよ。感謝しなさい」


 女将おかみは感謝しなさいと言ったが、刀夜が預けていたからこそ取引ができたわけで、本来はもちつ持たれずなのであるがあえて聞き流した。


 しかしながらこれ程の金貨を支払うということは恐らくかなり良い取引で相当な利益になる金額が動いたのであろうことは容易に想像できる。


 これで刀夜は家を購入するための軍資金を手に入れることになった。とはいえさすがに持ち帰るには重すぎるので大半は預けることにする。


 再び店員が呼ばれ、リリアを連れて来させると刀夜の横へと座らせた。リリアにもお茶が用意され、それを口にすると沈黙が訪れる。


「今日は用があってきた」


 最初に口を開いたのは刀夜であった。


「あら、何かしら?」


「あなたの助言を元にこの街を拠点にしたいと思っている。そこで生活の基盤の為に仕事場が必要でな……」


「ようやくウチで働く気になったのかしら?」


「お誘いは嬉しいのだが、俺は鍛冶屋をしたいと思っている」


 女将おかみが飲みかけのお茶を吹きだす。


「あ、あんたが鍛冶屋ァ!?」


 女将おかみからしたらこの刀夜の就職先は意外の何者でもない。刀夜の才能次第では店一軒ぐらい任せれる器だと思っていたからだ。


「オルマーの件となんか関係あるの?」


「いや、それは単なる偶然だ」


「ふーん」


「そこで、お願いしたいのは――」


「鍛冶屋ギルドに紹介しろってのね」


「ああ、何とか会員になる必要がある」


「いいわ、一筆したためてあげるわ」


「恩にきる」


「その代わり。オルマーの件は必ず面白い話を聞かせてちょうだい。貴方の口からよ。いいわね」


「善処しよう」


 女将おかみは刀夜に生きて帰ってこいとエールを送ったのである。


 だがずっと外で待たされたリリアにはなんのことか分からなかったが、取り敢えず鍛冶屋ギルドの件に関しては何とかなったのだと安堵した。


 刀夜とリリアはボナミザ商会を後にすると鍛冶屋ギルドにてギルドの入会許可をもらう。


 鍛冶屋ギルドに所属している鍛冶屋の中には装飾を施した飾り用の剣を一般市場ではなくボナミザ商会のオークションに流してもらうことが多い。そのほうが高く売れる為だ。


 ゆえにここでは女将おかみの力が及ぶ。刀夜はそのことは知らなかったが、ボナミザが扱う商売を考えれば可能性が高いと踏んでいた。


 鍛冶屋ギルドから空いている物件のリストをもらってリリアが内容を確認する。物件は5件ありうち1件が刀夜の理想と一致した。


 刀夜はその物件を小高い位置から眺める。


 その家は城壁の近くで街からは少し離れおり、周りに家はなくポツンと立っている。工房兼家は大きく、家の側には水路が完備されていて下水もあった。


 石を積み上げられた外壁は沖縄の古民家のようである。


 鉄の柵に掛けられた大きな錠前を外す。左には長い庭とその奥に大きな倉庫のような離れ。右側は細い通路で家の裏へと回れるようになっている。


 真正面にある玄関の錠前を外して家の中へと入る。中は石畳の土間となっていてかなり広い。右側壁一面に台所があり、写真でみた昭和初期にありそうな日本の田舎の家を連想させる。


 リリアはその台所が気に入ったのか楽しそうに物色し始めた。


「楽しそうだな」


「はい、楽しいです。頑張って料理しますね」


「頼むよ、俺は凝ったものは作れないから」


「はい。炊事、洗濯、掃除は仕込まれたので頑張ります!」


 刀夜は心は浮きだった。リリアの手料理が頂けるのだ。正確に言えば女の子が自分のために料理を作ってくれる。まるで新婚のような展開にポーカーフェイスを決め込んでいる顔がニヤケてしまいそうであった。


 悟られまいと顔を背けた先には広い高足の木の床、フローリングになっているエリアがある。そこには職人達が食事をしていたのであろうテーブルが置かれている。


 台所奥の扉を開けるとそこは外になっており、小さな建屋があった。臭いでトイレとすぐに分かったのでそっと閉じる。


 その隣の個室部屋に入るとベッドが2つあり、昨日泊まった宿を思い出すような作りだ。おそらく匠の部屋なのだろう。


 またもリリアの目が輝いた。まだ何もない寂れた部屋ではあるが彼女の頭の中では部屋の飾り付けが行われていた。


「ここは刀夜様の部屋ですね。どんな飾り付けにしましょうか?」


「ん? お前の部屋でもあるのだから好きにしていいぞ」


 本来なら奴隷が主人の同じ部屋などありえないのだが、このご主人様は本気で自分を奴隷として扱う気がないのはこれまででもう理解した。


 とは言え共に同じ部屋で寝泊まりするのは求められているのだろうかとついつい考えてしまう。だが「そのほうが掃除が楽だろ?」と主人の言葉に『それはない』と苦笑いがこぼれた。


 隣にも同じ大きさの部屋があるがこちらは二段ベッドとなっており、四人部屋となっている。恐らく弟子達の部屋なのだろう。


 一番奥にある引き戸を開けると、そこは工房へと繋がる扉であった。広さは隣を一部屋にした感じである。


 入口からの左側には作業台が連なり、一番奥に炉があったがこれは少々壊れていた。だが刀夜はこの炉が気に入らないのでどのみち作り直すつもりである。


 入口から少し右側の中央に大きな作業台。


 さらにその奥には水を溜める所が幾つかあり、内一つはお湯を沸かす所のようである。刀夜はふと自分の体臭を嗅いでみて顔をしかめた。


「リリア、リリア」


 彼女を呼ぶ。


「何ですか、刀夜様」


 にこやかにやって来た彼女を両手で肩をつかんで頭の臭いを嗅いでみる。


「ひいいい、ごむたいですぅ~」


「やはり臭うな」


「し、仕方がないじゃないですかぁ~」


 リリアは涙目で抗議する。


「よし、ここの一角は風呂にするか」


「え、お風呂!?」


 リリアの目がこ以上にないくらいに輝いた。刀夜も川に落ちて以来、一度も風呂に入っていないので酷い状態である。


「リリア、取り合えず生活できるように最低限必要なものをリストアップするんだ」


 刀夜はリリアにメモ帳とシャーペンを渡した。


「リリアは台所と寝具を頼む。俺は水の引き込み口の修理と風呂への改造を行う」


「はい、わかりました」


 彼女は楽しそうに笑顔を振りくと手渡されたシャーペンに興味を示しつつ作業を開始した。刀夜もノートにざっくりと水路の図面を引き、必要なもののリストを作成した。


 二人は買い物のために家を出て、街へと続く少し小高い道の上で振り向いた。自分達の購入した家が草原の中にポツンと建っている。


 これからは帰る方法が見つかるまであそこが我が家なのだと、そう思うと何か心の底から熱いものが込み上げてきた。

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