第77話 ピエロの正体

 朝、宿をチェックアウトすると店の主人から「夕べはお楽しみでしたね」と皮肉を言われる。


 そう言った行為は一般の宿では禁止にはされてはいないが自粛じしゅく行為の一つでマナーの範疇はんちゅうなのである。


 リリアは昨日の失敗を思い出したのか赤面するが、勉強を邪魔された刀夜は「隣の部屋のヤツに言え」と激怒する。


 だが店の主人によると隣部屋は男二人だという。刀夜とリリアは空いた口が塞がらなかった。


 事情を説明し、勘違いで平謝りする宿の主人からボナミザ商会の場所を聞き出した。あっさりと情報を取得できたことに刀夜は意表を突かれる。


 もう少し手間ががかかるかと思ったからだ。ボナミザ商会はかなり有名らしい。


 刀夜とリリアはボナミザ商会へと向かう。


 相変わらず表通りからの路地裏に入った所にそれはあった。四階建ての大きな屋敷であるが、かもしだしている暗いオーラのようなものはいかにも裏家業と言った雰囲気であった。


「あらぁ~早速来てくれたのねぇ~」


 野太い声の主は女将おかみである。彼女は笑顔で迎えてくれはしたが、どこか陰りを漂わせている。そして刀夜の横にいる女をジロジロと舐めるように見た。


「もっといい女かと思ったのだけど、これじゃ子供じゃない。……リリア・ミルズ」


 刀夜の表情が険しくなった。


 女将おかみは紹介もしていないリリアの名前を言い当てたのだ。つまり監視されていたか、裏で噂が流れたか、その両方なのか……刀夜の警戒心のレベルが上がる。


「お茶を用意してあるわ。部屋にいらっしゃい」


 女将おかみは刀夜を部屋に誘うがついてこようとしたリリアを止めた。


「あなたはダメよ。外で待ってなさい!」


 女将おかみから強い口調にリリアはビクつく。彼女はこの女将おかみなる人物は恐い人であることを肌で感じた。


 そのようなリリアに刀夜は「大丈夫だ」と一言だけ伝えると部屋へ中へと消えていく。取り残されたリリアは店員から廊下の椅子に座って待つよう指示されて、そのとおりにした。


 部屋の中はヤンタルの支店とほぼ同じ作りである。女将おかみは長いテーブルの上座で大きな椅子に腰を下ろすと刀夜を横に座らせた。


「さて、聞きたいことは山ほどあるんだけど……」


「山ほど? 奴隷市場の古代金貨の件以外にもあるのか」


 リリアの名前すら知っているのだ、刀夜が辿たどってきた道なりなど知られているだろう。となれば女将おかみに影響があるのは古代金貨のことだと刀夜は思った。


「せっかちねぇ~、もう少し会話して私を楽しませなさいよぉ~」


 女将おかみとしても本題はそこにあるのだが、気に入った男が女を買ったとあれば、彼の心情を知りたいものであった。


「なんであんな女を買ったのかしら? 女を抱きたいのならもっと色気があってテクのある者などゴロゴロいるでしょうに……あんな危険な場所でワザワザ大金まで支払うなんて。あの辺りはこの街で一番危険な所よ。あそこは私の力も及ばない所なのだから……」


 ボナミザ商会は主に金品を扱う商売である。基本的には裏であるが、表の顔もあるので組織としてはグレーである。


 だが色街を管理しているのは専門の裏組織でこちらは完全に黒く、社会の闇と言っていい存在であった。刀夜を襲った連中がそうである。


「奴隷商人に仲間が捕まっているかも知れない可能性があったからだ。捕まっていたら買い戻すつもりだった……実際には無駄骨に終わったがな」


「ふーん。でもその事なら梨沙だっけ? あの娘達と合流したそうよ。全員かは知らないけど」


「そ、そうなのか」


 刀夜は女将おかみの言葉に安堵した。それは刀夜にとって不思議なものであった。獣の襲撃と下山時の刀夜の方針に付いていけず、いざこざが起こり刀夜は腹を立てると連中を見捨てるつもりになった。


 だがその直後の巨人遭遇により偶然にもバラバラとなったことと、梨沙と美紀そしてブランキ達との交流で、刀夜の心はいつの間にか少し癒されていたのだ。


 だが当の本人にはそのことに気づかなかった為、自分がなぜこんな危険を犯してしまったのかと不思議な思いであった。


「それで、なんであの娘なわけぇ? ああゆー幼顔が好みなのかしら、それとも自分色に調教するのがお好み? もう抱いたの?」


「好みじゃないと言えば嘘になるが下品な勘繰りをしないで欲しいな。リリアを買ったのはあの娘の知識が欲しかったからだ。街で生きていくためにだ」


 本当は彼女の魔法が欲しかったのだが、それは漏らすわけにはいかないので、どうしても苦しい言い訳になってしまう。


「その為に古代金貨まで差し出すわけ?」


「他に手持ちがなかったんだ。相手は優に100枚は持っていたからな。価値で勝負するしかなかった」


「娼婦奴隷ごときで金貨100枚も出すバカはいないと思うけど……ああ、でもここに古代金貨を出したバカはいたわね」


 女将おかみはお茶を一杯のんで一息ついた。刀夜は彼女の空いたティーカップにお茶を注ぐ。


「ありがと。さてここからが本題なんだけど。問題なのはそのセリの相手にあんたが、そんな方法で勝ってしまったことよ」


 刀夜は女将おかみの言っていることがよく分からなかった。古代金貨を使ったことは何かしら悪影響はあるかもそれないことにはうすうす感じてはいたがセリ相手までは考慮していなかった。


 女将おかみは刀夜が分かっていないようなので続けて説明する。


「あんたのセリ相手はこの街のギルド総会上議員デュカルド・オルマーのバカ息子、カリウス・オルマーよ。父親のほうはこの街の最高権力者だと思っていいわ」


 女将おかみの説明を聞いて刀夜はさすがにまずいと思った。ある程度の力を持った者と予測していたが、まさか最高権力者がらみとまでは思っていなかった。


「……こいつはまずいな、それほどの大物だったとは」


「この件に関して私は手を貸せないわよ」


「ああ。分かっている迷惑はかけない」


「カリウスは蛇のような男よ、必ず仕返しが来ると思ったほうがいいわ」


 女将おかみがこれ程の忠告をするということに刀夜は相当な覚悟が必要だと感じた。

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