第76話 家を買おう

 どうすれば家が買えるか? それが刀夜の質問だ。


 家を買う方法はいつくもある。現代であれば不動産屋に駆け込むのであろうがここは異世界だ。不動産屋は存在しない。


 それゆえ家の購入方法はコレっといったものがなく、どのような家を購入するのかでやり方も変わってくる。


「刀夜様はどのような家をご所望ですか?」


 選択肢が広すぎて絞りきれなかったリリアは逆に刀夜に質問した。


「そうだな、まずはあまり人目に付かないほうがいいな。だが危険な路地裏のような場所は好まない。金銭はなんとでもなるから一軒家がいい」


 それはリリアの事情を考慮したものだ。それが刀夜の気遣いではないかとリリアは勝手に想像して少し嬉しくなった。


「そうなると防壁の周辺あたり……」


 しかしそれでも選択範囲は広い。リリアはもう少し絞り込めないかと、刀夜体からヒントとなる情報を引き出そうとする。


「すみません刀夜様、もう一つ聞いてよろしいでしょうか?」


「ああ、どんどん質問していいぞ」


「どのような生活をお望みなのでしょうか?」


「ん? 生活か、そうだな……別に仕事はしなくとも充分だが……」


 刀夜は悩む。ボナミザ商会に預けている古代金貨が売れれば働く必要はない。だがあの金は帰還の為にいざという場合の軍資金である。日々の生活程度で使いたくなかった。


 刀夜は右腕の手の平を見つめた。


 刀夜の右手は子供の頃から爺さんの仕事をずっと手伝ってきたため、何度も豆が潰れてボコボコであった。


 自分の手をじっと見つめて何か思いを寄せる主人にリリアはじっと彼の答えを待っている。


 彼は目を閉じて見つめていた手の平を握るとリリアの問いに答えた。


「そうだな……家で物を作ってそれを売って暮らしたいな」


「それは何ですか?」


「刀剣だ。鍛冶屋の家がいい!」


 リリアの誘導で刀夜は自ら答えにたどり着いた。刀夜はそんなリリアにまた一つクリアだと彼女の評価を上げる。


「それでしたら鍛冶屋ギルドで空き家を紹介してもらえれば良いかと思います。ただし……」


「鍛冶屋ギルドに入会する必要があり、それにはコネが必要……」


「ご存じでしたか、さすが刀夜様です」


 リリアは胸元で両手を合わせて万勉の笑みを刀夜に送った。


 商売をしないのであればギルドに入る必要も無いが刀夜はそれで生活をすると言った以上、ギルドと揉めないようにしておく必要がある。


「大丈夫だ。宛はある」


「では後はお金ですが、家の購入は防壁の近くであれば安く購入できるでしょう」


「いくらぐらいだ?」


「そうですね……壁端とはいえ買い取るとなると金貨70枚前後かと」


 かなりの高額である。鍛冶屋の家はギルドの所有物なので普通はギルドから借りるのが一般だ。そうすれば安く済む。だが逆に買うとなるとギルドの資産が減るため高額となってしまう。


 つまりギルドとしては買われないよう、ふっかけているのだ。ならば売らなければよいとなってしまうが、そこは街の経済を回すために売らなくてはならず、拒めば規約に違反してしまう。


「あとはコネに必要な金か、これは女将おかみに聞いたほうがよいな」


 リリアには女将おかみが何かは分からなかったが、コネの金の件については聞かれても答えられなかったのでホッとした。


「リリア」


「は、はい」


「大したものだ。その調子でこれからも俺を助けてくれ」


「は、はい」


 リリアは嬉しくなり、自然と笑みが溢れた。主人が自分を必要としてくれていることに。この調子ならきっと捨てられずに済むと。


 彼女の心を縛っている奴隷の鎖はいまだ硬いまま外れそうになかった。


「疲れているかも知れないが寝るまでにもう一仕事頼みたいがいけるか?」


 刀夜の頼みにリリアは赤面してうつ向くと遅れて「はい」と答える。


 食堂を後にした刀夜はカウンターで明かりの種火をもらい借りた部屋へと入る。窓は中央に一つだけ、月明かりが窓際の机を照らしていた。


 ベッドが机を挟むように左右にある。入り口のドアの左右に荷物を置く棚があった。面白いのは鎧をかけるスタンドのようなものが置いてあったことだ。


 刀夜は据え置きランプに種火の火を落とすと大きく明かりが灯って部屋を淡い光に包む。すべての荷物を下ろすとようやく解放された気分になり、思わずベッドに寝転ぶ。


 リリアは入り口の扉の所で突っ立ている。刀夜はランプの淡い光で彼女が赤面していることに気づけなかった。


 リリアはうつ向いて恥ずかしくてモジモジとする。奴隷教育で習わされた男の三大欲求。食欲、睡眠欲、そして性欲。


 この日が来るのは分かっていた。だが教育は受けたとは言えまだ14歳の処女なのである。彼女の緊張は最高潮に達しそうであった。


「リリア?」


 不思議に思った刀夜が彼女を呼んだ。


「ひゃい!」


 リリアは体をビクリつかせて背筋が延びる。彼女の何とも奇妙な顔つきを刀夜は初めて見た気がした。一体何をそのように緊張しているのかと……


「どうした。座らないのか? 疲れただろう……」


「はい……」


 彼女は緊張してぎこちなく歩む。だがリリアが向かったのは空いている側のベッドではなく、刀夜の座っているベッドだ。ベッドの後ろ側から靴を脱いで上がりこむと正座をして深々と頭を下げた。


「せい一杯、ご、ご奉仕させて……いただきます……」


 刀夜は一瞬何の事かと混乱したが、遅れて彼女が何を言い出したのか理解した。そして誤解されていることも。


「えッ!?」


 今度は刀夜の間抜けな顔が真っ赤となり心拍数が最高潮に高まる。刀夜とて思春期の男子であり未経験だ。経験してみたいという欲望と、抑止ししようとする理性が激しくぶつかる。


「ああ……リリア。そうじゃないんだ。そーゆー事ではなく、俺は文字を教えて欲しかっただけなんだ……」


「え?」


 かろうじて理性が打ち勝つ。自分の置かれた状況がそれ所ではないのもあったが。


 刀夜は彼女がそのように教育されていることへの配慮が欠けていた事を思い知らされた。これは自分の失態だと、彼女に恥を欠かせてしまったことを悔やむ。


「す、す、すみません。わ、私は何て勘違いを……」


 リリアはリリアで自分が盛大な誤解をしたことに赤面した。穴があったら入りたい。もしくは時間が巻き戻って欲しいと思うほどに。


 その為に顔を上げるに上げられなくなってしまう。


「すまなかった。もっと前もって言っておくべきだった。俺は君をそのような目的で買ったのではない」


 気まずい雰囲気が漂って刀夜が勉強に向かえたのは30分も後であった。だがわずが数十分ほどで中断せざるを得なる。


 リリアへの意識が抜けきれず集中力を欠いたのもあるが、事もあろうにお隣が盛りだしたのでさらに気まずくなり、早めに床につくこととなった。

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