第70話 自警団再び

 龍児達は山賊に襲われた街道で座り込んでいた。あれから智恵美先生達を追う術がなく、ずっとここにたたずんでいた。


「……龍児、もう日が昇るぜ」


 颯太は諦めの言葉を龍児に投げかけた。いつまでもここにいてはまた山賊に襲われるかもしるない。


 他にも奴隷商人どもが来るかも知れない。服装は現地に合わせたが髪の色や瞳の色はどうにもならないのだ。


 だが龍児は無言のまま、まるでお釈迦様のようにあぐらを組んで微動だにしない。さらに時が経ち、空が白んで朝がきた。山の頂上から後光のように光が溢れてあたりを照らしだす。


 龍児の目が強く見開くと彼は立ち上がる。


「よぉぉぉし、これで馬車を追えるぜ!!」


 龍児の声にウトウトと寝ていた皆が目を覚ます。


「お、追うの? 今から!?」


 葵が驚いた。てっきり日が明けたら街へと向かうのだとばかり思っていた。正直なところ今さら追った所で追いつけると思えない。


「ああ、そうだ。諦めてなんか、なるもんか! あいつらは今でも助けを待っているに違いないんだ。きっと捕まって奴等のアジトにいるに違いねぇ! そこに賭ける」


 龍児はいつも仲間を見捨てようとはしない。それは賛美に値する。だが武装集団の山賊に自分達だけでどう戦うというのだ。


 ベテランの傭兵達ですら多勢に無勢で勝てなかったのだ。葵には無駄に命を散らす未来しか見えない。


「よっこらせ。んじゃ轍を探しますかぁ……」


 颯太が立ち上がってお尻の土ぼこりをパンパンと祓う。


「やれるだけはやってみるか」


 そう言って晴樹も立ち上がっると皆も次々と立ち上がる。葵も置いていかれるのは嫌だとばかりに不安はいったん心の中にしまった。


 そうだ真っ向正面からやりあわなくたって、やりようはあるかも知れない。今は仲間のために動こうと、そう自分に言い聞かせる。


「うん、そうだね。もう迷わない」


 葵は大きく背伸びをした。皆は葵が何を迷っていたのかは分からなかったが、彼女の清々しそうな顔を見てやる気を出した。


◇◇◇◇◇


 朝日が上って明るくはなったが、今度はあっという間に朝霧に包まれてしまう。視界は少し悪いが見えないわけではない。それに朝霧はどうせすぐに晴れるのだから……と龍児達は行動を開始する。


 彼等は道を外れて草原の中を進んでいる轍を探した。それさえ見つければおよそ馬車が向かった方向くらいは分かるはずだ。龍児はその一点にかけていた。


 だが無情にも朝霧が濃くなってきて龍児達の邪魔をする。


 そのとき馬の蹄の音が聞こえた。それは徐々に龍児達のほうへと向かってきている。『山賊か?』そんな言葉が皆の頭を過った。緊張が走って龍児達は剣を抜いて構えた。


 朝霧の中、馬の影が揺らぐ。


「そこに誰かいるのか?」


 女性の声だ。どこかで聞き覚えがある。だが龍児達は油断せずに沈黙した。馬に股がっている人影が剣を抜くとより一層緊張が走って冷や汗が流れた。


 馬の影が再び揺らいでゆっくりと近寄ってくる。徐々に互いの姿を視認できる距離まで近づいた。


「むっ、お前は……確か龍児か?」


「あ、あんたは……」


 朝霧の中から姿を現したのは自警団のレイラ・クリフォードであった。


「……レ――副隊長さん!」


「レイラ・クリフォードだ!! いいかげん覚えろ!」


 龍児はばつが悪そうに頭をボリボリと掻いて照れた。


「どうかしたのかレイラ?」


 さらに現れたのは馬に乗った金髪頭の隊長、アラド・ウォルスである。彼ら自警団は巨人兵の調査に赴き、危険な状況にあった龍児達を助けてくれたのだ。


「ハッ。あの時の異世界人達がいました」


「ほう、あれから生きてここまで来ていたか……」


 日が登りきったのか朝霧が晴れ始めると、自警団の一団が列をなしている。彼らは巨人兵の調査の帰りだった。龍児達のお陰で巨人の足跡の型を取ることができたため予定より早く帰投につけた。


「た、頼む!」


 龍児は両手をついて隊長に懇願する。


「山賊に襲われて仲間が三人行方不明なんだ。探すのを手伝ってくれ! このとおり……頼む!!」


「山賊!?」


 山賊と聞いてレイラの顔が険しくなった。


「それはいつの話だ」


「昨日、昨夜の出来事だ」


「昨日…………」


 レイラは彼らの仲間の捜査は極めて難しいと判断した。あまりにも時間が経ちすぎていた。


「レイラ、山賊とはもしや……」


「はい、最重要案件で捜査殲滅の指令が出ていた案件です」


「ふむ、前に連中が現れたのは15日前だったな」


「はい、そのくらいだったと記憶しています」


「では、これは好機ではないのか? 逃せば潜伏されて痕跡すら無くなるのだぞ」


「しかし、追うにしても時間が経ちすぎています。捜査はすでに困難かと……」


 レイラは悔しそうにする。山賊の連中に襲われた事件は今年に入ってもう20件を上回りっているが、今だ手がかりすら見つけられていなかった。そのため自警団はギルド総会から、かなりたたかれていたのだ。


 自警団の中でも捜査能力に長けているのは3警と4警と呼ばれる連中であった。彼らなら今の状況でも何とかするかも知れない。だが彼らは基本は街の中が担当なのだ。


 街の外に自由に出れるのはアラドの1警と2警なのである。彼らは主に外敵、つまりモンスター討伐が専門となっているため捜査は得意では無い。


「お前達、いままでここにいたということは仲間を探そうとしていたと思ってよいのか?」


「ああ、そうだ」


「探す宛はあるのか?」


「ある。馬車の轍を追えば何とか」


 アラドとレイラは顔を見合わせると残念そうにレイラは首を振った。その程度の事であれば彼らにでも分かることなのだ。


 山賊が草原を走って逃げるのは常套手段である。馬車の轍は雑草の生命力で姿を消せるからだ。それほどこの辺りの雑草の生命力は強い。過去に自警団が何度もこれにやられている経験がある。


「あの!」


 立ち上がって大きな声をあげたのは梨沙だった。


「あたし、山賊の居場所におおよその心当たりが……」


「!!」


 意外な人物の言葉にその場の者たちが驚く。

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