第68話 リリアと刀夜

 刀夜とリリアがその場を後にしようとしたとき、背後でピエロの男が屈辱にまみれていた。


「貴様!」


 大声で怒鳴りつけて刀夜を指す指が怒りで震えている。


「このままでは済まさんからな。覚えておれ!」


 もはや定番かと思われるような負け惜しみのセリフを吐き捨てて、男は辺りのものを蹴り散らしながらその場を立ち去ってゆく。


 リリアはあの男に一抹の不安を感じた。あの手のやから執拗しつようであり、なまじ金や権力を持っているので危険である。


 だが安堵した面もあった。奴隷に落ちぶれたとはいえあの手の男に体を好き勝手されるのはさすがに嫌悪感を抱かずにはいられない。見た目だけで言えば競り落としてくれたこの男のほうがまだましかと思えた。


 だがこの男とてこんな所に女を買いに来るような人なのだ。どのような性癖があるかわかったものではない。どちらにせよ見知らぬ男に体を好きにされるのだ。それだけは覚悟しなければならなかった。


「コラッ、新たなご主人様に挨拶せんか!」


 団長兼司会の男が突っ立っているリリアを叱った。リリアは我に帰ると刀夜の前で土下座する。


「リリアと申しますご主人様。末永くご寵愛ちょうあいいただけますよう、精一杯ご奉仕させて頂きます」


 恐らく奴隷商人のこの男に仕込まれたのであろう。反吐が出るようなセリフに虫酸が走る。


 刀夜はリリアの前に膝をついてしゃがんで声を掛けた。


「そんな事はしなくていい」


 だがリリアは頭をさげたまま動こうとはしない。


「顔を上げてくれ」


「はい、ご主人様」


 リリアはようやく顔を上げた。どうやらこれも仕込みらしい。恐らく具体的な指示に従うよう教育されたのだろう。これではロボットだ。


 リリアは土下座のまま刀夜の顔を見上げて次の指示を待っている。彼女がまとっている透けた衣装は上目づかいの彼女の胸元から裸体を晒していた。14歳とはいえ出る所は出ている。


 刀夜は赤面しつつも彼女の両手を掴み顔だけを見るようにした。


「俺は刀夜。見てのとおり異国の旅人だ。俺は自分の国へ帰る方法探している。俺は君に奴隷としてではなく人として敬意を持って接するつもりだ。乱暴なことはしない。どうか俺を助けてくれないか?」


 リリアは耳を疑った。あれほどの貴重品を支払っても奴隷ではなく人として扱うと言ってくれた。にわかに信じがたい言葉だった。


 だがあの悪夢のような日から今日まで彼女にそんな優しい言葉をかけてもらったは初めてであった。リリアの目から涙が溢れそうになると軽く「はい」と答える。


 刀夜は立ち上がって古代金貨に頬ずりしている男に頼んだ。


「彼女の足枷あしかせを外してくれないか」


「え、あ、はいはい。気がつきませんで申し訳ございません」


 男はにこやかに部下に指示を出して足枷あしかせを外させた。そして別の部下が綺麗な化粧箱をいつくか持ってくる。


「所でご主人様、愛玩具を飾る小物などいかがでしょう。今なら出血大サービスさせて頂きます」


 古代金貨が余程嬉しかったのだろう。だが化粧箱に入っているのはアクセサリの類いばかりで、刀夜が今必要としているものはそんなものではない。


「ご主人、この娘に着せる服はないか? このままでは連れて歩けん」


「服ですか? もちろんございます。こちらへどうぞ」


 団長が連れてきたのは大きなボックスの荷馬車であった。中は大量の衣装が所狭しと積まれている。そこから取り出した衣装を馬車の前のテーブルに広げてみせた。


「これなどいかがでしょう」


 団長が広げてくれたのは今の衣装に比べれば遥かにましではあるが……どれも肌が露出したものばかりで天女の羽衣かと突っ込みを入れたくなるような服ばかりである。


 確かにこれはこれでは着せれば可愛いのかも知れない。と言うか着せてみたいという欲求が沸いてくる。だが、さすがにこれを着せて表通りは歩かせられない。


「主人、もっと普通のは無いのか? 町人が着るようなものを」


「町人が好むようなものですか……」


 団長はさらに数点を引っ張り出してきて広げるが出てくるのは……看護婦のような衣装、バニーガール、アラビア風紐ビキニ、メイド服、と明らかに何か間違ったラインナップに刀夜は目眩を感じた。


 一番ましそうなのはメイド服ぐらいであったがそれとてスカートの短いフレンチメイド……


 バニーガールも本物より微妙にデザインが異なるが、なぜ異世界にこんなものがあるのかと突っ込みを入れたくなる。


「最近はこういったプレイも町人の間でも喜ばれておりまして、いま種類を増やしている所です」


 明らかに人の話を聞いていない。『何でもかんでもそっちに繋げるんじゃない』と怒鳴って突っ込みを入れたい。


 だが先ほどから肋骨の痛みが増して思考が働かなくなってきていた。さっさとこの場を去りたいと冷や汗が流れる。


 のぞき混んでいたリリアが「あ」と声を出してメイド服の下から白い生地を引っ張ろうとした。


 それを団長と刀夜に見られ、慌てて手を離すと「申し訳ござません」と謝り縮こまった。上目使いのその姿は怒られた子猫のようである。


 謝る必要などないのに……刀夜はその生地を引っ張り出してみると、それはファンタジー漫画にでも出てきそうな白い生地の神官のような服であった。


「それは、聖堂神官の見習い服を今流行りの冒険活劇に似せて手直ししたものですな。こういったプレイも流行りでして、いち早くニーズに答えております」


 つまるところコスプレ服なのかとガックリする。しかしながら今まで見た中では一番マトモである。しかもリリアは回復魔法を使えるとなるとお似合いの服だ。


「これがいいのか?」


「ご、ご主人様の好み色に染めて下さい」


 これも仕込まれたセリフであった。だが彼女の目はそれが欲しいのかチラチラと視線を動かしていた。もはやイチイチ心の中で突っ込むのが面倒になった刀夜は急いで服を選ぶ。


「ではコレとコレ。それから下着のセットを5着分と靴を頼む」


 刀夜はちゃかりとメイド服をセレクトした。彼女がコレを着た姿を想像してちょっとそそられたのである。


 リリアは馬車に乗り込むと用意された衣装に着替えようとする。だが下着はあの団長がセレクトしただけあって透け透けの際どいものだった。


 だが服を着てしまえば見えないのだから許容範囲と諦める。しかしその下着を手にして彼女は驚いた。恐ろしく滑らかな肌触りなのだ。


「シルクだわ」


 それは金持ちにしか着ることが許されない高級品だ。リリアはこんなサラサラなものを着けたらどうなるのだろうと期待に胸が膨らんだ。


 足を通し、上まで上げると何ともの気持ちのよい感触に感じてしまいそうになる。ふと我に帰ると恥ずかしくなり急いで着替えた。

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